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第四話:書庫での邂逅
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あの日、友人マーサ様のお茶会から帰ってきてから、数日が過ぎた。
私は、できるだけ人との交流を避け、自室にこもりがちになっていた。いつ、どこで、偶然カイル公爵様にお会いしてしまうか分からなかったからだ。
(このままではいけないわ…)
ベッドに腰掛け、私は窓の外を眺めながらため息をついた。
いつまでも逃げているわけにはいかない。何よりもまず、この私の身に起きた奇妙な現象について、正しく理解する必要があった。これは呪いなのか、それとも、何かの病なのだろうか。
考えあぐねた末、私は一つの結論にたどり着いた。
――王宮図書館へ行こう。
王宮の図書館は、国内で最も多くの蔵書を誇る知の宝庫だ。もしかしたら、古代の魔法や、特殊な体質に関する記述が残されているかもしれない。それに、宰相補佐として激務に追われる公爵様が、昼間から図書館にいる可能性は低いはずだ。
そう決心すると、私の心は少しだけ軽くなった。
翌日、私は身分を証明するブローチを胸に、王宮図書館へと足を運んだ。
高く、どこまでも続く天井。壁一面に整然と並べられた本棚。古い紙とインクの匂いが混じり合った独特の空気が、私の心を落ち着かせてくれる。
(ここなら、大丈夫そうね…)
幸い、頭の中にあの雑音は聞こえない。どうやら、あの現象は公爵様が近くにいる時だけ発動するらしい。
私は司書に断りを入れ、魔法や伝承に関する区画へと進んだ。
「ええと、『稀有な身体的特徴について』、『失われた古代魔法』…」
背表紙を一つ一つ目で追いながら、何か手がかりになりそうな本を探す。
しばらくして、ふと一番上の棚に、気になる題名の分厚い本を見つけた。
『古代魔法における共鳴現象』
(共鳴…)
もしかしたら、私のこの現象も、公爵様との何らかの「共鳴」なのかもしれない。
私は背伸びをして、その本に手を伸ばした。あと、もう少しで指先が届く――その時だった。
すっと、私の手の上から、別の手が伸びてきて、同じ本の背表紙に触れた。
白く、長い指。見覚えのある男性の手。
はっとして隣を見ると、そこには、私が今一番会いたくない人物――カイル・フォン・アイゼンブルグ公爵が、無表情で立っていた。
「!」
瞬間、私の頭の中に、あの声が嵐のように吹き荒れた。
(ラプレース嬢! なぜここに…!? いや、偶然だ。偶然に違いないが、なんという幸運…! また会えた…!)
心臓が、喉から飛び出しそうだった。
なぜ。なぜ、こんなところに公爵様がいらっしゃるの…!
「失礼。お先にどうぞ、ラプレース嬢」
彼はいつも通りの、感情のこもらない声でそう言った。
しかし、私の頭の中では、彼の心の声がパニックを起こしていた。
(同じ本だと? …『古代魔法における共鳴現象』? 彼女もこのような分野に興味が? 聡明な方に違いないとは思っていたが…! しかしどうすればいい、譲るべきか? だが私もこの資料が今すぐ必要なのだ…!)
「あ、いえ、あの、私は、べ、別の本を…!」
あまりの衝撃と混乱に、私はしどろもどろになりながら後ずさる。
その拍子に、それまで小脇に抱えていた別の本が、手から滑り落ちた。
ガンッ!
静寂な図書館に、本が床に落ちる大きな音が響き渡る。
私は顔から火が出るほど恥ずかしくなり、慌ててそれを拾おうとかがみ込んだ。
けれど、それよりも早く、公爵様がその本を拾い上げてくれた。
そして、私の目の前に、本を差し出す。
「この本は、急ぎでなければ私が先に借り受けても? 急ぎの調査で必要でして」
彼の声は、あくまでも冷静な事務的な響き。
しかし、私の耳には、彼の必死な心の声が届いていた。
(馬鹿か私は! 同じ本を譲れなどと! もっと他に言い方はなかったのか! ああ、嫌われたに違いない…! なんとか埋め合わせを…そうだ、書庫の利用権限! これなら彼女の役にも立てるはずだ! 頼む、断らないでくれ…!)
