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第二十話:祈りの敗北
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王国の東部国境、トルバス砦。
エドワード王子率いる王国の精鋭部隊が到着した時、そこには安堵と熱狂が渦巻いていた。金銀の装飾が施された豪奢な鎧を纏う騎士団、神聖な紋章の入ったローブを羽織る宮廷魔術師団。そして、何より、民衆の絶対的な信仰を集める聖女セシリアと、次期国王たるエドワード王子その人。
その威容は、国境の兵士たちが抱いていた不安を払拭するには、十分すぎるものだった。
「見たか、あれが我らが王子殿下と聖女様だ!」
「もはや魔物どもも終わりよ!」
王子は、砦の城壁から眼下に広がる魔物の群れを見下ろし、傲慢な笑みを浮かべた。その数は多いが、所詮は統率の取れていない烏合の衆。リディアが予言したという「大災害」など、片腹痛かった。
「皆の者、聞け!」
王子の声が、魔力によって増幅され、戦場に響き渡る。
「神に愛されし我らが、不浄なる獣どもに神罰を下す時が来た! セシリアの祈りと共に、勝利を掴むのだ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
鬨の声と共に、戦いの火蓋が切られた。セシリアが城壁の上で祈りを捧げると、騎士たちの剣がまばゆい光を放ち、宮廷魔術師団は、古式ゆかしい詠唱によって、巨大な炎の球や氷の槍を次々と魔物の群れへと叩きつけていく。
その光景は、まさしく圧巻だった。一つ一つの魔法が持つ威力は、辺境の村のそれとは比較にもならない。最初の数時間、王国軍は魔物の群れを圧倒し、城壁は歓喜に包まれた。王子は、自らの判断の正しさを確信し、勝利の美酒に酔いしれていた。
一方、辺境の村。
王都から戻ってきた商人が、玉座の間での顛末を、悔しそうにリディアへと報告していた。
「……連中は、あんた様の手紙を、一笑に付しやがった。王子は、自分たちの力で解決できると……」
「……そう。予測可能な、最も愚かな反応ですわね」
私の表情に、落胆の色はなかった。ただ、冷徹な方程式が、その正しさを証明したという、静かな諦観があるだけだった。
「レオン。村長殿。計画を変更します。王国の救援は、もはや期待できません。我々は、我々だけで生き残る」
私は、城塞の設計図の上に、新たな指示を書き加えていく。
「防壁の建設を加速させると同時に、村の地下に、長期籠城用のシェルターを建造します。水源と食料庫を確保し、外部から完全に遮断されても、最低3ヶ月は生存可能な閉鎖環境を構築するのです」
王都が滅びの道を突き進む中、この小さな村だけが、来るべき冬の時代に備え、静かに、しかし着実に、その備えを固めていた。私は、商人たちがもたらす断片的な情報から、東部戦線の戦況を分析し、一つの結論に達していた。
「彼らの伝統的な魔法は、汚染された魔物には通用しない。初戦の勝利は、敵がまだ本性を現していないだけ。第二波、第三波で、彼らの戦線は、必ず崩壊する」
その予測は、あまりに正確に、現実のものとなった。
開戦から三日後。東部国境に、第二波、第三波となる、おびただしい数の魔物の大群が出現した。しかも、その中には、ダイアウルフのアルファ個体のように、明らかに異常な巨体と、邪悪な魔力を放つ上位個体が、複数含まれていた。
戦況は、一変した。
「な、なぜだ! なぜ我らの聖なる炎が効かぬ!」
宮廷魔術師団の攻撃は、上位個体の持つ黒い瘴気のバリアに阻まれ、致命傷を与えられない。騎士たちの光の剣もまた、汚染された強靭な肉体を断ち切ることができず、次々と刃こぼれしていく。
そして、聖女セシリアの祈りは、完全に無力だった。彼女の癒やしの光は、汚染された魔物には何の効果も示さず、傷ついた兵士たちの傷さえも、黒い瘴気の影響で、治癒が追いつかない。
統率を失った王国軍は、ただの烏合の衆と化した。城壁は各所で破られ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。
「ひ……っ、来るな、化け物め!」
エドワード王子は、城壁を駆け上がってきた上位個体の前に、腰を抜かし、無様に悲鳴を上げた。これまで信じてきた、神の加護も、王家の権威も、絶対的な暴力の前では、何の意味もなさなかった。
「撤退だ! 全軍、撤退せよぉぉぉっ!!」
王子が、情けない裏声で叫ぶ。その命令が、王国軍の完全な崩壊を決定づけた。
東部国境は、陥落した。
生き残った兵士たちは、武器も仲間も捨て、我先に王都へと逃げ帰っていく。そして、彼らの背後から、勝利の咆哮を上げる、無限とも思える魔物の大群が、王都へと向けて、その進軍を開始した。
