宙の蜜屋さん

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夜の時間

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「さ、ノアはもう本部に戻って」
ランの言葉に、首を傾げる。
「どうしたの?ラン」
「何がですか?」

ランが私に敬語を使う時は、私を紡ぎ司として尊敬している時。
あとは、私に何かを注意したい時。
…そして、私が舐められないように、敬われている時

そのくらいしか思いつかない。
前に聞いた時は、『紡ぎ司として尊敬しているからですよ』と言っていた。
あとの2つは、後で知った。
奥さんとか、文通している幼馴染とかから。

私の方が年下なのに、敬語を使うのって疲れないのかな、って書いた時。
幼馴染は、“気にしなくて良い”と返事をくれた。
今は真逆の南と北の地で続く交流。

相手がそうしたいなら、させておけばいい、と…。
すぐに、『そっか』ってなったけど。
「サーヤは、もう今日の分の仕事を終えた」
ノアさんに伝える言葉は、確かにさっき聞いた。

「でもさ、ノアさんだって今日の分の仕事があるんじゃないの?」
「それはノアが勝手にしている仕事だ」
仕事に勝手にするものなんてあるの?

「でも…」
「何ですか?サーヤは、お風呂にどうぞ。すぐに夕食の支度をしますから」
「え?」
「今日も、まだ夜は冷える。だから、しっかりと温まって。もうお湯は沸いているから」

仕事の出来るラン。
何もかも早いなぁ。
「1人で北の地に来て、折角慣れて来たはずなのに。ここに来て、急に作業場でも休まらないなんてサーヤが不憫だ」

「そうなの?」
「そうでしょう?今日は、ノアが来てからサーヤは元気がない」
そうではないけど。
ただ、ノアさんの機嫌を損ねたら北の地から飛ばされそうで怖いだけだ。

そんなこと、今の雰囲気では絶対に言えないけど。
「これじゃ、満月の晩にも支障が出るかもしれない」
え?
何で?

「満月の晩は、神聖な日だ。サーヤの気分が落ち着いていないのなら、蜜なんて精製できない」
そうなの?
ただ、水に浸けるだけなのに?

「それは困るねぇ」
聞こえて来た声は、聞き覚えのある声だ。
「奥さん」
「こんばんは、サーヤちゃん。ごめんね、声をかけたんだけど、返事がないから入って来ちゃった」

「どうしたんですか?フォンさん」
「あぁ、昼間のお皿を返しにね?ついでに、今日の晩御飯のおかずになればと思って」
「わざわざ、ありがとうございます。お見苦しい所をお見せしてしまい…」
「…あぁ、別に良いよ。私みたいな村人には、お偉いさんのことなんて聞いても分からないから」
「…すみません」

ランは、少しだけバツが悪そうだ。
奥さんには、ランも頭が上がらない。
仮にも私が女だからか、奥さんはランに色々と『気を遣いなさいな』と言ってるらしい。
別に良いのに。

「それより、これからサーヤちゃんはお風呂にって聞こえたんだけど」
「…あぁ」
ランの返答は力弱い。

「ラン君?お年頃の女の子がね、妙齢の男の人2人もいる所で『はいそうですか』って行けると思うのかい?」
「…えぇ」
ランの言葉ははっきりしない。
行けるけど?
私は、多分気にしてないから。

「行けるよ?奥さん。私お風呂好きだもん」
私の言葉に、奥さんが困ったように笑い出した。
「何で?」

「これだもの。ラン君?」
「はい」
「サーヤちゃんに感謝しな」
「…はい」

「何で?感謝は私の方だよ?奥さんにも、ランにも助けてもらってばっかり。ほんとにいつもありがとう」
「…お風呂に行くんだろ?夕飯の準備、私も手伝うから」
言った側から、これだもん。
「え?催促したみたいになってない?その『ありがとう』じゃないんだけど…」

「良いから良いから!今日は、うちの旦那も帰りが遅いから、何も気にしないで良いよ」
「え?ほんと?じゃあ、奥さんも一緒に食べて行ったら?」
「…そうするわ。これから旦那の帰りが遅いことが増えるから、一緒に食べることがもっと増えそうだ」
「嬉しい」

「ほらほら、お疲れなんだから」
「はーい」
上にパジャマを取りに…。
ウキウキしていたけれど、そこに佇むノアさん。

あれ?
さっきも感じた感覚。
何だっけ?

