あなたの心の声、私にだけ駄々洩れです ~氷の公爵様が、内心では私を溺愛している件について~

希羽

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第二十三話:心に届く、愛の言葉

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 観閲式での騒動から、数週間が過ぎた。

 ゲルハルト侯爵の国家反逆罪は、彼が隠していた数々の不正の証拠と共に、白日の下に晒された。彼の失脚により、王宮の勢力図は大きく塗り替えられ、その混乱の収拾に奔走するカイル公爵様の手腕は、以前にも増して高く評価されることとなった。

 世間がその話題で持ちきりの中、私は、まるで嵐の前の静けさを取り戻したかのような、穏やかな日々を送っていた。

 あの日以来、私はカイル公爵様にお会いしていない。

 けれど、もう不安はなかった。私と彼の心は、確かに繋がっていると、そう信じられたからだ。

 そんなある晴れた日の午後だった。

 ラプレース家に、アイゼンブルグ公爵家の馬車が、正式な使者として訪れた。

 父様と母様への挨拶を済ませたカイル公爵様が、私と二人きりで話すことを望んでいると聞いた時、私は、ついにこの日が来たと悟った。

 屋敷の庭園にある、白いガゼボ。

 テーブルを挟んで向かい合った私たちを、心地よい初夏の風が吹き抜けていく。

 しばらくの間、どちらからともなく、沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、彼の方だった。

「エメリア嬢。単刀直入に聞こう」

 彼の声は、真剣そのものだった。

「あの時、観閲式で、どうやって発信機の場所を知った?」

 私の頭の中に、彼の心の声が響く。

(頼む…教えてくれ。あの日、君が起こした奇跡の、その理由を。君という謎を、私に解かせてほしい)

 私は、もう隠すことは何もないと、静かに覚悟を決めた。

「…信じていただけないかもしれません。けれど、すべてお話しいたします」

 私は、あの夜会で転んだ日から始まった、この不思議な物語のすべてを、彼に打ち明けた。

 初めて彼の心の声が聞こえた時の戸惑い。図書館で見つけた『魂の二重奏』の記述。そして、ゲルハルト侯爵の悪意を感じ取ってしまったこと。

 彼は、黙って私の話に耳を傾けていた。その表情は鉄仮面のままで、何を考えているのかは読み取れない。

 けれど、彼の心の声は、驚きと、納得と、そして、尽きることのない愛しさで、大きく揺れ動いていた。

(…そうだったのか。全て、聞こえていたというのか。私の、滑稽なほど必死だった心の声を…。だから君は、いつも私の望みを、私が口にする前に叶えてくれていたのだな…)

(魂が対に…? 馬鹿げたおとぎ話だと思っていた。だが、君といる時の、この魂が満たされるような安らぎを、他にどう説明すればいいというのだ…)

 私が全てを話し終えると、彼は、ふっと、息を吐いた。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、その顔には、私が今まで一度も見たことのない、穏やかで、そして優しい笑みが浮かんでいた。

 氷が、完全に溶けた瞬間だった。

「…そうか。全部、聞こえていたのだな」

 彼の声には、温かい響きが宿っていた。

「ならば、これも聞こえているだろうか」

 彼の心の声が、叫んだ。

(エメリア、愛している。心の底から、君だけを…!)

 私の胸が、熱くなる。

 しかし、彼はそれだけでは終わらなかった。

 彼は席を立ち、私の隣まで来ると、私の手を取り、その場に跪いた。そして、私の目をまっすぐに見つめて、はっきりと、その口で、言葉を紡いだ。

「――エメリア。私は、君を愛している。私の、生涯の伴侶になってはくれないだろうか」

 それは、私がずっと心の声で聞いてきた、けれど、決して彼の口からは聞けないと思っていた言葉。

 氷の公爵が、初めて声に出して伝えてくれた、愛の告白。

「…はい、喜んで…!」

 涙が、私の頬を伝う。

 彼が優しくその涙を指で拭うと、安堵したように、心の声が漏れた。

(ああ、やっと言えた…。これで、もう心の中だけで叫ばなくてもいいのだな)

 その声に、私は涙に濡れた顔で、精一杯の笑顔を作って答えた。

「いいえ、カイル様。これからも、たくさん聞かせてくださいませ。あなたの心の声も、そして、あなたの本当の声も」

 私の言葉に、彼は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、すぐに破顔した。

 その心からの笑顔は、どんな宝石よりも、眩しく輝いて見えた。

 二つの魂が、ようやく一つの未来へと重なった瞬間だった。

(完)
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