あなたの心の声、私にだけ駄々洩れです ~氷の公爵様が、内心では私を溺愛している件について~

希羽

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第七話:予期せぬ訪問と、午後の約束

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 王宮主催のガーデンパーティーは、数日後に迫っていた。

 以前の私であれば、その招待状を前に溜息をついていたことだろう。けれど、今の私は違った。鏡の前で、侍女が用意してくれた何着ものドレスを吟味する自分の姿は、我ながら驚くほど積極的だった。

「お嬢様、こちらの空色のドレスなどはいかがでしょう? きっとお似合いになりますわ」
「ええ、素敵ね。それに合わせて、髪飾りも新調しましょうか」

 私の前向きな様子に、侍女は嬉しそうに目を細めている。

 彼女には、私の心変わりの理由など知る由もない。私が、ただ一人の人物に会うためだけに、こんなにも心を躍らせていることなど。

(公爵様も、きっといらっしゃるわよね…)

 あの日以来、私はカイル公爵様にお会いしていない。彼が屋敷まで届けてくれると言っていた、あの書庫の本もまだ届いてはいなかった。

 パーティー当日。

 その日の午前中は、身支度を整えながら、落ち着かない時間を過ごしていた。

 午後からのパーティーに備え、昼食を終えて自室で本を読んでいると、階下から来客を告げるベルの音が鳴った。友人かしら、と思いながら廊下に出ると、慌てた様子の執事が階段を駆け上がってきた。

「お、お嬢様! 大変です! ア、アイゼンブルグ公爵様が、お見えになりました!」
「えっ!?」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 公爵様が? なぜ、うちに? 約束もなく?

 パニックに陥る私をよそに、執事は「応接室でお待ちです」と告げる。私は大急ぎで身だしなみを確認し、早鐘を打つ心臓を必死に押さえつけながら、応接室の扉をそっと開けた。

 そこには、窓の外の光を背に、長身の男性が立っていた。

 私に気づいて振り返ったのは、紛れもない、カイル・フォン・アイゼンブルグ公爵その人だった。手には、あの日、図書館で見た数冊の古文書を抱えている。

「…突然の訪問、失礼する」

 彼の声は、いつも通り静かで、感情が読めない。

 しかし、彼が部屋に入ってきた瞬間から、私の頭の中には、嵐のような心の声が鳴り響いていた。

(嘘だ。本当は、言い訳を三つも四つも考え、護衛騎士に呆れられながら、君の屋敷の前を二度も通り過ぎた。会いたくて、一目でも顔が見たくて、来てしまった…!)

 私は、必死に笑みを堪えた。

 目の前の完璧な貴公子然とした姿と、内心のあまりの必死さとのギャップに、愛おしさすら感じてしまう。

「まあ、公爵様。わざわざお越しいただかなくても、使いの者に届けさせてくださればようございましたのに」

 私がそう言うと、彼は「いや」と小さく首を振った。

「貴重な古文書だ。私が直接届けるのが、最も確実かと思ってな」

 心の声は正直だ。

(素晴らしい口実だ! これで君と話す時間が少しでも稼げる!)

「お茶をご用意させますわ。どうぞ、お掛けになってください」

 私が微笑みかけると、彼の心の声が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。

 侍女がお茶を運んでくるまでの間、部屋にはフォーマルな沈黙が流れる。しかし、私にとっては少しも気まずくなかった。

(今日の彼女は、いつもよりさらに輝いて見える。その髪飾りも、よく似合っている。ああ、来てよかった…)

 彼の内心の賛辞を聞きながら、私は勇気を出して口を開いた。

「公爵様も、古代魔法のような分野にご興味がおありなのですか?」

 私の問いに、彼は一瞬だけ、アイスブルーの瞳を見開いた。

(興味があるのは君の方だ…! しかし、聡明な彼女と知的な会話ができる好機かもしれん…!)

「…国政を預かる者として、古い知識にも通じておく必要があるだけだ」

 口から出たのは、そっけない答え。

 けれど、もう私は知っている。その言葉の裏にある、本当の想いを。

 やがて、彼は名残惜しそうに立ち上がった。激務の彼が、これ以上長く滞在できないことは分かっていた。

「では、私はこれで」
「はい。本日は、ありがとうございました」

 扉へ向かう彼が、ふと足を止め、私に振り返る。

「本日のガーデンパーティーには?」
「はい、参加いたしますわ」

 私がそう答え、まっすぐに彼の目を見つめ返すと、彼の心の声が、今までで一番大きく、弾んだ。

(…! よかった…! 今日の午後は、人生で最も素晴らしい午後になるに違いない…!)

 しかし、彼の口から出たのは、やはり、いつもと同じ短い言葉だけだった。

「そうか」

 小さく頷き、彼は今度こそ部屋を出て行った。

 一人残された応接室で、私はまだ温かい紅茶のカップを手に取った。

 あの現象に対する恐怖は、もうない。

 私の胸を満たしているのは、午後のパーティーへの、甘く、そしてスリリングな期待感だけだった。
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