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第十八話:孤独な観測者
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私とレオンは、一言も交わすことなく、夜通し森を駆け抜けた。
背後で蠢く、世界の終わりを告げる巨大な心臓の鼓動。そして、私たちの脳裏に刻み込まれた「28日」という冷徹な数字。それらが、休むという選択肢を私たちの思考から奪い去っていた。
夜が明け、見慣れた村の柵が見えてきた時、張り詰めていた緊張の糸が、わずかに緩んだ。村の見張りが私たちの姿を認め、喜びの声を上げる。
「リディア様とレオンが帰ってきたぞ!」
その声に、村は安堵と歓迎の空気に包まれた。しかし、私たちが持ち帰った情報の重さを知る者は、まだ誰もいない。
村長のドルガンは、私たちのただならぬ様子を察すると、すぐに人払いをして、自身の家へと招き入れた。
「……リディア殿。レオン。一体、何があった。その顔は、まるで世界の終わりでも見てきたかのようじゃ」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「ええ、村長殿。あながち、間違いではございませんわ」
私は、震える手で羊皮紙を広げ、遺跡で導き出した、滅びの方程式をドルガンに見せた。古代文明の末路、魔力増幅装置の正体、そして、28日後に王国全土を覆い尽くす、未曾有の大災害(スタンピード)の予測。
私の淡々とした説明が進むにつれて、ドルガンの顔から血の気が引いていく。全てを聞き終えた彼は、深く、長い沈黙の後、絞り出すように言った。
「……我々だけでは、どうすることもできん、ということか」
「その通りです。あの装置を停止させるには、王国中の魔術師の総力と、騎士団の物理的な防衛力、そして、国中の資源を動かす権力が必要不可欠。私たちの村の力など、あまりに無力です」
それは、認めたくない、しかし、揺るぎようのない事実だった。
レオンが、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「だが、どうやって王国に信じさせる? 俺たちを追い出した連中だぞ。悪魔の戯言だと、笑って取り合わないのが関の山だ」
レオンの言う通りだった。あの感情と伝統に支配された王宮で、論理的な予測が受け入れられるとは到底思えない。私個人に対する侮蔑も、正しい判断を曇らせるだろう。
私は、窓の外に広がる、懸命に城塞を建設する村人たちの姿を、静かに見つめていた。彼らの日常を守るため、私は、最も忌み嫌う、最も非合理な選択をしなければならないのかもしれない。
プライドを捨て、あの愚かな王子に、頭を下げる。
その思考が、私の胃をキリキリと締め付けた。
その時だった。沈黙していたドルガンが、一つの可能性を口にした。
「……リディア殿。あんたさんの、お父上は」
「……!」
「アークライト公爵は、今も王国で絶大な力を持っておられるはずじゃ。彼ならば、王を動かせるやもしれん」
父。私がその名を捨て、そして、父もまた私を見捨てた、あの日。彼の、冷たく背を向けた姿が脳裏に蘇る。
だが、ドルガンの言葉は、最も確率の高い、唯一の解でもあった。
私は、しばらくの間、目を閉じて思考を巡らせた。そして、ゆっくりと目を開くと、その瞳には、もはや迷いはなかった。
「……ええ。それが、現時点で最も合理的な選択でしょう」
私は懐から羊皮紙を取り出すと、インクも滲むほどの速度でペンを走らせた。それは、父である公爵に宛てた、一通の手紙だった。しかし、そこには感傷的な言葉など一言もない。ただ、遺跡で得られた観測データ、数式、そして、スタンピード発生までのタイムリミットという、揺るぎない事実だけが、冷徹に書き連ねられていた。そして、文末に、父にしか分からない、幼い頃の暗号を一つだけ添えた。
「村長殿。この村に出入りしている商人の中で、最も口が堅く、最も足の速い者を、一人呼んでいただけますか。これは、この国の命運を懸けた、最重要機密の配達依頼です」
私の声には、もはや私情を挟む余地はなかった。
数時間後、一人の屈強な商人が、私の手紙を革袋に厳重にしまい込み、王都へと向けて、最速の馬で村を駆け出していった。
私たちは、ただ、その背中が見えなくなるまで、黙って見送ることしかできなかった。
