婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽

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第十五話:数式を信仰した文明

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 ダイアウルフの群れを退けてから、辺境の村には束の間の平穏が訪れていた。

 私の指揮の下、村人たちの手によって再開された「城塞」の建設は、以前にも増して熱を帯びていた。一度、自分たちの無力さと、知識の偉大さを身をもって知った彼らは、もはや私の言葉に一切の疑いを抱かなかった。彼らは私の教えを貪欲に吸収し、日に日に熟練の工兵集団へと成長していく。

 そして、私の隣には、常にレオンがいた。

「リディア。この資材の接合部だが、強度計算上は問題ない。だが、この辺境の気候変動による金属疲労を考慮すると、緩衝材としてあちらの森で採れる粘性の高い樹液を挟み込むべきじゃないか?」
「……素晴らしい着眼点ですわ、レオン。あなたの経験則という変数を、わたくしの計算式に組み込むことを失念していました。すぐに設計図を修正します」

 彼はもはや、私の指示を待つだけの弟子ではなかった。私の理論を理解し、自らの実践的な知識と融合させ、より高次元の解を導き出そうとする、対等なパートナーだった。

 村の守りが盤石になりつつあるのを確認した私は、ついに、本来の目的を果たす時が来たと判断した。

「レオン。準備はよろしいですわね?」
「ああ。いつでもいける」

 私たちが目指すは、あの「未知の鉱物」の発生源と目される、古代遺跡。村から丸一日、魔物の森を抜けた先にある、忘れられた地だ。

 村長ドルガンと村人たちに見送られ、私たちは二人、静かに村を発った。レオンは背に大剣を、私は自作の精密な地質調査キットと分析用具の入った鞄を背負っている。その足取りに、以前のような悲壮感はなかった。そこにあるのは、世界の真理へと挑む、研究者の高揚感だけだった。

 鬱蒼とした森を抜け、眼前に現れた遺跡の姿に、私は息をのんだ。

 それは、ただの石造りの廃墟ではなかった。蔦に覆われ、風化してはいるものの、その建造物は明らかに、自然の地形ではなく、極めて高度な幾何学の知識に基づいて設計されていた。完璧な円弧を描くアーチ、黄金比に基づいて配置された柱の列。それはまるで、巨大な数式が、そのままの形で大地に具現化したかのようだった。

「……すごいな。こんなものが、森の奥に眠っていたなんて」

 レオンもまた、その異様な光景に圧倒されていた。

 私とレオンは、警戒を怠らず、遺跡の内部へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気が肌を撫で、自分たちの足音だけが、遥かな時を超えた静寂の中に響き渡る。

 壁面には、色褪せてはいるものの、驚くほど精密な壁画が残されていた。そこに描かれていたのは、神々への祈りを捧げる人々の姿ではなかった。巨大なコンパスや定規を手に、星の運行を計算し、大地を設計し、そして、見たこともないような複雑な魔法陣を描き出す、古代の魔術師たちの姿だった。

「……やはり。この文明は、神ではなく、数式を信仰していたようですわ」

 私の確信は、遺跡のさらに奥で、一つの巨大な石板を見つけたことで、より強固なものとなった。

 石板には、この世界の成り立ちが、一つの長大な数式体系として記述されていた。そして、その数式の末尾に、こう記されていたのだ。

『――故に、我らは神の奇跡を不要とする。森羅万象は計算可能であり、我らはその数式を用い、我ら自身の力で、神の領域へと至るであろう』

 傲慢なまでの、絶対的な自信。だが、その自信を裏付けるだけの力が、彼らにあったことは疑いようもなかった。

 しかし、その石板のすぐ隣。対になるように置かれたもう一つの石板には、全く違う光景が描かれていた。

 完成した巨大な魔力増幅装置。そして、その装置から溢れ出す、黒い瘴気のような何か。その瘴気に触れた動植物が、見るも無残な、凶暴な魔物へと姿を変えていく様が、克明に記録されていたのだ。壁画の最後には、黒い瘴気に飲み込まれ、崩壊していく文明の姿が描かれていた。

「これが……あの鉱物の正体……」

 レオンが、ゴクリと唾をのむ。

 この古代文明は、自らが作り出した数式の力に、自らが飲み込まれて滅びたのだ。

 そして、私の脳裏に、最悪の仮説が浮かび上がった。

 私は遺跡の床に手を触れ、魔力の残滓を分析する。その流れは、極めて微弱だが、明らかに一つの方向へと収束していた。遺跡の、さらに深部へ向かって。

「レオン。どうやら、本当の脅威は、まだ眠ったままのようですわ」

 私の視線の先、遺跡の最深部へと続く、暗く、巨大な通路が、まるで冥界の入り口のように、ぽっかりと口を開けていた。

 そこから、あの黒い鉱物と同じ、微弱だが、確実に脈動する、邪悪な魔力が漏れ出してきていた。

 あの装置は、まだ、完全に沈黙してはいなかったのだ。
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