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過去と重なる
甘くない現実
しおりを挟む本部へ先に戻った梅乃は、医務室で治療を受けた。
傷口は幸い浅く、薬を塗り、包帯を巻いた。
梅乃は、自分が訳華学校に行っている間に寿々が拐われていたことを初めて知った。
拐われた後、何があったのかは聴き取りをしなければ分からないが、恐らく何か心の変化があったのだろう。
運ばれた寿々はまだ意識を取り戻しておらず、別の医務室の布団で寝ていた。
「お疲れ」
「前田さん、お疲れ様です」
「傷は大丈夫か?すまなかったな」
梅乃のいる医務室に前田が顔を見せた。
前田は疲れた様子だが、梅乃の傷が浅いということを知って顔も綻んだ。
「傷はもう平気です。
それより、寿々さんに何があったのか…」
「桜塾の塾生だったんだよな。
早河と銀壱を狙っていたようだが」
「はい。塾生時代はとても明るくて、
笑顔が素敵な方でした」
「考えられるのは…妬みだろうか。
それに漬け込んで華罪組織の奴らが雇ったとか」
そう話す前田の無線機が突然鳴り響く。
寿々が目を覚まし、話ができるようになったとの報告だった。
前田は梅乃と一緒に寿々のいる部屋へ向かった。
少し開いた扉の隙間から見えたのは寿々の様子を見守る銀壱の姿。
いつの間にか夜が明け、朝日の光が医務室の窓から差し込んでいる。
「寿々、体はどうだ?」
「大丈夫。ここは…?」
「華捜の医務室だ。
昨日の記憶はあるか?」
「…私、梅乃ちゃんと闘った」
どうやら、記憶はしっかりしているようだ。
銀壱は寿々のことを、梅乃よりもたくさん知っている。
とても心配そうに見つめていた。
前田と梅乃は扉を叩き、医務室の中に入った。
「失礼します。寿々さん、体調はいかがですか?」
「梅乃ちゃん…」
「昨日は痛い思いをさせてしまい、
すみませんでした」
「いや…謝らないでよ。
私、犯罪者だよ」
寿々も、悪いことをした事実は理解していた。
しかし、何故このような行動に至ったかはハッキリと思い出せないと言う。
「寿々さんには、訊きたいことが山ほどあります」
「憶えていることはしっかり話すよ」
前田は三人に気を遣って、話を聞く間席を外すことにした。
本音を聞き出すには、見知った相手の方が良いだろうと考えた。
「まず、なぜ昨日、
刃物を持って桜木に現れたのですか?」
「傷つけることをしようと思ったの。
あなたたちを…狙って」
「私と、銀壱さんをですか」
「そうよ」
「それは、どうして?」
「どれだけ私が頑張っても、
あなたたちに追いつけないから…
羨ましかったのよ。それと――」
梅乃は話を聞きながら前田の言葉を思い出した。
原因は「妬み」なのではないか、と。
確かにそうだった。
寿々は梅乃よりも前から桜塾で勉強し、充分努力もしていた。
それなのに追いつけないもどかしさがあっただろう。
銀壱も、梅乃が来てから勉強の調子が上がり、訳華学校に合格した。
それから勉強以外にもう一つ、寿々には大事な理由があった。
「それと?」
「私、梅乃ちゃんに嫉妬したの」
「私に…?」
「銀壱と、たくさん一緒に居たでしょ」
寿々は桜塾にいた頃、ずっと銀壱に想いを寄せていたのだ。
銀壱も知らなかった事実に驚いている。
それにしても、その理由だけで二人を傷つけることを企むのは寿々らしくない、そう梅乃は感じていた。
「寿々さん、理由はそれだけですか…?
誰かに指示されたり、脅されたりしなかったですか」
「それは……言えない」
「言えないなら、言うまでここを出られないぞ」
席を外していた前田が扉越しに話す。
優しい梅乃に対し、前田は刺々しい言葉で突き放した。
そしてゆっくりと医務室へ入った。
寿々は表情を変え、睨むように前田を見上げた。
「何よあんた…!」
「いいか?お前は俺の部下に刃物で襲いかかった。
それに俺自身も刺されそうになった。
これは紛れもない事実。殺人未遂だ」
「前田さん!」
苛つく前田を銀壱も止めようとする。
しかし、前田はさらに厳しい言葉を浴びせた。
「罪を犯しておいて、その態度は何だ。
いつまでも優しくされると思うなよ」
「言われなくても、分かってるわよ…!
でも、恐くて、言えないの」
寿々はぼろぼろと大粒の涙を流した。
何か組織が関わっているのは間違いなさそうだ。
しかし、無理に問い詰めても心身に苦痛を与えてしまう。
梅乃も詳しく聞き出したかったが、ぐっと堪えた。
拷問のようなやり方はどうしても納得がいかなかったのだ。
「前田さん。私たちが責任を持って、
寿々さんの話を聞きます」
「そうだな…悪い。
頭を冷やしてくる」
「寿々さん、今は少しずつ話してください。
いつかは全て明らかになります」
梅乃が前田を諭し、銀壱と共に医務室を出た。
寿々の涙は止まらず、嗚咽混じりの泣き声が部屋に響いていた。
苦しい現実を目の前に、捜査官の三人も、囚われている寿々も、今は冷静になるべき時なのだ。
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