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第二十二話:喝采なき終幕と、ただ一つの視線
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時が、止まったかのようだった。
広場にいる全ての人間が、カイル公爵様が高々と掲げた、紅く明滅する金属片に釘付けになっていた。
自らが仕掛けた罠の証拠を、計画が成就する寸前に突きつけられたゲルハルト侯爵は、血の気を失い、ただわなわなと唇を震わせている。
「何を…証拠にもならんものを…!」
侯爵が、しどろもどろに言い訳を口にした、その時だった。
私は、先ほどの数秒間の出来事を、夢のように思い出していた。
私が父様の腕を掴み、叫ぶように告げた瞬間。父様は、一瞬だけ私を驚きの目で見つめたが、すぐに私の瞳に宿る必死の色を読み取ってくれた。父様は、長年培ってきた貴族としての勘で、これがただ事ではないと瞬時に理解したのだ。
彼は、懐から万年筆と手帳の切れ端を取り出すと、震える私の言葉を、ただ一言だけ書きつけた。
『右肩章に、敵の印あり』
そして、近くに控えていた若い騎士見習いの少年に、一枚の金貨と共にそのメモを握らせ、叫んだ。
「アイゼンブルグ公爵閣下に! 何があっても、これをお渡ししろ!」
少年は、父の気迫に押され、弾かれたように人混みの中を駆けていった。
すべては、ほんの十数秒の出来事。
私の小さな勇気を、父様が信じ、繋いでくれたのだ。
広場では、ゲルハルト侯爵が、なおも見苦しい言い逃れを続けていた。
しかし、彼の心の声は、もはや隠しようのないパニックに陥っていた。
(なぜだ! なぜ、気づかれた! 完璧な計画だったはずだ! こうなれば…陛下を人質に…いや、無理だ…! ならば、この兵器を暴走させ、王都を火の海に…その混乱に乗じて、逃げるしかない!)
彼の思考が、最も邪悪な結論に達した、その瞬間。
彼が再び制御盤に手をかけようと身を翻すよりも早く、閃光のような速さで動いた影があった。
カイル公爵様だ。
彼は、ゲルハルト侯爵の腕を背後から掴み上げ、いとも簡単に捻り上げた。骨がきしむ鈍い音と、侯爵の苦悶の悲鳴が響き渡る。
「そこまでだ、ゲルハルト!」
公爵様の号令と共に、事態を把握した近衛騎士たちが、一斉に侯爵へと殺到し、その身を取り押さえた。
あまりにも鮮やかな、あっけない幕切れだった。
国王陛下の厳かなる声が、広場に響く。
「ゲルハルト侯爵を、国家反逆罪の容疑で拘束せよ! 一切の事実を、白日の下に晒すのだ!」
もはや、誰の目にも、勝敗は明らかだった。
観閲式は、前代未聞の大混乱の末に、その幕を閉じた。貴族たちは、今の出来事が信じられないといった様子で、ざわめきながら席を立ち始めている。
その、喧騒の真ん中で。
騎士たちに指示を出していたカイル公爵様が、ふと、顔を上げた。
そのアイスブルーの瞳が、まっすぐに、私を探しているのが分かった。
やがて、私たちの視線が、確かに交差した。
距離は、遠い。けれど、その瞳に宿る感情は、手に取るように分かった。
感謝、安堵、そして、尽きることのない深い問いかけ。
『なぜ、君が』と、彼の目が語っていた。
彼は、周囲に気づかれぬよう、ほんのわずかに、私にだけ分かるように、頷いてみせた。
そして、私の頭の中に、今日一番、温かく、そして優しい声が響き渡った。
(…君が、助けてくれたのだな。エメリア)
初めて、心の声で名前を呼ばれた。
その響きに、私の胸は、張り裂けそうなほどの喜びと、愛しさで満たされた。
父様が、そっと私の肩に手を置く。
「…よく、頑張ったな」
「はい、父様…」
私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
喝采なき終幕。けれど、私と彼の間には、世界の誰にも分からない、確かで、そして何よりも強い絆が、確かに結ばれたのだ。
