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第九話:螺旋の証明
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レオンが井戸にかざした掌から、膨大な魔力が放たれる。だが、いつものような荒れ狂う暴風ではなかった。彼の魔力は、私が地面に描いた数式の奔流へと吸い込まれ、制御され、明確な「形」を与えられていく。
「――っ!」
レオンの顔に、驚愕と苦痛が同時に浮かんだ。自らの魔力が、まるで未知の配管を通る水のように、決められたルートを強制的に流れていく。それは、彼がこれまで一度も経験したことのない、精密な魔力制御だった。
「そのまま圧力を維持して! ベクトルがぶれています、1.2度右へ修正!」
私の冷静な声が飛ぶ。それはもはや指示ではなく、絶対的な命令だった。レオンは歯を食いしばり、汗を浮かべながら、必死に私の指示に従う。
村人たちは、何が起きているのか理解できずにいた。ただ、井戸の底からゴゴゴゴ……という、地鳴りのような不気味な音が響き始め、不安げに後ずさる。
井戸の中で、レオンの魔力によって生み出された水流は、完璧な螺旋を描いていた。それは、ただの渦ではない。私が計算し尽くした、堆積した土砂の比重と粘度を最も効率的に剥ぎ取り、巻き上げるための「アルキメディアン・スクリュー」の原理を応用した、指向性を持った水流のドリルだった。
螺旋水流は、井戸の底に堆積したヘドロの層を、まるでリンゴの皮を剥くように、綺麗に削り取っていく。
「目標の堆積層に到達。ここが正念場ですわ。圧力を120%まで引き上げ、回転数を毎秒18回転まで上昇させて!」
「無茶を言うな! そんな精密な制御、できるか……!」
「あなたならできる。あなたの潜在魔力量なら、この程度の出力変動は誤差の範囲のはず。自信を持ちなさい。あなたの力は、あなたが思っているよりも、ずっと、ずっと大きい」
私の言葉に、レオンの目が大きく見開かれる。
「――うおおおおおおっ!」
迷いを振り払ったレオンの雄叫びと共に、彼の魔力が爆発的に増大する。だが、その力は暴走しなかった。私の数式が、その全てのエネルギーを受け止め、完璧なベクトルへと変換していく。
その瞬間、井戸の底で何かが砕けるような、ゴッという鈍い音が響いた。
次の瞬間――。
ドゴオオオオオオオオオオッ!!
井戸から、天を突くような巨大な泥水の柱が、轟音と共に噴き上がった。
村人たちの悲鳴が上がる。それはまるで、大地が怒りの咆哮を上げたかのようだった。泥の噴水は、数秒間続いた後、勢いを失い、やがて静まった。
後に残されたのは、泥まみれになった村人たちと、水を打ったような静寂。
誰もが、恐る恐る井戸の縁へと近づいていく。
そして、見た。
井戸の底から、コンコンと、清らかで新鮮な水が、途切れることなく湧き出しているのを。その水量は、この村の誰もが見たことのないほど、豊かで力強いものだった。
「……水が……」
「水が戻ったぞぉぉぉぉっ!!」
一人の男の叫びを皮切りに、村中が割れんばかりの歓声に包まれた。人々は抱き合い、涙を流し、この奇跡の復活を喜んだ。
私は、その熱狂の輪から少し離れた場所で、静かに佇んでいた。
ふと、隣に気配を感じて顔を向けると、そこに立っていたのは、魔力を使い果たして膝に手をつき、荒い息を繰り返すレオンだった。彼は、泥だらけの顔で、信じられないものを見るような目で、私を見つめていた。
「……あんた、一体、何者なんだ……?」
その問いには、もはや以前のような敵意はなかった。ただ、純粋な畏怖と、理解を超えた現象に対する戸惑いだけがあった。
私は、ドレスの裾で頬についた泥を拭うと、静かに微笑んだ。
「わたくしはリディア。ただの、魔術研究家ですわ」
そして、こう付け加えた。
「――ご覧なさい。これが、わたくしの魔法。神への祈りでも、精霊への感謝でもない。ただ、この世界を支配する、美しき数式の証明です」
その日を境に、辺境の村における「リディア」という存在は、得体の知れないよそ者から、村の危機を救った謎多き魔術師へと、完全にその定義を変えることになった。
