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あなたは俺だけの物です

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「…い、おい」

「なんだよ」

「それ、壊す気かよ」

村田が指差した先にある俺の電子タバコは歯形がついていて、ところどころメッキが剥がれている。

やってしまった。
卒論の時以来出ていなかった癖が再発している。電子タバコの本体は高いから気をつけていたのに。

「ストレスでも溜まってんのか?」

「んー」

「彼女のことだろ」

「…」

「ビンゴ!ほら、この俺様になんでも相談しろよ。解決してやるぜ」

村田はきらきら目を輝かせてこちらを見つめているが、コイツが当てにならないことは分かりきっているから無視してタバコを吸う。
しかしタバコを吸っているとどうしても本体を噛みたくなってしまうため、勿体ないが吸い終わる前に吸い殻を捨てた。

「最近マンネリ化してるとか?それか副部長が忙しすぎて中々デートできてないとか?」

うるさいな、と言いかけて慌てて口をつぐむ。
もはや犬飼日向としての自分を保つことも難しくなってきている。
そんな自分にも嫌気がさした。

最後に会議室でセックスしてから2週間が経過したが、それ以来俺は一度も環さんと接触できていない。

本当は先週末に会う約束をしていたが、環さんに用事があるとかで無しになった。
社食に誘おうと思ったり、ちょうど帰り際に声をかけようとしたりしたが、そういう時に限ってことごとく環さんが見つからない。
前回散々虐めたししばらく仕事に専念させてやるか、とも思ったのだが。

「…犬飼でもそんな顔するんだな」

いつもの表情が保てない程度には鬱憤が溜まっているらしい。

環さんも環さんだ。
あの人は俺の支配下にあるということを全く分かってない。

もしかして浮気とかしてないだろうな。
あの人に限ってあり得ないとは分かっていても、ここまですれ違っていると少し不安になる。
いや、そもそも環さんは「ペット」なんだから、あの人の事情なんて一切気にせず呼びつけたらいい。
何を躊躇ためらっているんだ、俺は。

「そういえば本川先輩、総務の人と付き合えたらしいぜ」

「…さすがの腕前だな」

「次は難易度上げていこうかな、とか言ってたけどな」

「ふーん…」

俺が一向に口を割らないから諦めたのか、村田は他の話題を提供してきた。
それにしても、本川先輩はさすがだな。
難易度を上げるってことは、受付の三平さんとか、正木さんとかその辺りを狙っていくんだろう。うちの受付嬢はレベルが高いとみんながはやし立てていた。
たしかに一般的に見れば可愛いだろうが、どうせ蓋を開ければビッチというオチだろう。
それなら俺の環さんの方がよっぽどいい。

「お、噂をすれば」

村田の視線の先を追うと、丁度こちらに向かってくる環さんの姿があった。
喫煙室の隣には自販機があるから、お昼を食べ終わってコーヒーでも買いに来たというところだろう。
さすがに村田が横にいる手前話しかけに行くことはできないが、喫煙室のガラス越しに環さんを見つめていると、向こうも気付いたのかちらりと俺を見てすぐに視線を逸らしてしまった。

「犬飼…なんか嫌われてないか?」

「ああ、あれは通常運転だから大丈夫」

「犬飼と二人きりのときもそうなのか?」

「二人きりのときは…まあ…」

「可愛いってか!?羨ましいっ…!!!」

まあ、それも長らく見てないけどな。
会議室で頭を撫でていたときのことを思い出す。
あのときの環さんは今までで一番可愛かったかもしれない。
いや、やっぱり顔を真っ赤にして涙を流してる時の方が可愛いかもしれないな。

そんなことを考えていると、環さんは目の前でブラックコーヒーを買って踵を返した。


「で、結局副部長との問題は…」

「ちょっと待て」

話しかけてくる村田の声を急いで制止する。
立ち去っていく環さんを性懲りもなく凝視していたら、反対側の廊下から一人の男が現れた。
環さんと何やら話をしているみたいだが、仕事の話をするにはやけに距離が近すぎる気がする。

「いくら彼女だからってじっくり見すぎだろ」

「…」

「犬飼って付き合ったら意外と執着するタイプなのな…」

村田からのからかいを全て無視して環さんと話している相手を見つめる。
遠すぎて誰かは判別つかないが、とにかく一人の男と親しげに話しているのは事実だ。

「お?副部長、もしかして浮気かぁ?だから犬飼も落ち込んで…あっ」

「…」

「あ、えと…なんかごめん。今度飲み行こうな…へへ…」

村田は明らかな愛想笑いを浮かべながらそそくさと喫煙室から出ていった。
俺はそんな村田に構う余裕は一切無く、すぐにメッセージを送る。

『今日俺の家に来てください』

いつもの笑顔は完全に剥がれ落ち、俺は完全に「犬飼日向」を装うことができなくなっていた。
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