どこで見たんだっけ?
こんな表情をしている人。
思い出せない。
「…ノアさんも、今日の分を終わらせて食べましょう?一緒に」

「…一緒、に?」
ノアさんの返答がぎこちない。
さっきのランとのやり取りで怒ってる?
「怒って、ますか?」
「いや」

「ノア、先に挨拶だろう?本当に本部の責任者なのか?お前は」
偉そうに言うラン。
「ラン、ノアさんみたい。偉そう…」
おかしくなって言ってしまった。

そう、口から出てしまった。
表情を歪めたノアさんに、しまったと思うがもう遅かった。
「偉そう、だと?」
「ごめんなさい!つい」
こういう時は、謝るに限る。

「そういう意味で言ったんじゃ、というか、偉いのは本当のことだから、別に間違ってはないのか?」
「…本当に、サーヤは」
「別に悪い意味で言ったわけじゃないんだし、そんなに怒らなくても…」

「いや、それについては改める。偉そうにしているつもりはない。本当に」
「本当ですか?」
「サーヤを、委縮させているつもりもない。それについては、誤解だと思うが…」
うん、私が勝手に怖がってるだけ。

「だって、何かあったら私、北の地から飛ばされそうで…。それが怖いから、失礼なこと…できないし」
さっきの失礼ついでに、言ってしまえ。
「そんなことは、誓ってしない」
「本当ですか?じゃあ、勝手に怖がらない、です」

「そうか。改めて、明日から宜しく」
「宜しく…お願いします」
「そして、北の地の住人の方。挨拶が遅くなり申し訳ない。明日から、北の地に赴任する予定のノア・リースだ。西の地で紡ぎ司の統括をしているが、しばらく候補生が来ることで、視察を兼ねてここにいる」
「私は、フォンだよ。そんなに偉い人が、お供も護衛もなしに1人で?」

奥さんの言葉に、ノアさんは曖昧に笑った。
「護衛は、影なので問題ない。それよりも、候補生が増えることで、サーヤの苦労が増えるかもしれない、その時は奥方に協力を願うと思うので、是非助けてほしい」
「あんたに頼まれなくても、私はずっとサーヤちゃんのことを娘だと思って面倒見てるからね」

それは、本当に感謝しかない。
「ありがとう、奥さん」
「その、奥さんってのも、よそよそしいんだけど、もう癖だから仕方ないんだろうね?」
確かに。

本当は、おばちゃんとか呼びたかったけど。
だけど、11歳の私は少し背伸びをした。
奥さんと呼びながら、勝手におばちゃんと呼んでいた。

お母さんとは、雰囲気が違うし。
おばちゃんは、あくまでおばちゃんだ。
奥さんは、私を娘さんと重ねているらしいけれど。
それは、ありがたい話だ。

「本当は、奥さんって意味で呼んでいなかったけど…。確かに、もう癖なのかも…」
「奥さんて意味じゃない?本当かい?なら、そのままでも良いよ!」
「本当?」
「勿論さ」
「やった。呼び慣れているのに、今更おばちゃんなんて、呼べないもんね?」

「…何だい。そっちかい」
ん?
そっちって?
何が?

「まぁまぁ、フォンさん。何分、サーヤなので…」
「はいはい、私はね?ラン君よりも、ずっとサーヤちゃんのことなら知ってるんだ」
「それこそ、耳にタコですよ」
「本当に、ラン君の方が失礼じゃないか!」
「すみません」

「まぁ、良いよ。じゃあ、今日はノア君の歓迎会も兼ねて、良いお肉にするか」
「煮込みですか?」
「そうだよ。あんたも好きだろう?」
「「大好物です」」

何故か、ノアさんも応えていた。
奥さんは今度は声に出して笑う。
「そりゃ良かった」

すごい、一気に和気あいあいになった。
流石、東の地の住人達。
元々、気性というか性格というか、波長が合うのだろう。
東の地の住人は、相手に合わせることが得意だ。

多分。
どの地の人とも、打ち解けると言うか。
そういう意味では、西の地の住人の方が近寄り難い。
話は簡潔に、用件のみを。

幼馴染が西の地に研修に行き、『二度と行きたくない』と何度も言っていたのを思い出した。
妹は鉱物に夢中だったが、姉は年頃になり母親と同じ織物の職人になろうと修行していた。
その中で、西の地の“格式高い”だっけ?
どこかの染め物屋に修行に行ったが、染物や布、加工作業など関係なく疲れたと言っていた。

人間関係に。
南の地の住人は、割と自由人だ。
マイペースなのは、皆同じだろう。
だけど、西の地ではそういう気質は良しとされずに苦労したらしい。
おかげで、彼女は今ではデザイナーの方にその力を発揮し、西の地でも名前がそこそこ通るようになったと手紙に書いてあった。

