婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽

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第十六話:滅びの方程式

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 遺跡の最深部へと続く暗い通路は、まるで巨大な生物の食道のように、不気味な脈動を繰り返していた。壁面には、あの黒い鉱物が血管のように張り巡らされ、その中心を、邪悪な魔力が血液のように流れている。

「……行くのか、リディア」

 レオンが、大剣の柄を握りしめながら、低い声で尋ねた。その声には、未知への警戒と、私の身を案じる響きが混じっていた。

「当然ですわ。観測できていない事象は、分析すべき対象にすぎません。あの向こうに、この全ての非合理な現象の根本原因である『方程式』があるのですから」

 恐怖はない。あるのは、ただ、世界の真理を解き明かそうとする、探求者としての純粋な好奇心だけだった。

 私たちは、互いの背後を警戒しながら、慎重に通路の奥へと進んでいった。進むにつれて、空気中の魔力濃度は指数関数的に上昇し、肌がピリピリと痛むほどだった。壁の鉱脈はより太く、より禍々しい光を放ち始める。

 やがて、私たちは、巨大な空洞へとたどり着いた。

 そこは、この遺跡の心臓部だった。

 ドーム状の天井を持つ広大な空間。その中央に、一つの巨大な黒い水晶が、天と地を繋ぐ柱のように鎮座していた。その表面には、無数の幾何学模様が刻まれ、まるで生きているかのように、ゆっくりと明滅を繰り返している。

 ドクン、ドクン……と、邪悪な心臓の鼓動のように、水晶は禍々しい魔力を放ち、その瘴気は、ダイアウルフに寄生していたあの黒い鉱物を、まるで癌細胞のように、周囲の床や壁へと増殖させていた。

「あれが……古代文明が作り出した、魔力増幅装置……」

 レオンが、息をのむ。それは、人の手が生み出したというには、あまりに巨大で、あまりに異質な存在だった。

 私は、その光景に圧倒されながらも、すぐさま懐の分析キットを取り出し、行動を開始した。空気中の魔力汚染濃度、鉱物の組成、そして、水晶が放つ魔力パルスの周期。得られたデータを、私は羊皮紙の上ですさまじい速度で数式へと変換していく。

 そして、導き出された答えに、私の顔から血の気が引いた。

「レオン……これは、ただの魔力漏れなどではありませんわ」

 私の声は、自分でも気づかぬうちに、わずかに震えていた。

「この装置は、暴走しているのではない。正常に、しかし、最悪の方向へと、今も稼働し続けているのです。この黒い鉱物は、副産物などではない。この装置が、意図的に生産している『兵器』……。そして、内部のエネルギーは、臨界点に向けて、今もなお増大し続けている」

 私は、計算結果が記された羊皮紙の一点を、震える指で示した。

「予測される、エネルギーの完全解放……すなわち、この装置が、蓄積した全ての汚染物質を地上へ向けて噴出する日は、今から、ちょうど28日後。その時、発生する汚染魔物の数は、もはや『群れ』などという単位では済まない。王国全土を覆い尽くす、未曾有の大災害スタンピードが発生します」

 それは、この国の、いや、この世界の終わりを告げる、冷徹な方程式だった。

 レオンの顔が、絶望に歪む。

「止められないのか!? 今すぐ、あれを破壊すれば……!」
「無意味です。いえ、むしろ逆効果ですわ。下手に外部から衝撃を与えれば、臨界点が早まるだけ。この装置を完全に停止させるには、内部の制御数式を、物理的に書き換えるしかありません。ですが、それには、私たちの力だけでは、あまりにも……」

 その時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!

 私たちの会話に応えるかのように、黒水晶が、これまでで最も強く、禍々しい光を放った。空洞全体が激しく揺れ、壁や天井から、黒い鉱物の欠片がパラパラと降り注ぐ。

.そして、私とレオンが来た通路とは反対側。空洞の奥、玉座のように設えられた場所の背後の壁が、ゆっくりと、その姿を変え始めた。

 壁を覆っていた黒い鉱物が、まるで粘土のように蠢き、一つの巨大な人型を形成していく。それは、この遺跡の残骸と、凝縮された魔力汚染そのものを素体として生まれた、巨大なゴーレムだった。その両目に、憎悪と殺意を宿した、赤い光が灯る。

「……どうやら、この心臓部には、最後の番人がいたようですわね」

 ゴーレムは、私たちが唯一の出口である通路の前に、ゆっくりと、しかし確実に立ちはだかった。

 世界の終わりまで、あと28日。

 そして、私たちの目の前には、絶望的なまでの番人が、その姿を現していた。
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