鹿野村

手拭い太郎

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第一部 鹿野村の闇

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 山々に囲まれた、深い緑に覆われた小さな村、鹿野村(かのむら)。過疎化の波はとうに押し寄せ、村の人口はわずか300人を数えるのみ。しかし、村人たちはその静けさを愛し、顔見知りの温かさの中で、助け合いながらひっそりと暮らしていた。

 タカシは、都会の喧騒を離れ、二年前にこの村へ移り住んできた25歳の青年だ。亡くなった祖父の家を継ぎ、慣れないながらも有機農業に精を出していた。都会では感じられなかった、土の匂い、風の音、夜空に輝く満天の星。それらすべてがタカシの心を穏やかにし、彼はこの村を心から愛し始めていた。

 しかし、この村には、タカシがどうしても理解できない、奇妙な風習があった。それは、年に一度、村の守り神とされる「鹿神様」に、その年に生まれた最も美しい鹿の角を捧げるというものだ。古老たちは「これを怠れば、村に災いが訪れ、鹿神様の怒りに触れる」と信じていた。タカシは、こんな時代にまだそんな迷信が残っていることに驚き、そして違和感を覚えていた。

「鹿の角を捧げるなんて、ただの動物虐待じゃないか」

 タカシは、村で唯一の友人であるリョウタにそう漏らした。リョウタはタカシと同い年で、村で生まれ育った青年だ。都会の考えを持つタカシに共感し、一緒に村の風習を変えようと約束してくれた、心強い存在だった。

「俺もそう思う。でも、親父たちを説得するのは難しい。鹿神様は、この村の歴史そのものだから」


 リョウタの言葉に、タカシは村の歴史の重さを感じた。しかし、だからといって無関係な動物を犠牲にすることはできない。タカシは、村の古老たちに、この風習を止めるよう説得を試みた。


 特に、村の長老であるゲンゾウは、この風習を何よりも重んじていた。彼の顔には、この村の歴史を物語るような深い皺が刻まれており、その目はタカシの言葉を真っ向から拒絶した。

「都会の若造に、この村の歴史が分かってたまるか。鹿神様は、この村に恵みをもたらす神。その神を怒らせてみろ、お前は村人から総スカンを食らうぞ」

 ゲンゾウの冷たい言葉は、タカシの心を深く抉った。彼の言葉は、村人たちの総意であるかのように感じられた。タカシは、村の閉鎖的な空気に息苦しさを感じ始めていた。
ある日、村で飼われていた鹿が、何者かに角を切り取られるという事件が起きた。村人たちは騒然とし、ゲンゾウはタカシを疑いの目で見た。リョウタはタカシをかばったが、村人たちの疑念は一層深まった。

 そして、その年の鹿神様の祭りの夜。
 タカシは夜空を見上げながら、リョウタと語り合っていた。

「俺は、この村を変えたいんだ」

「俺もだよ。この村の未来は、俺たちが作らなきゃ」

その時、二人のもとに血相を変えた村人が駆け寄ってきた。

「大変だ!ゲンゾウさんが…!」

 タカシとリョウタが現場に駆けつけると、そこには変わり果てたゲンゾウの姿があった。そして、その側には血の付いた鋭利な刃物。

 村人たちの目は、一斉にタカシに向けられた。彼らの目に宿るのは、憎しみと恐怖。

「お前だろ!鹿神様の怒りを買ったのは!」

 タカシは無実を叫んだが、誰も耳を貸さなかった。リョウタまでもが、タカシから目をそらした。信じていた人々に裏切られ、タカシは絶望に打ちひしがれた。彼は、この村の閉鎖的な空気に耐えられなくなっていた。

「みんな、この村の未来を…」

 タカシのつぶやきは、誰にも届かなかった。彼はその場から立ち去り、深い闇の中へと消えていった。

そして、翌朝。

村人たちは、惨劇を目の当たりにする。村の至る所に、血まみれの遺体が転がっていた。

タカシの姿は、どこにもなかった。

村人たちは、彼が鹿神様の怒りを受け、皆殺しにしたのだと噂した。 
この事件は、「鹿野村三十人殺し」として、後世に語り継がれることになった。

しかし、真実は闇の中に葬られたままだ。本当に犯人はタカシだったのか?それとも、村の闇に潜む何者かの仕業だったのか?

事件の真相は、誰にも分からない。
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