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嵐は突然やってくるもの
しおりを挟むーー星獣国。その国ができたのは、はるか昔のお話です。
まだ、人が地上に少なかった時代、星が形づくる五体の聖獣がこの地に降臨しました。
聖獣たちはその力と知恵を五人の若者に与え、若者たちは与えられた力を使って国を作りました。
その中の一人は、他の四人より聖獣に愛されていたので皇帝となりこの国を納めることになりました。
四人はその星から託された国と皇帝を護る星護家として、彼に仕えることを決めました。
星獣国はそれから、星の導きに従って脈々とその力を受け継ぎ、その地を繁栄させてきたのです。
これはそんな神話がある国の、たった一部分。
***
豪華絢爛な後宮内の一室、一人の女は切に思った。
(…こんな諍いのない、平和な時代に生まれたかったですわ…)
そうして、ギラギラと隣の一点を睨む目の前の新しい妃に、翼妃たる朱 珠菊は人知れず冷や汗を流して現実逃避に勤しんでいた。
事の発端は数ヶ月前。この国では四大貴族とも言える星護家から一人ずつ妃が後宮入りするのが通例となっているのだが、空白だった甲妃の席がようやく埋まることが決まったのだ。
彼女らはその家に力を与えてくださった星獣の特徴から、甲妃、爪妃、翼妃、鱗妃とそれぞれ呼ばれる。珠菊も二年前に翼妃として後宮に入ったが、その前に爪妃、鱗妃は決まっていた。もちろん子ができなければ問題なので、この四人の妃以外にも後宮には嬪と呼ばれる女官を何人か迎え入れることが普通だ。珠菊が入った時は、二人だけ嬪がいた。
そのうちの一人が、今睨まれている錫 恵枇である。
錫嬪は家柄こそそう高い身分ではないが、整った顔の美人でしかも頭がいい。流れる黒髪は夜空を映したように照りがありそれでいてさらさらと広がっているし、少し垂れた目を伏せりがちにしているのもまた美しさを際立てている。昔は星護家でもある玄家に預けられていた時期もあり、教養と知識も妃たちに見劣りせず、この後宮内で彼女に意見するものなど滅多にいない。それでいて本人は気取らず傲らず、まさに淑女といった態度なのでどこからも評判がいい。まさに才色兼備なお方だった。
もちろんそんな彼女を、帝も高く評価しているわけで。政を好き好んで行い、実力主義を徹底してかかげ文官武官に拘らず自らが認めたものを側に置く帝は、もっぱら彼女のところに通い詰めだったのだ。
まあ、そりゃあ位の高い妃サマたちからすれば嫉妬の対象になるわよねえ…。珠菊は他人事のように心の中で苦笑した。珠菊からすれば、お役目が一つ減って楽できる~ぐらいに考えていたし、他の二人も我関せず、彼女が好きならお好きにどうぞ、というスタンスを崩していなかったので、ここまであからさまに敵意を剥き出しにする彼女ー…甲妃『玄 麗明』には驚いてしまった。
そもそも、皇族も星護家の人間も、大抵権力には興味がない。
後宮内を覆う豪華絢爛な装飾品は、皇族の権威の象徴とも言ってもいいが、そんな煌びやかな見た目とは裏腹に、皇族の生活は傍若無人なものではなく、むしろ頼まれても嫌なほど仕事は多く大変で生活も特別豊かとは言えないものだ。そしてそれをやらせているのが皇族の教育と監視を担う星護家。星護家自身はさらに、お互いを監視し、国民が搾取されることのないように、国全体が豊かになるように努めている。
普通なら貴族という生き物は自分の財産を増やそう守ろうとする人間も多いのだろうが、星護家の人間はそういう欲が極端に薄いらしい。星獣たちから力と知恵を与えられたという神話が本当なのかは知らないが、確かに国を治めるに十分な素質を持っているのは確かだった。だからこそ、星護家は崇められ、権力を持つことに異議を申し立てるものはいない。
それなのに、甲妃様はそういう欲のある方なんだろうか…。
(…若いし、仕方ないのかも…?あっ、もしかして、本気で陛下の事を好きとか…)
きゃー、これが俗にいう『あおはる』?若いわぁ!現実逃避を加速させて根拠のない妄想をした珠菊は、思わずにやついた。
が、現実はあまりにも冷たかった。
「妃達より先にわたくしに挨拶なさるなんて…良い御身分ですのね」
高いのに、低い…そんな声で麗明は恵枇を責め立てた。この人に苦言を呈すなんて、と妃達は苦い顔を隠しきれていないようだが、横にいる恵枇は特に表情を変えず、笑顔を浮かべたまますぐに頭を少し下げた。
「大変申し訳ございません…皆様も、失礼いたしました」
「お気になさらないで、錫嬪…、甲妃もどうかそうお怒りにならないでくださいませ。この方は陛下の子を産んだ事のある方ですから、私たちのまとめ役になってくださっているのよ」
謝罪に応えたのは爪妃だった。彼女はもうすぐ23歳で、一番歳上の妃だ。彼女が言えば流石に甲妃も引き下がるだろうと、珠菊は胸を撫で下ろす。しかし、現実はやはり甘くなかった。
「まあ、爪妃様。このような方にまとめ役を任せていらっしゃるの?なんてことを。そう言った役目はわたくしたち星護家から産まれた者がやるべきではなくて?」
「いいえ、家柄などは関係ありません。それに甲妃、まさに貴女の生家である玄家で錫嬪は育てられた過去もございます。彼女を軽視することは、貴女の父上を軽視することと同じでしょうに」
「お父様とその人は関係ないわ!」
キンっと麗明は声を荒げた。流石に目に余る言動に、眠そうにしていた鱗妃も眉根を寄せている。
これは流石に…私も加勢した方がいいのかしらねぇ。珠菊が口を開こうとしたその時、渦中の恵枇が、お待ちください、と凛とした声で二人を制した。
「先程の言動は私に非がございます。どうか争わないでくださいませ。甲妃様、先にご挨拶もできましたので私はこれで失礼いたします」
この場に自分がいては空気が悪くなるだけだ、と咄嗟に判断したのだろう。恵枇はそれだけいうと、音も立てずにその場を後にした。
「…甲妃、では私も手短にご挨拶を」
沈黙を遮るように爪妃が挨拶を始める。定型文から一切変化のないような挨拶だった。ここからは後宮に入った順になるだろうからもう一人の嬪を除けば自分は最後だ。
…やはりまた、嫌な役回りに珠菊は冷や汗をかくハメになったのだった。
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