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休日

至福って

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プシュッ
シュワシュワシュワ

注いだ液体は、透明なグラスの中でパチパチしている。
食べ終えたお茶碗と並んでいるが、さっきから小さい泡があちこちに飛んでいる。
その小さな弾ける音が心地良くて、胡坐をかいたまま目を閉じる。
寝てしまいそう…。

いけないいけない。
さっき起きたのに。
でも、これは良い。
縁側から入ってくる、そよそよとした風に撫でられている内に眠気が増していく。
もう寝てしまおうか。

葛藤するも、すぐに楽な方に流れようとする私。
あぁ、良いこの時間。

シュワ…
…パチパチ
目を閉じても、聞こえる小さな音。
この音を聞きながら、眠りにつくのは最高なんじゃないか。

何も制限がなく、この後も何もすることがない時間。
平日なら、朝の部活に自主練、通常通りの学習日課に宿題付きで更におまけで部活。
あ、宿題は休みでもあったか…。
思い出さなきゃ良かったな。

「寝るの?」
縁側から聞こえた声に、ウトウトしていた感覚が現実寄りに戻される。
「…へーた?」
「おはよう」

「相変わらず、玄関から入って来ないね?おはよう」
「どっちかというと、すでにおやすみなんじゃないの?」
「そうね、もうこの際どっちでも良いか」
「いや、良くはないかな」

近所というか、隣に住む同い年の幼馴染。
マメな性格で、気が付いた時には世話を焼かれていることが多かった。
同い年で世話焼きとか、男子なのにウケる。
笑ったことで、眠気が散り目を開ける。
すでに、寝ぐせすらない完璧な姿。

「きーちゃんは、また卵かけごはん?」
私の考えとは、全く違う問いかけ。
空のお茶碗を見て言ったのだろう。

「そう、最高じゃんTKG」
言う言葉に、小さな溜め息。
「なに?」

「ついでに卵と一緒に炒めればチャーハンにもなるし、少し味付けすればオムライスにもなるのに」
「素材の味?を、生かしてみました」
「生かすも何も、素材そのものだよ」
「そういうことでしょう?素材の味を生かすって」

「うーん、微妙なところ」
「そうなんだ、でもおいしいから良いじゃん」
「ほぼ、毎朝食べているのに、飽きないね?」
「飽きないでしょ。高たんぱく高カロリー最高の朝ごはんじゃん」

「そうなのかな?しかも…」
「あ、やば」
面倒な匂い。

「また、麺つゆで食べたでしょ?」
「バレたか。何で分かるかな?」
「麵つゆは、文字通り麺を食べる時に使うもので…」
「『ごはんには、だし醤油だっていつも言ってるでしょ?』でしょ?もう耳タコだよ」

「じゃ、何でそうしないの?」
「だし醤油でも食べる時もあるけど、ほら?何ていうの?味変?的な」
「飽きてるじゃん」
「飽きてないもん」

この幼馴染は、細かい上にうるさい。
「麺つゆおいしいじゃん」
「だからって、ごはんにかけるのは」
「個人の趣味趣向じゃん」
「ごはんとの相性を考えて言ってるの」
「はいはい」

この幼馴染は、もうアレだ、もはやお母さんだ。
小さいお母さん、いやこの場合はお父さんか。

「もう、折角良い時間だったのに」
胡坐をかいていたのを崩し、伸びをする。
「そんなこと言っても、そんな恰好で寝たら、骨盤にも良くないよ?」
ついでに、専属トレーナーか。

あ、それは合ってるか。
「今日の走り込みは終わったの?」
「超余裕」
「兼ねてのランニングも?」
「モチ終了」
「セットのストレッチは?」
「…」

あ、タイミングを逃した。
うっかり。
「きーちゃん」
「ごめん」

素直に謝るがよろし。
「今からやります、はいすぐに」
伸ばした足を曲げ、腕や肩を回していく。
座ったまま、体を折り曲げ張っていると思われる筋肉を伸ばしていく。
反対も同じように回していく。
流れ作業のように覚えている動作を、しっかりと体で表す。

「走り込みの後は、ちゃんと筋肉を解してって」
「ごめんなさい」
「まだ若いから良いや、は年を取った時に使えないんだよ?」
「はい、反省しています」
「ちゃんと習慣化しないと、きーちゃんが後で辛くなるんだよ?」
「返す言葉もございません」

この幼馴染は細かい。
でも、逆らえない。
「へーた」
「何?」
「休みの朝から暇なの?」

「暇じゃなきゃ、きーちゃんの様子を見に来ちゃいけないの?」
「いや、休みの日くらい、へーたの気苦労をなくせれば良いのにと思って」
毎日毎日、来る日も来る日も、私中心の生活。
流石に反省するって。

「言っても、きーちゃんはアドバイス通りに動かないじゃん」
「仰る通りで」
「なら、仕方ないと思わない」
「思います」

「その食器は?」
「今すぐ洗います」
ストレッチも終わり、空になった食器を持ちシンクに逃げる。
卵は放置すると、匂いが出るからって言われちゃう。
早く早く。

言われる前に、洗っちゃえ。
1個しかない洗い物はすぐに終わった。
ついでに食器棚から、グラスを取る。

「へーた、何飲む?」
「お構いなく」
「そりゃ、お構いするしかないでしょ?」

「きーちゃんは、また炭酸水?」
「そ」
「飽きないね」
「うん、音が良い」

「味じゃないんだ」
「うん、音が良い」
同じことを、2回言ってしまった。

「麦茶と、アイスコーヒーと、淹れれば紅茶と」
「麦茶をちょうだい」
冷蔵庫を開けていると、思わず近い所から声が聞こえた。

「はいはい」
麦茶を淹れて、お盆で運ぶ。
縁側のそよそよが戻って来た。
小さく弾ける泡が、大分少なくなった。

それでも、この炭酸の音が好き。
違うな、こういう時間と合わせる音が好きだ。

「白湯はもう飲んだの?」
「飲んだよ」
「きーちゃんは、そういうところだけちゃんとしているんだから」
「褒められた」
「褒めた?」

「へーた、ちゃんとしてるって言ってたよ」
「そうだった?」
「へーたの頭の中を見てみたいわ」
「何で?」

「だって、いつでも私のことばっかりじゃん」
「そうだね」
「疲れない?」
「疲れはするかな?」

「じゃ、休みの日くらい、文字通り休めば?」
「そうは言っても…」
「何?」
「気になるんだから、仕方ないじゃん」
「そうかー」

「逆に、きーちゃんは?」
「何が?」
「毎日ぼくにこうやって追い立てられて、どんな気持ち?」
「…日常」
「そうなの?」

「うん。いわゆる至福の時間」
「…そっか」
「もう、一生お世話になりたいもん」
「え?お世話するつもりだけど?」

「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃ、一生お世話になります」
「分かりました。一生よろしくね」

日常も、非日常も一緒。
それが幸せ。
弾けるシュワシュワも、飛んでいくパチパチも。
音になって、一緒に過ごす時間。

「明日の朝は、だし醤油で食べるから」
「絶対だよ」
「り!」
「ついでに宿題もやらないとね」
「…さっき、思い出したとこ」

だから、このそよそよに身を任せよう。
炭酸水と一緒に過ぎていく朝の風景。
追い立てられても、うるさくても。
こうやって一緒にいることで積み上がる時間。

明日からも続く、幸せの約束。
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