欠陥聖女の完璧な復讐

希羽

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第六話:豊穣の国の片隅で

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 あの日、『嘆きの森』に祝福の雨が降ってから、半年が過ぎた。

 ここ、シルヴァリア公国は、建国以来の豊かな収穫期を迎えていた。王都の広場は収穫祭に沸き、色とりどりの果物や黄金色の麦を積んだ荷車が行き交い、人々の顔には満ち足りた笑みが浮かんでいる。

 その喧騒の中心で、私は少し照れくさい気持ちで人々の輪の中にいた。

「聖女クラリス様! あなた様のおかげで、こんなに素晴らしい収穫が!」
「ありがとうございます、救国の聖女様!」

 皺の深い顔をした農夫や、小さな子供たちが、次々と私の手に木の実や花を握らせてくれる。その純粋な感謝の気持ちに、私は「お役に立てて、本当によかったです」と微笑み返すことしかできなかった。

 かつて『災いの聖女』と呼ばれた私が、今では『救国の聖女』と呼ばれている。

 隣に立つアシェルが、そっと私の手を握り、人々の輪から連れ出してくれた。

「疲れただろう、クラリス。少し休もう」

 私たちは城のバルコニーへと向かい、眼下に広がる賑わいを見下ろした。

「すごい景色ですね」
「ああ。君がもたらしてくれた、豊穣の景色だ」

 アシェルの優しい声が、心地よい秋風と共に私の心を撫でる。この半年、彼と共に歩む日々は、穏やかで、満ち足りていた。私の力はもう暴走することなく、彼の知性と導きによって、この国を豊かにするためだけに使われている。

「アシェル様がいてくださるからです。私一人では、何も…」
「そんなことはないさ」

 彼が私の言葉を遮り、私の頬にそっと触れる。その真摯な瞳に見つめられると、胸の奥が甘く疼いた。「君といると、どんな難問も解決できる気がする。これからも、私の隣にいてくれるかい?」

「はい、もちろんです」

 私たちはどちらからともなく微笑み合い、その手を取り合った。過去の傷が完全に癒えたわけではない。けれど、この温かい手があれば、もう何も怖くはないと思えた。

 その夜、アシェルの執務室で、宰相からの定期報告が行われていた。私も隣でその報告書に目を通す。内容は、国境を接する隣国――私が生まれ育ち、そして追放された、コンラートの旧王国に関するものだった。

 宰相は、重い口調で語り始めた。

「旧王国は、無政府状態です。各地で貴族が私兵を動かして領地争いを始め、民は飢饉と疫病に苦しんでいます。…そして、幽閉されているコンラート殿下とフロリア嬢は、完全に正気を失い、ただ互いを罵り合うだけの毎日を送っているとか」

 その言葉に、私の胸がちくりと痛んだ。自業自得だとは分かっている。けれど、名も知らぬ民までが苦しんでいるという現実は、重く私の心にのしかかった。

「民に、罪はありませんのに…」

 私の呟きに、アシェルが気遣うように私の肩に手を置いた。彼が何かを言おうとした、その時だった。

 執務室の扉が、儀礼を無視するほどの勢いで叩き開かれた。

「申し上げます! 緊急事態です!」

 息を切らして駆け込んできたのは、斥候の任についていた騎士だった。彼の顔は青ざめ、その目には明らかな恐怖の色が浮かんでいる。

「北の軍事国家、ガルドラ帝国が、旧王国領への侵攻を開始した模様! 『秩序の回復と民の解放』を大義名分に掲げ、すでに国境の複数の都市が陥落したとのこと!」

 その報告に、室内の空気が一瞬で凍りついた。

 ガルドラ帝国。その名は、力こそが正義を体現する、野心的な皇帝が治める冷酷非情な国として知られている。

 宰相が震える声で地図を指し示す。帝国の駒は、崩壊した王国を喰い尽くし、そして豊穣のシルヴァリア公国に牙を剥こうとしているかのように、じりじりと南下していた。

 アシェルは険しい表情で、静かに呟いた。

「…解放、だと? 彼らの本当の狙いは、旧王国の混乱に乗じた領土拡大、そして…」

 彼は言葉を切り、私を見た。その視線の意味を悟り、私は息を呑む。

 帝国の狙いは、この豊かな国と、そして奇跡の力を持つ『救国の聖女』。

 バルコニーで感じた、穏やかで甘い時間は、まるで遠い夢のようだった。

 平和な日々の終わりを告げる冷たい風が、開かれた扉から吹き込んでくる。私とアシェルは、来るべき嵐の予感に、ただ黙って顔を見合わせた。
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