決戦は、終わった。
そして、ここから、私たちの本当の物語が始まろうとしていた。
広場にいる全ての人間が、カイル公爵様が高々と掲げた、紅く明滅する金属片に釘付けになっていた。
自らが仕掛けた罠の証拠を、計画が成就する寸前に突きつけられたゲルハルト侯爵は、血の気を失い、ただわなわなと唇を震わせている。
「何を…証拠にもならんものを…!」
侯爵が、しどろもどろに言い訳を口にした、その時だった。
私は、先ほどの数秒間の出来事を、夢のように思い出していた。
私が父様の腕を掴み、叫ぶように告げた瞬間。父様は、一瞬だけ私を驚きの目で見つめたが、すぐに私の瞳に宿る必死の色を読み取ってくれた。父様は、長年培ってきた貴族としての勘で、これがただ事ではないと瞬時に理解したのだ。
彼は、懐から万年筆と手帳の切れ端を取り出すと、震える私の言葉を、ただ一言だけ書きつけた。
『右肩章に、敵の印あり』
そして、近くに控えていた若い騎士見習いの少年に、一枚の金貨と共にそのメモを握らせ、叫んだ。
「アイゼンブルグ公爵閣下に! 何があっても、これをお渡ししろ!」
少年は、父の気迫に押され、弾かれたように人混みの中を駆けていった。
すべては、ほんの十数秒の出来事。
私の小さな勇気を、父様が信じ、繋いでくれたのだ。
広場では、ゲルハルト侯爵が、なおも見苦しい言い逃れを続けていた。
しかし、彼の心の声は、もはや隠しようのないパニックに陥っていた。
(なぜだ! なぜ、気づかれた! 完璧な計画だったはずだ! こうなれば…陛下を人質に…いや、無理だ…! ならば、この兵器を暴走させ、王都を火の海に…その混乱に乗じて、逃げるしかない!)
彼の思考が、最も邪悪な結論に達した、その瞬間。
彼が再び制御盤に手をかけようと身を翻すよりも早く、閃光のような速さで動いた影があった。
カイル公爵様だ。
彼は、ゲルハルト侯爵の腕を背後から掴み上げ、いとも簡単に捻り上げた。骨がきしむ鈍い音と、侯爵の苦悶の悲鳴が響き渡る。
「そこまでだ、ゲルハルト!」
公爵様の号令と共に、事態を把握した近衛騎士たちが、一斉に侯爵へと殺到し、その身を取り押さえた。
あまりにも鮮やかな、あっけない幕切れだった。
国王陛下の厳かなる声が、広場に響く。
「ゲルハルト侯爵を、国家反逆罪の容疑で拘束せよ! 一切の事実を、白日の下に晒すのだ!」
もはや、誰の目にも、勝敗は明らかだった。
観閲式は、前代未聞の大混乱の末に、その幕を閉じた。貴族たちは、今の出来事が信じられないといった様子で、ざわめきながら席を立ち始めている。
その、喧騒の真ん中で。
騎士たちに指示を出していたカイル公爵様が、ふと、顔を上げた。
そのアイスブルーの瞳が、まっすぐに、私を探しているのが分かった。
やがて、私たちの視線が、確かに交差した。
距離は、遠い。けれど、その瞳に宿る感情は、手に取るように分かった。
感謝、安堵、そして、尽きることのない深い問いかけ。
『なぜ、君が』と、彼の目が語っていた。
彼は、周囲に気づかれぬよう、ほんのわずかに、私にだけ分かるように、頷いてみせた。
そして、私の頭の中に、今日一番、温かく、そして優しい声が響き渡った。
(…君が、助けてくれたのだな。エメリア)
初めて、心の声で名前を呼ばれた。
その響きに、私の胸は、張り裂けそうなほどの喜びと、愛しさで満たされた。
父様が、そっと私の肩に手を置く。
「…よく、頑張ったな」
「はい、父様…」
私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
喝采なき終幕。けれど、私と彼の間には、世界の誰にも分からない、確かで、そして何よりも強い絆が、確かに結ばれたのだ。
決戦は、終わった。
そして、ここから、私たちの本当の物語が始まろうとしていた。
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