本を受け取ろうとしていた私の手が、空中で止まる。
顔を上げると、カイル公爵は氷の仮面を貼り付けたまま、こう続けた。
「…代わりに、と言っては何ですが、お探しの本があれば、私の権限で通常は入れない特別書庫から取り寄せましょう。どのような分野のものを?」
それは、断ることなど到底できない申し出だった。
私は、できるだけ人との交流を避け、自室にこもりがちになっていた。いつ、どこで、偶然カイル公爵様にお会いしてしまうか分からなかったからだ。
(このままではいけないわ…)
ベッドに腰掛け、私は窓の外を眺めながらため息をついた。
いつまでも逃げているわけにはいかない。何よりもまず、この私の身に起きた奇妙な現象について、正しく理解する必要があった。これは呪いなのか、それとも、何かの病なのだろうか。
考えあぐねた末、私は一つの結論にたどり着いた。
――王宮図書館へ行こう。
王宮の図書館は、国内で最も多くの蔵書を誇る知の宝庫だ。もしかしたら、古代の魔法や、特殊な体質に関する記述が残されているかもしれない。それに、宰相補佐として激務に追われる公爵様が、昼間から図書館にいる可能性は低いはずだ。
そう決心すると、私の心は少しだけ軽くなった。
翌日、私は身分を証明するブローチを胸に、王宮図書館へと足を運んだ。
高く、どこまでも続く天井。壁一面に整然と並べられた本棚。古い紙とインクの匂いが混じり合った独特の空気が、私の心を落ち着かせてくれる。
(ここなら、大丈夫そうね…)
幸い、頭の中にあの雑音は聞こえない。どうやら、あの現象は公爵様が近くにいる時だけ発動するらしい。
私は司書に断りを入れ、魔法や伝承に関する区画へと進んだ。
「ええと、『稀有な身体的特徴について』、『失われた古代魔法』…」
背表紙を一つ一つ目で追いながら、何か手がかりになりそうな本を探す。
しばらくして、ふと一番上の棚に、気になる題名の分厚い本を見つけた。
『古代魔法における共鳴現象』
(共鳴…)
もしかしたら、私のこの現象も、公爵様との何らかの「共鳴」なのかもしれない。
私は背伸びをして、その本に手を伸ばした。あと、もう少しで指先が届く――その時だった。
すっと、私の手の上から、別の手が伸びてきて、同じ本の背表紙に触れた。
白く、長い指。見覚えのある男性の手。
はっとして隣を見ると、そこには、私が今一番会いたくない人物――カイル・フォン・アイゼンブルグ公爵が、無表情で立っていた。
「!」
瞬間、私の頭の中に、あの声が嵐のように吹き荒れた。
(ラプレース嬢! なぜここに…!? いや、偶然だ。偶然に違いないが、なんという幸運…! また会えた…!)
心臓が、喉から飛び出しそうだった。
なぜ。なぜ、こんなところに公爵様がいらっしゃるの…!
「失礼。お先にどうぞ、ラプレース嬢」
彼はいつも通りの、感情のこもらない声でそう言った。
しかし、私の頭の中では、彼の心の声がパニックを起こしていた。
(同じ本だと? …『古代魔法における共鳴現象』? 彼女もこのような分野に興味が? 聡明な方に違いないとは思っていたが…! しかしどうすればいい、譲るべきか? だが私もこの資料が今すぐ必要なのだ…!)
「あ、いえ、あの、私は、べ、別の本を…!」
あまりの衝撃と混乱に、私はしどろもどろになりながら後ずさる。
その拍子に、それまで小脇に抱えていた別の本が、手から滑り落ちた。
ガンッ!
静寂な図書館に、本が床に落ちる大きな音が響き渡る。
私は顔から火が出るほど恥ずかしくなり、慌ててそれを拾おうとかがみ込んだ。
けれど、それよりも早く、公爵様がその本を拾い上げてくれた。
そして、私の目の前に、本を差し出す。
「この本は、急ぎでなければ私が先に借り受けても? 急ぎの調査で必要でして」
彼の声は、あくまでも冷静な事務的な響き。
しかし、私の耳には、彼の必死な心の声が届いていた。
(馬鹿か私は! 同じ本を譲れなどと! もっと他に言い方はなかったのか! ああ、嫌われたに違いない…! なんとか埋め合わせを…そうだ、書庫の利用権限! これなら彼女の役にも立てるはずだ! 頼む、断らないでくれ…!)
本を受け取ろうとしていた私の手が、空中で止まる。
顔を上げると、カイル公爵は氷の仮面を貼り付けたまま、こう続けた。
「…代わりに、と言っては何ですが、お探しの本があれば、私の権限で通常は入れない特別書庫から取り寄せましょう。どのような分野のものを?」
それは、断ることなど到底できない申し出だった。
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