欠陥聖女の完璧な復讐

希羽

文字の大きさ
7 / 10

第七話:葛藤の国境線

しおりを挟む
 アシェルの執務室は、夜が更けてもなお、緊張に満ちていた。集まった宰相や将軍たちは、地図の上に広げられたガルドラ帝国の進軍路を睨みつけ、重い沈黙を続けている。

「報告によれば、帝国軍は古代の魔導兵器を使用しているとのこと。抵抗する都市は、女子供の区別なく焼き払われていると…」

 老将軍の苦々しい声が、室内に響く。帝国のやり方は、単なる侵略ではなく、恐怖による支配そのものだった。

「我らはどう動くべきか。旧王国との同盟はすでに無効。下手に介入すれば、帝国の次の標的は我らシルヴァリアとなるぞ」
「しかし、このまま静観していれば、いずれ帝国は国境を越えてくる。その前に叩くべきでは?」
「聖女クラリス様のお力があれば…」

 議論は、必ずその一点に行き着いた。

 私の存在。

 アシェルは、議論が熱を帯びるのを冷静な一言で制した。

「クラリスの力は、戦争の道具ではない。彼女の意志を無視した議論は無意味だ」

 その時、新たな伝令が駆け込んできた。

「申し上げます! 旧王国からの難民が、東の国境検問所に殺到しております! その数、すでに数千…!」

 ◇

 数日後、私はアシェルと共に、東の国境に設営された難民キャンプを訪れていた。

 目の前に広がる光景は、地獄のようだった。ぼろ布をまとった人々は、地面に座り込み、虚ろな目で空を見上げている。怪我人のうめき声と、親を呼んで泣き叫ぶ子供の声が、冷たい風に乗って聞こえてきた。

 スープの配給に並ぶ列の中に、見覚えのある顔を見つけた。かつて王都で、私を『災いの聖女』と嘲笑っていた貴族の夫人だった。彼女は高価なドレスの代わりに汚れたローブをまとい、痩せこけた顔で、ただ無心に前を見つめている。目が合うと、彼女はバツが悪そうに顔を背けた。

 別の場所では、かつて私の祝福を「災いだ」と罵った商人たちが、シルヴァリアの衛兵に「我らを助けろ、聖女がいる国なのだろう!」と詰め寄っていた。

 胸の中に、冷たくて苦い感情が渦巻く。

 自業自得ではないか。

 あなたたちは、私を石もて追いやった。コンラート殿下が私を追放した時、誰も助けてはくれなかった。

 なのに、今さら…。

 そんな冷たい声が、頭の中で響く。

 けれど同時に、飢えで泣く幼子の姿が、私の心を締め付けた。あの子に、一体どんな罪があるというのだろう。

「…私には、わかりません」

 思わず、隣に立つアシェルに弱音をこぼしていた。

「彼らを憎む気持ちと、見過ごせない気持ちが…どうすればいいのか…」

 アシェルは、私の葛藤を見透かすように、静かな声で言った。

「無理に答えを出す必要はないよ。君がどんな決断をしても、私は君の味方だ。だが、忘れないでほしい。君が心を壊してまで、救わなければならない義務など、どこにもない」

 彼の言葉は、私の心を縛り付けていた「聖女でなければ」という重圧を、ふっと軽くしてくれた。憎んでもいい。見捨ててもいい。その上で、私がどうしたいのか。

 私はもう一度、キャンプを見渡した。

 その時、一人の少女が、母親の亡骸のそばで、ただ静かに涙をこぼしているのが目に入った。誰にも気づかれず、声も上げずに、ただ小さな肩を震わせている。

 私は、吸い寄せられるようにその子のそばへ行き、そっとその小さな体を抱きしめた。温もりを求めるように、少女は私の胸に顔をうずめ、初めて声を上げて泣き始めた。

 ああ、そうか。

 国とか、過去の恨みとか、そんな大きな話ではないのだ。
 ただ、目の前で泣いている、この小さな命を救いたい。
 私の心は、驚くほど静かに、そして単純な答えにたどり着いていた。

 私は少女を衛兵に預けると、アシェルの元へ戻り、彼の目をまっすぐに見つめた。

「アシェル様、私は行きます」

 その瞳には、もう迷いの色はなかった。

「私を捨てた国のためではありません。今、この瞬間も、助けを求めている人々のために。私の力を、使わせてください」

 私の決意に、アシェルは何も言わず、ただ静かに、そして力強く頷いた。

 国境線に吹く風が、私の決意を後押しするように、シルヴァリアの旗を力強くはためかせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

婚約破棄されましたが、今さら後悔されても困ります

有賀冬馬
恋愛
 復讐なんて興味ありません。でも、因果応報って本当にあるんですね。あなたのおかげで、私の幸せが始まりました。  ・・・ 政略結婚の駒として扱われ、冷酷非道な婚約者クラウスに一方的に婚約破棄を突きつけられた令嬢エマ・セルディ。 名誉も財産も地に堕とされ、愛も希望も奪われたはずの彼女だったが、その胸には消せない復讐と誇りが燃えていた。 そんな折、誠実で正義感あふれる高位貴族ディーン・グラスフィットと運命的に出会い、新たな愛と絆を育む。 ディーンの支えを受け、エマはクラウスの汚職の証拠を暴き、公の場で彼を徹底的に追い詰める──。

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

殿下、もう何もかも手遅れです

魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。 葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。 全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。 アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。 自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。 勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。 これはひとつの国の終わりの物語。 ★他のサイトにも掲載しております ★13000字程度でサクッとお読み頂けます

処理中です...