世界の終わりまで、あと27日。
孤独な観測者だった私の手から放たれた方程式は、今、それを最も理解しないであろう者たちの手へと、その運命を委ねたのだった。
背後で蠢く、世界の終わりを告げる巨大な心臓の鼓動。そして、私たちの脳裏に刻み込まれた「28日」という冷徹な数字。それらが、休むという選択肢を私たちの思考から奪い去っていた。
夜が明け、見慣れた村の柵が見えてきた時、張り詰めていた緊張の糸が、わずかに緩んだ。村の見張りが私たちの姿を認め、喜びの声を上げる。
「リディア様とレオンが帰ってきたぞ!」
その声に、村は安堵と歓迎の空気に包まれた。しかし、私たちが持ち帰った情報の重さを知る者は、まだ誰もいない。
村長のドルガンは、私たちのただならぬ様子を察すると、すぐに人払いをして、自身の家へと招き入れた。
「……リディア殿。レオン。一体、何があった。その顔は、まるで世界の終わりでも見てきたかのようじゃ」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「ええ、村長殿。あながち、間違いではございませんわ」
私は、震える手で羊皮紙を広げ、遺跡で導き出した、滅びの方程式をドルガンに見せた。古代文明の末路、魔力増幅装置の正体、そして、28日後に王国全土を覆い尽くす、未曾有の大災害(スタンピード)の予測。
私の淡々とした説明が進むにつれて、ドルガンの顔から血の気が引いていく。全てを聞き終えた彼は、深く、長い沈黙の後、絞り出すように言った。
「……我々だけでは、どうすることもできん、ということか」
「その通りです。あの装置を停止させるには、王国中の魔術師の総力と、騎士団の物理的な防衛力、そして、国中の資源を動かす権力が必要不可欠。私たちの村の力など、あまりに無力です」
それは、認めたくない、しかし、揺るぎようのない事実だった。
レオンが、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「だが、どうやって王国に信じさせる? 俺たちを追い出した連中だぞ。悪魔の戯言だと、笑って取り合わないのが関の山だ」
レオンの言う通りだった。あの感情と伝統に支配された王宮で、論理的な予測が受け入れられるとは到底思えない。私個人に対する侮蔑も、正しい判断を曇らせるだろう。
私は、窓の外に広がる、懸命に城塞を建設する村人たちの姿を、静かに見つめていた。彼らの日常を守るため、私は、最も忌み嫌う、最も非合理な選択をしなければならないのかもしれない。
プライドを捨て、あの愚かな王子に、頭を下げる。
その思考が、私の胃をキリキリと締め付けた。
その時だった。沈黙していたドルガンが、一つの可能性を口にした。
「……リディア殿。あんたさんの、お父上は」
「……!」
「アークライト公爵は、今も王国で絶大な力を持っておられるはずじゃ。彼ならば、王を動かせるやもしれん」
父。私がその名を捨て、そして、父もまた私を見捨てた、あの日。彼の、冷たく背を向けた姿が脳裏に蘇る。
だが、ドルガンの言葉は、最も確率の高い、唯一の解でもあった。
私は、しばらくの間、目を閉じて思考を巡らせた。そして、ゆっくりと目を開くと、その瞳には、もはや迷いはなかった。
「……ええ。それが、現時点で最も合理的な選択でしょう」
私は懐から羊皮紙を取り出すと、インクも滲むほどの速度でペンを走らせた。それは、父である公爵に宛てた、一通の手紙だった。しかし、そこには感傷的な言葉など一言もない。ただ、遺跡で得られた観測データ、数式、そして、スタンピード発生までのタイムリミットという、揺るぎない事実だけが、冷徹に書き連ねられていた。そして、文末に、父にしか分からない、幼い頃の暗号を一つだけ添えた。
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私の声には、もはや私情を挟む余地はなかった。
数時間後、一人の屈強な商人が、私の手紙を革袋に厳重にしまい込み、王都へと向けて、最速の馬で村を駆け出していった。
私たちは、ただ、その背中が見えなくなるまで、黙って見送ることしかできなかった。
世界の終わりまで、あと27日。
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