「妹の方が聖女に相応しい」と婚約破棄され、魔の塔に捨てられましたが、住んでいた魔帝様の胃袋を掴んだので幸せです。

希羽

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第1話 ゴミ捨て場に捨てられたら、そこは魔王の引きこもり部屋でした

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「ハンナ・クリスティア! 貴様のような陰気な女との婚約は、今この時をもって破棄する!」

 王城の舞踏会場。
 シャンデリアの煌めきが痛いほど眩しいその場所で、第一王子アルフレッド様の高らかな宣言が響き渡った。
 音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉に私――ハンナ・クリスティア伯爵令嬢へと突き刺さる。
 アルフレッド様の隣には、私の腹違いの妹、リリアがいた。
 ピンク色のふわふわとした髪に、あどけない瞳。彼女は王太子の腕にギュッとしがみつき、勝ち誇ったような笑みを隠そうともしていない。

「お姉様、ごめんなさいぃ……。でも、真実の愛には逆らえなくて……」
「そういうことだ。リリアこそが、真の『聖女』の力に目覚めたのだ。ハンナ、お前のような魔力を持たぬ『出がらし』は、もう用済みだ」

 ……なるほど。
 私は心の中で、冷めたお茶を飲み干すような気分で納得した。
 毎日毎日、山積みになる領地の書類を片付け、神殿の儀式の準備をし、王太子の公務の代行までしていた私を「用済み」と仰るのですね。
 この国の結界を維持するために、毎晩徹夜で魔力を練り上げていたのが誰かも知らずに。

(まあ、いいですわ。疲れましたし)

 私は扇子をパチリと閉じ、優雅にカーテシーをした。

「承知いたしました。謹んでお受けいたします」
「なっ……!?」

 泣き崩れるとでも思っていたのだろうか。
 私のあまりにあっさりとした返答に、アルフレッド様は顔を赤くして狼狽した。

「き、貴様……悔しくないのか!? 王太子妃の座を失うのだぞ!?」
「殿下がリリアを選ばれたのです。私が口を挟むことではありません」

 それに、正直に言えば清々していた。
 この馬鹿な王太子のお守りからも、わがままな妹の後始末からも解放されるのだから。
 私はさっさと実家に帰って、温かいスープでも飲んで寝よう――。
 そう思って背を向けた、その時だった。

「待て! 誰が帰して良いと言った!」

 アルフレッド様の怒号が飛ぶ。

「貴様には『呪われた娘』の疑いがある! リリアの聖女の力を阻害する黒い影……それがお前だとな!」
「は?」

 何を言っているのだろう、この男は。
 私が眉をひそめると、彼はニヤリと残忍な笑みを浮かべた。

「よって、貴様には極刑を与える! 王都に封印された『奈落の塔』……そこがお前の新しい住処だ!」

 会場から悲鳴が上がる。
 奈落の塔。
 かつて世界を灰にしようとした『災厄の魔帝』が封印されているという、絶対不可侵の禁足地。
 生きて帰った者は一人もいない、処刑場だ。

「衛兵! この女を突き落とせ!」
「ちょ、お待ちくださ――」

 弁明の機会すら与えられなかった。
 私は屈強な騎士たちに両腕を掴まれ、広間の床に開いた黒い穴――『塔』へと繋がる転移ゲートへと引きずり込まれた。

「きゃあああああっ!?」

 浮遊感が内臓を揺らす。
 最後に視界に映ったのは、醜く顔を歪めて笑う元婚約者と妹の姿だった。

(絶対に……絶対に許しませんからね……っ!)

 視界が暗転し、私は深い闇へと落ちていった。

 ◇

 ズガンッ!!
 激しい衝撃と共に、私は冷たい石床に叩きつけられた。
 幸い、着ているドレスの何重ものパニエがクッション代わりになり、骨折は免れたようだ。

「……っ、痛ったぁ……」

 私はよろりと身を起こす。
 周囲を見渡すと、そこは薄暗い石造りの部屋だった。
 高い天井に、苔むした壁。窓はなく、どこからか冷たい隙間風が吹いている。
 ここが、『奈落の塔』の最下層なのだろうか。

「……最悪ですわ」

 何が最悪って、空気が淀んでいる。
 それに、臭い。
 カビと埃、それに何かが腐ったようなすえた臭いが充満している。
 ふと、部屋の奥に『何か』がいる気配を感じた。
 闇の奥。部屋の隅っこ。
 そこに、どす黒い霧のような、禍々しいオーラを放つ塊がうずくまっていた。

(あれが……伝説の魔帝……?)

 心臓がドクンと跳ねる。
 伝承によれば、魔帝ゼノ・ディアボロスは、一睨みでドラゴンの心臓を止め、吐息ひとつで国を滅ぼすとされている。
 殺される。
 私は覚悟を決めて、震える唇を開こうとした。
 その時だ。

「ひっ……!」

 暗闇の塊から、情けない悲鳴が聞こえたのは。

「……はい?」

 よく目を凝らしてみる。
 黒い霧だと思っていたのは、ボロボロの毛布だった。
 その毛布の隙間から、宝石のように美しい、しかし涙で潤んだ紫色の瞳がこちらを覗いている。

「に、人間……? なんで人間がここに……」

 震えている。
 どう見ても、私より彼の方が怯えていた。

「く、来るな……! 俺に近づくな……! 呪うぞ! 祟るぞ! こ、ここから出ていけぇぇぇ!」

 魔帝(?)は、ダンゴムシのように丸まりながら、必死に私を威嚇してきた。
 その声は脅迫というより、迷子の仔犬のキャンキャン吠えに近い。

 ……ハッとした。

 この状況。この惨状。
 散らかった床。積み上げられた書物。食べかけのまま放置された謎の物体(多分、数百年ものの果物)。そして、引きこもって震える住人。
 私の頭の中で、恐怖という感情がスッと引いていき、代わりにムクムクと別の感情が鎌首をもたげた。
 それは、長年王城で実務を取り仕切ってきた、私の『お世話係』としての本能。

「……汚い」
「ひぃっ!?」

 私はドレスの袖をまくり上げ、仁王立ちになった。

「な、なんだ貴様……! 俺は魔帝だぞ!? 怖いだろう!? 命乞いをしろ!」
「魔帝様だか何だか存じませんが」

 私はスタスタと彼に歩み寄り、その目の前に落ちていたゴミ(数千年前の聖剣の柄と思われるもの)を拾い上げた。

「お部屋の空気が死んでいます。これでは健康な精神も病んでしまいますわ」
「は……?」
「とりあえず換気します。窓はどこですか? ああ、その前にこのカビ臭い毛布を洗濯しなくては」

 私は彼を指差して宣言した。

「今から大掃除をします。邪魔ですから、そこの隅っこで大人しくしていてください」

 ポカン、と。
 世界を滅ぼすはずの魔帝様は、口を半開きにして私を見上げていた。
 これが、私と彼――後に世界を揺るがすことになる最強の引きこもりとの、最悪で最高の出会いだった。
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