きみが忘れていった物

Lilly/カナコ

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第7話

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私が彼に別れを告げた時、彼はただ悲しい目をして、黙って私の話を聞いていた。

私のせいで、彼に悲しい思いをさせている。

そのことに気がつくのが遅すぎた。

私はいつでも勝手な人間だ、彼に悲しい思いをさせておきながら、彼が少しも引きとめてくれない、私を責めもしないことに憤りを感じている。

私と彼が一緒に過ごした五年間は、彼にとってこの程度だったのだろうか。
.
いや、私のような人間は引きとめてもらえなくても仕方ないか…。

自分から最低な行為をしておきながら、引きとめてもらおうだなんて都合のいいことを考えるほうが間違っている。

あの人にも彼がいることを黙って会ってしまったし、もしかしたら受け入れてくれないかもしれない。

もしそうなったら、私にはもうなにも望みはない。

玄関で私を見送る彼に最後の別れを告げて、私は家を出た。



駅の改札口にたどり着くと、あの日、あの人と初めて会った時と同じように彼に電話をかけた。

彼は電話に出なかった。

遠くの方で、特急列車が発車するベルが鳴っている。

電車のドアが閉じ、ゆっくりと去っていくのをぼんやりと眺めていた。

これからどうしよう?

もう一度家に帰って、孝明さんと話し合う?

いくらなんでも、今更そんなことはできない。

親にもまだ何も話していないけど、とりあえず実家に帰ろうかしら、そうするよりほか仕方がない。

三本目の特急を見送ってから、ようやく実家に帰ろうと思い立ち、急行の時刻表を眺めていると、彼から電話がかかってきた。

「もしもし、ちいちゃん久しぶり。さっき電話出れなくてごめん。どうしたの?」

「正輝くん、急にごめんね…迎えに来て…」

「えっ、今どこにいるの?」

「駅の改札口…」

「うーん、俺今まだ大学いるんだよね。ちょっと時間かかるかも知れないから、近くの喫茶店で時間潰してて。今からすぐそっち行くから。じゃあね。」

彼は早口でまくしたてると、そのまま電話を切った。

私はとりあえず、彼の言う通りに改札口のすぐ隣にある喫茶店に入ってコーヒーとサンドイッチを頼んだ。

カップを覗くと、真っ黒なコーヒーに泣き疲れてくしゃくしゃになった自分の顔が浮かんでいる。

私は暫くの間、ぼんやりとそれを眺めていた。

三十分ほど経って、店のドアがカランカランと音を立て、やせて背の高い、金髪の男が入ってきた。

彼だ。

彼は私に気がつくと、つかつかと大股で近づいてきた。

「ちいちゃん、どうしたんだよその大荷物。」

彼はキャリーケースをまじまじと見つめながら言った。

「彼と別れて、今日家を出てきたの…あのね、私、正輝くんに言っておかないといけないことがあって…こないだ会ったとき、彼がいること黙っててごめんなさい…。私、彼にも正輝くんにも酷いことしちゃった。」

「いや、俺は全然いいんだけど…」

「もしかして、彼氏にそのこと見つかって追い出された?」

彼は狼狽した様子だった。

「ううん、彼はそんなことする人じゃないの。そんなんじゃなくて…好きな人できたから別れて欲しいって言って、それで家を出てきたの。」

「ふーん、そういうところ、ちいちゃんらしいっちゃ、ちいちゃんらしいね」

彼はアイスコーヒーにミルクを入れながら言った。

真っ黒いコーヒーの中に、白いミルクがもやもやと広がっていく。

「でもさ、」

彼はアイスコーヒーをカラカラとかき混ぜながら言った。

「そこまでして俺のところ来てくれるなんて嬉しいよ。さっき電話きたときはびっくりしたけど、本当に来てくれると思ってなかったから。」

「がっかりさせたらどうしようかと思ってた。」

「ああ、さっきの話?そんなこと気にしてたの。ばかだなあ。」

彼はそう言って笑って、アイスコーヒーを飲み始めた。

「ところでさ、今日はネックレスつけてないんだね。こないだつけてたの、すごい似合ってたよ」

彼はアイスコーヒーを飲みながら、私の胸元をじっと見つめて言った。

「あっ…」

私は慌てて、胸元に手をやった。

確かにない。

今までずっと、いつも身につけてたのに。

バッグの中のポーチも見てみたが、そのネックレスだけが入っていなかった。

他のアクセサリーはあったのに。

「あのネックレス、昔、彼にもらってそれからずっとつけてたの。家に置いてきちゃったのかなあ…今度探しに行ってきてもいい?」

「行かなくていいよそんなの。俺がもっと良いの買ってやるから、それでいいでしょ。」

彼は急に、ムッとした表情で少し怒ったような口調で言った。

「ごめんなさい、でも大事にしてたからなくしてしまったのが悲しくて…」

「…ちいちゃんはさ、俺のことだけ考えていればいいんだよ。なくしちゃったもんはしょうがないよ。」

彼は頬杖をついて、ガリガリと氷を噛み砕きながら言った。

「それもそうね…」

「さあ、今日はもう遅いし、帰ってごはん食べて、風呂入って寝よう。俺、荷物持つよ」

彼は立ち上がって、私のキャリーケースを手にとった。

私たちは店を出て、歩き出した。
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