「サーヤ?」
ランの言葉にハッとする。
「お疲れですね。お風呂、大丈夫ですか?」
「だいじょぶ」

疲れてはいない。
ただ、考え事をしていただけだ。
「じゃ、洋服取って来まーす」
「籠を使うんですよ!」
「はーい」

前に、服のみを手にしてお風呂に向かったら、ランと奥さんと2人に怒られた。
『せめて、下着はくるみなさい』と。
いや、奥さんは分かる。
お母さんみたいなことを言うなぁ。
そう、思ってた。

だけど、ランは何と言うか。
あ、そっか。
兄、みたいだ。
今そう思った。

私の家は女系なので、兄はいない。
年の離れた姉達が、農家や商家に嫁いでいる。
私が物心つく頃には、すでに遊ぶという関係ではなかった。

だからだろう。
幼馴染が遊んでくれた。
いくらでも、付き合ってくれた。
それも、その内下の幼馴染が鉱物に夢中になり、関係が少し変化した。

工房の郷と言われるくらいなので、日常的に職人はそこら辺にいる。
そこで、少し上の彼女とその兄は少しずつ興味のある工房に出入りするようになった。
私だけ置いていかれたと思ってた。
だけど、今でも彼女とは繋がってる。

妹の方は、相も変わらず鉱物漬けのようだ。
手紙ではお師匠さんがとても有名な人らしいので、その人が見捨てない内は大丈夫みたいなことが書かれてた。
本当に、人のことを気にしない。
だれもかれも、みんな。
それは、私も同じなのだろう。

生き死にに関わらない内は、大丈夫。
暗黙のようなルール。
厳密には分からないから、“暗黙のルール”ではなく“暗黙のようなルール”なのだ。

お風呂にしっかりと浸かり、体がポカポカしてくる。
本当に、これは最高だ。
今日あったことを色々と思い出すが、終わってしまえばこれも日常になったのだと納得する。


「え?じゃあ、その東の地の娘は、恥知らずも良いとこに候補生になるって?ちょっと、ノア君、それは纏める立場としてどうなんだい?」
「…申し訳ない」
「謝罪は良いんだよ。その娘は?お咎めなしなのかい?腹立たしいね!」

「…そこそこ、名の通った家名の娘だったようで」
「じゃあ、尚更家の恥になるじゃないか!」
「ですが、フォンさん。紡ぎ司の手続きは…」
「知ってるよ!契約だから、すでに交わされたものを破棄するのは倍以上の時間と労力と、魔法量が持ってかれるって」

「ならば、“紡ぎ司として実力がない”で処理した方が、よっぽどその娘への制裁になると?お偉いさんの考えることは、分からんね。…おいしいかい?サーヤちゃん」
奥さんとランとノアさんで交わされる話を聞きながら私は奥さんお手製の豚肉の煮込み料理を黙々と食べていた。

「うん、味が染みてておいしい。いくらでも食べられる」
口を動かしながら、そう答える。
「…それは良いことだ。サーヤちゃんは、本当に出会った頃と何も変わってないね」
「サーヤは、本当においしそうに食べるから、作り甲斐がありますよね?」
「全くだ。それに関しては、ラン君と同じ意見だ。認めたくないけどね」

「そう言いながら、まだ塊1つ分も食べてないじゃないか」
「うん、味わって食べてる」
でも、そろそろおなかがいっぱいになりそう。

「本当に、サーヤちゃんはあの頃と何も変わってないね…」
しみじみと、奥さんがそう繰り返した。
「身長も、体重もほとんど変わってないだろう?」
奥さんの言葉に、コクリと頷く。
「そうみたいですね」
「…他人事なんだから」

「まぁまぁ、フォンさん。サーヤは紡ぎ司で、たくさんの神経を遣っているので」
「成長には繋がらなかったってやつだろう?でも、それにしても不思議なもんだ」
「何がですか?」
「他の紡ぎ司も、見習い生も候補生も何人か見てるけど、そこまで成長が著しく削られてた子なんていなかったよ」

「違うよ?奥さん。私の家系ね、みんな小さいの。だから、別に削られたわけじゃないよ?成長しても、このサイズなだけ。だから心配しないで?私元気だよ?」
「何回聞いても、そうですかって納得できないだけだよ。だから、気にしないで」
「うん。心配してくれて、ありがとう。おいし」

私の満足そうな顔に、奥さんが『やれやれ』と笑ってくれた。
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