欠陥聖女の完璧な復讐

希羽

文字の大きさ
9 / 10

第九話:聖女と皇子

 帝国からの会見の申し出は、シルヴァリアの司令室を再び揺るがした。

「罠に決まっている! 聖女様を敵陣に送るなど、断じてなりませぬ!」

 将軍たちの激しい反対の声が飛ぶ。当然の反応だった。しかし、私は静かに首を横に振った。

「いいえ、これは私にしかできない対話です。私が、行きます」

 私の決意に満ちた声に、皆が息を呑む。アシェルは私の隣に進み出ると、将軍たちに向かって告げた。

「彼女の覚悟は揺るがない。我らは、聖女の盾となり剣となるのみ。万全の護衛と、最悪の事態に備えた策を用意する。…クラリス、君は一人ではない。我々が、シルヴァリア全軍が君と共にある」

 彼の力強い言葉が、私の背中をそっと押してくれた。

 ◇

 会見の場は、両軍の中間地点にぽつんと張られた一つの天幕だった。

 私がアシェルと共に天幕に入ると、そこには一人の男が腕を組んで立っていた。猛禽のように鋭い目に、傲岸な光を宿した青年。彼こそが、ガルドラ帝国を率いる指揮官、ヴァルガス皇子だった。彼は私を一瞥すると、侮蔑するように鼻を鳴らした。

「貴様か。我が軍の進軍を阻んだという魔女は」
「私は魔女ではありません。シルヴァリアの聖女、クラリスと申します」
「聖女だと? 祈りで我が軍が止まるものか! いったい、どんな妖術を使った!」

 ヴァルガス皇子の声には、彼の合理主義的な思考では理解できない現象への、苛立ちと恐怖が滲んでいた。

 私は動じることなく、静かに答えた。

「ですから、何も。私はただ、祈っただけです」
「戯言を!」

 激昂する皇子に、私は続けた。

「私の力は、無から有を生み出すものではありません。すでにあるものを、ほんの少しだけ後押しする力。あなたの軍にあった綻び、兵士たちの心の迷い、そして…」

 私は彼の目をまっすぐに見つめた。

「皇子、あなた自身の健康への不安。それらが、然るべき時に、然るべき形で現れたに過ぎません」

 その瞬間、ヴァルガス皇子の顔から血の気が引いた。彼が長年、誰にも明かさず悩まされてきた持病のこと。それを、なぜ目の前の女が知っているのか。

 彼の動揺は、手に取るように分かった。

 私は、最後通告をするように、静かに、しかしはっきりと告げた。

「これ以上、シルヴァリアに剣を向けるというのなら、あなたの帝国そのものが、内側から崩壊を始めるでしょう。あなたの国が抱える数多の『矛盾』が、私の祈りで増幅されるだけですから。次は、あなたの玉座が揺らぐことになるかもしれませんわ」

 それは、軍事力でも妖術でもない。ただ、因果の理を告げただけ。

 しかし、ヴァルガス皇子にとって、その言葉はどんな兵器よりも恐ろしい脅威として響いた。物理的に破壊されるのではなく、国というシステムそのものを内側から崩壊させられる。その底知れない恐怖に、彼のプライドは粉々に打ち砕かれた。

 彼はしばらくの間、私を憎悪の目で睨みつけていたが、やがて絞り出すような声で言った。

「…全軍、撤退する」

 ◇

 帝国軍が、まるで悪夢から覚めたかのように静かに撤退していく。その報せは、瞬く間に大陸中を駆け巡った。

『シルヴァリアの聖女は、最強の帝国軍を祈りだけで退けた』
『彼女に逆らうと、国が滅びる』

 私の名は、畏怖と、そして新たな伝説の色を帯びて、人々の口にのぼり始めた。

 無事に帰還した私を、天幕の外で待っていたアシェルが、駆け寄って力強く抱きしめた。

「…よかった。本当に、無事でよかった」

 彼の腕の中で、張り詰めていた緊張の糸が、ようやく解けていくのを感じた。

「君は国を救っただけじゃない。これから流れるはずだった、無益な血を防いだんだ。ありがとう、クラリス」

 アシェルは私を称え、その瞳は深い愛情に満ちていた。

 戦争は、終わった。けれど、荒廃し、指導者を失った旧王国の問題は、まだ残っている。私たちが為すべきことは、まだ山積みだ。

「さあ、帰ろう。私たちの国へ」

 アシェルが、私の手を優しく取る。その温もりに、ここが私の還る場所なのだと、改めて実感した。

 私たちは、次の問題に向けて、そしてその先にある未来に向けて、再び共に歩き出す。彼の横顔を見上げながら、この確かな絆があれば、どんな困難も乗り越えていけると、私は強く信じていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

売られたケンカは高く買いましょう《完結》

アーエル
恋愛
オーラシア・ルーブンバッハ。 それが今の私の名前です。 半年後には結婚して、オーラシア・リッツンとなる予定……はありません。 ケンカを売ってきたあなたがたには徹底的に仕返しさせていただくだけです。 他社でも公開中 結構グロいであろう内容があります。 ご注意ください。 ☆構成 本章:9話 (うん、性格と口が悪い。けど理由あり) 番外編1:4話 (まあまあ残酷。一部救いあり) 番外編2:5話 (めっちゃ残酷。めっちゃ胸くそ悪い。作者救う気一切なし)

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

愛を知った私は、もう二度と跪きません

阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。 家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。 「呪われた男にでも喰われてこい」 そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。 彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。 その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。 「エカテリーナ様、どうかお助けを!」 かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。

婚約破棄から始まる、私の愛され人生

阿里
恋愛
婚約者・エドに毎日いじめられていたマリアンヌ。結婚を望まれ、家のために耐える日々。だが、突如としてエドに婚約破棄され、絶望の淵に立たされる――。 そんな彼女の前に現れたのは、ずっと彼女を想い続けていた誠実な青年、クリス。彼はマリアンヌに優しく手を差し伸べ、彼女の心を温かく包み込む。 新しい恋人との幸せな日々が始まる中、マリアンヌは自分を愛してくれる人に出会い、真実の愛を知ることに――。 絶望の先に待っていたのは、心の傷を癒す「本当の幸せ」。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

悪役令嬢のお母様

無色
恋愛
 魔法至上主義の王国で、魔法を持たない公爵令嬢メルリアーナは、第一王子ラインハルトから冤罪で婚約破棄され、聖女リスティルアの虚言により辱めを受ける。  悪役令嬢と誹られ絶望の淵に立たされる彼女を救ったのは、メルリアーナを最愛とする最強であった。