そして、レオンという男の心にも、これまでの人生で感じたことのない、強烈な方程式が刻み込まれたのだった。
「――っ!」
レオンの顔に、驚愕と苦痛が同時に浮かんだ。自らの魔力が、まるで未知の配管を通る水のように、決められたルートを強制的に流れていく。それは、彼がこれまで一度も経験したことのない、精密な魔力制御だった。
「そのまま圧力を維持して! ベクトルがぶれています、1.2度右へ修正!」
私の冷静な声が飛ぶ。それはもはや指示ではなく、絶対的な命令だった。レオンは歯を食いしばり、汗を浮かべながら、必死に私の指示に従う。
村人たちは、何が起きているのか理解できずにいた。ただ、井戸の底からゴゴゴゴ……という、地鳴りのような不気味な音が響き始め、不安げに後ずさる。
井戸の中で、レオンの魔力によって生み出された水流は、完璧な螺旋を描いていた。それは、ただの渦ではない。私が計算し尽くした、堆積した土砂の比重と粘度を最も効率的に剥ぎ取り、巻き上げるための「アルキメディアン・スクリュー」の原理を応用した、指向性を持った水流のドリルだった。
螺旋水流は、井戸の底に堆積したヘドロの層を、まるでリンゴの皮を剥くように、綺麗に削り取っていく。
「目標の堆積層に到達。ここが正念場ですわ。圧力を120%まで引き上げ、回転数を毎秒18回転まで上昇させて!」
「無茶を言うな! そんな精密な制御、できるか……!」
「あなたならできる。あなたの潜在魔力量なら、この程度の出力変動は誤差の範囲のはず。自信を持ちなさい。あなたの力は、あなたが思っているよりも、ずっと、ずっと大きい」
私の言葉に、レオンの目が大きく見開かれる。
「――うおおおおおおっ!」
迷いを振り払ったレオンの雄叫びと共に、彼の魔力が爆発的に増大する。だが、その力は暴走しなかった。私の数式が、その全てのエネルギーを受け止め、完璧なベクトルへと変換していく。
その瞬間、井戸の底で何かが砕けるような、ゴッという鈍い音が響いた。
次の瞬間――。
ドゴオオオオオオオオオオッ!!
井戸から、天を突くような巨大な泥水の柱が、轟音と共に噴き上がった。
村人たちの悲鳴が上がる。それはまるで、大地が怒りの咆哮を上げたかのようだった。泥の噴水は、数秒間続いた後、勢いを失い、やがて静まった。
後に残されたのは、泥まみれになった村人たちと、水を打ったような静寂。
誰もが、恐る恐る井戸の縁へと近づいていく。
そして、見た。
井戸の底から、コンコンと、清らかで新鮮な水が、途切れることなく湧き出しているのを。その水量は、この村の誰もが見たことのないほど、豊かで力強いものだった。
「……水が……」
「水が戻ったぞぉぉぉぉっ!!」
一人の男の叫びを皮切りに、村中が割れんばかりの歓声に包まれた。人々は抱き合い、涙を流し、この奇跡の復活を喜んだ。
私は、その熱狂の輪から少し離れた場所で、静かに佇んでいた。
ふと、隣に気配を感じて顔を向けると、そこに立っていたのは、魔力を使い果たして膝に手をつき、荒い息を繰り返すレオンだった。彼は、泥だらけの顔で、信じられないものを見るような目で、私を見つめていた。
「……あんた、一体、何者なんだ……?」
その問いには、もはや以前のような敵意はなかった。ただ、純粋な畏怖と、理解を超えた現象に対する戸惑いだけがあった。
私は、ドレスの裾で頬についた泥を拭うと、静かに微笑んだ。
「わたくしはリディア。ただの、魔術研究家ですわ」
そして、こう付け加えた。
「――ご覧なさい。これが、わたくしの魔法。神への祈りでも、精霊への感謝でもない。ただ、この世界を支配する、美しき数式の証明です」
その日を境に、辺境の村における「リディア」という存在は、得体の知れないよそ者から、村の危機を救った謎多き魔術師へと、完全にその定義を変えることになった。
そして、レオンという男の心にも、これまでの人生で感じたことのない、強烈な方程式が刻み込まれたのだった。
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