世界の終わりまで、あと15日。
愚者たちが浪費した時間は、もはや取り返しのつかないものとなっていた。
エドワード王子率いる王国の精鋭部隊が到着した時、そこには安堵と熱狂が渦巻いていた。金銀の装飾が施された豪奢な鎧を纏う騎士団、神聖な紋章の入ったローブを羽織る宮廷魔術師団。そして、何より、民衆の絶対的な信仰を集める聖女セシリアと、次期国王たるエドワード王子その人。
その威容は、国境の兵士たちが抱いていた不安を払拭するには、十分すぎるものだった。
「見たか、あれが我らが王子殿下と聖女様だ!」
「もはや魔物どもも終わりよ!」
王子は、砦の城壁から眼下に広がる魔物の群れを見下ろし、傲慢な笑みを浮かべた。その数は多いが、所詮は統率の取れていない烏合の衆。リディアが予言したという「大災害」など、片腹痛かった。
「皆の者、聞け!」
王子の声が、魔力によって増幅され、戦場に響き渡る。
「神に愛されし我らが、不浄なる獣どもに神罰を下す時が来た! セシリアの祈りと共に、勝利を掴むのだ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
鬨の声と共に、戦いの火蓋が切られた。セシリアが城壁の上で祈りを捧げると、騎士たちの剣がまばゆい光を放ち、宮廷魔術師団は、古式ゆかしい詠唱によって、巨大な炎の球や氷の槍を次々と魔物の群れへと叩きつけていく。
その光景は、まさしく圧巻だった。一つ一つの魔法が持つ威力は、辺境の村のそれとは比較にもならない。最初の数時間、王国軍は魔物の群れを圧倒し、城壁は歓喜に包まれた。王子は、自らの判断の正しさを確信し、勝利の美酒に酔いしれていた。
一方、辺境の村。
王都から戻ってきた商人が、玉座の間での顛末を、悔しそうにリディアへと報告していた。
「……連中は、あんた様の手紙を、一笑に付しやがった。王子は、自分たちの力で解決できると……」
「……そう。予測可能な、最も愚かな反応ですわね」
私の表情に、落胆の色はなかった。ただ、冷徹な方程式が、その正しさを証明したという、静かな諦観があるだけだった。
「レオン。村長殿。計画を変更します。王国の救援は、もはや期待できません。我々は、我々だけで生き残る」
私は、城塞の設計図の上に、新たな指示を書き加えていく。
「防壁の建設を加速させると同時に、村の地下に、長期籠城用のシェルターを建造します。水源と食料庫を確保し、外部から完全に遮断されても、最低3ヶ月は生存可能な閉鎖環境を構築するのです」
王都が滅びの道を突き進む中、この小さな村だけが、来るべき冬の時代に備え、静かに、しかし着実に、その備えを固めていた。私は、商人たちがもたらす断片的な情報から、東部戦線の戦況を分析し、一つの結論に達していた。
「彼らの伝統的な魔法は、汚染された魔物には通用しない。初戦の勝利は、敵がまだ本性を現していないだけ。第二波、第三波で、彼らの戦線は、必ず崩壊する」
その予測は、あまりに正確に、現実のものとなった。
開戦から三日後。東部国境に、第二波、第三波となる、おびただしい数の魔物の大群が出現した。しかも、その中には、ダイアウルフのアルファ個体のように、明らかに異常な巨体と、邪悪な魔力を放つ上位個体が、複数含まれていた。
戦況は、一変した。
「な、なぜだ! なぜ我らの聖なる炎が効かぬ!」
宮廷魔術師団の攻撃は、上位個体の持つ黒い瘴気のバリアに阻まれ、致命傷を与えられない。騎士たちの光の剣もまた、汚染された強靭な肉体を断ち切ることができず、次々と刃こぼれしていく。
そして、聖女セシリアの祈りは、完全に無力だった。彼女の癒やしの光は、汚染された魔物には何の効果も示さず、傷ついた兵士たちの傷さえも、黒い瘴気の影響で、治癒が追いつかない。
統率を失った王国軍は、ただの烏合の衆と化した。城壁は各所で破られ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。
「ひ……っ、来るな、化け物め!」
エドワード王子は、城壁を駆け上がってきた上位個体の前に、腰を抜かし、無様に悲鳴を上げた。これまで信じてきた、神の加護も、王家の権威も、絶対的な暴力の前では、何の意味もなさなかった。
「撤退だ! 全軍、撤退せよぉぉぉっ!!」
王子が、情けない裏声で叫ぶ。その命令が、王国軍の完全な崩壊を決定づけた。
東部国境は、陥落した。
生き残った兵士たちは、武器も仲間も捨て、我先に王都へと逃げ帰っていく。そして、彼らの背後から、勝利の咆哮を上げる、無限とも思える魔物の大群が、王都へと向けて、その進軍を開始した。
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