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私ことミリア・コールソンは一世一代の大勝負に出ようとしている。
同室内で鼻歌なんて歌いながら上機嫌に武器の手入れをする愛しい人を横目に、私は友人から持たされた小袋をきつく握りしめた。
* * *
我が王宮騎士団の第1部隊隊長は変わっていると、その第1部隊への配属初日に団長から聞かされた。
夢であった国の中枢を担う国家公務員である騎士になることができた私は、それはそれは舞い上がっていた。家業である農業は然程年の離れていない弟が継ぐだろうし、生来体を動かすことは得意だった私は別の形で田舎の実家に貢献したかったし、何より騎士という職業に強い憧れを抱いていた。
だって騎士! 騎士ですよ? 馬に跨り世のため国のため人のため、己の体をもって尽力するいわば名誉職は、素直にかっこいいと思った。
それから田舎から出たことがなかった私は、王都に出たらちょっとは都会の洗練された殿方に出会えるかもとか、あわよくば白馬の王子様のような騎士様と大恋愛できちゃうかもとか、そんな少女のような甘い期待も抱いていたのだ。田舎には畑から掘り出してそのまま歩いているような、じゃがいも系男子しかいなかったし。そもそも生まれた時から顔を知っている昔馴染みの人達に対して、恋愛感情が湧くことはなかった。
さて目の前に立つ団長はというと、なるほど、たしかに甘い顔立ちをしている。ここは期待を裏切って……いやむしろ団長という代名詞のセオリー通りに大岩をそのまま人間にしたような、筋骨隆々、一睨みで幼子が泣き出すだろう強面の殿方が現れるかななどと思いきや。
くすんだ黄金色の髪はサラサラで、新緑を思わせる瞳は鋭さの割に温かい色をしている。王子だ。王子じゃないけど王子より王子だ。都会、すごい。
出撃任務が無いため鎧姿ではないけれど、線の細そうな容姿の割りにはしっかりと全身に筋肉が付いていることが騎士服の上からでも見て取れる。いやまあ腐っても王国一の騎士団を束ねるトップなのだから当然なのだけれども。
「えぇと、アルフォンス団長。それで、私が所属する第1部隊の隊長はどのように変わられているのですか」
「ううん……どのように、と言われると説明が難しいのだけれど。君も例に漏れず手を焼くことになるのは間違いないと思うよ」
「はぁ」
的を得ない団長の説明に私は生返事をするしかない。
概要を説明してくれないと、対策が取れないじゃないか。どちらかといえば危険は先回りして回避しておきたい性質の糞が付く真面目な部類の人間である私は、団長の態度になんだか覚束ない気持ちになった。
そんな私の様子を感じ取ったのか、団長は形の良い目元を緩めて困ったように笑った。
「まぁ、悪い奴じゃないからさ。会ってみたらすぐに分かると思うよ。君への説明のために今日は時間を確保しておいてくれと頼んでいるし、もうじき来るんじゃないか?」
「すまん待たせたな!!!!!!!!」
バターーーーーン!!!!!! と、兵舎の応接室内に盛大に響き渡った爆音が扉の開いた音だと分かったのは、私がぎょっとしてその方向を見やったからで。そこにいた男性を見てまた更に心臓が飛び上がった。
「血!! あの、頭から大量の血がっ!!」
「ん? ああ、先ほどまで訓練に励んでいたからな!」
両開きの扉を開け放ち、応接室の入り口で仁王立ちする男はあっけらかんと笑った。頭部から大量の血を垂れ流しながら。
恐らく元の髪は赤茶色なのだろうが、出血のお陰で殆ど赤錆のようなどす黒い色になっている。額を伝って流れ落ちる血液は顔面までをも覆い尽くし、何故目をガン開いて会話できているのか不思議でならない。
「いやどうしてたかだか訓練でそこまでの重症になれるんですか!? あぁ床にも血が滴り落ちて……」
「むっ訓練を馬鹿にしてはならんぞ。全てを戦場だと思ってこそ訓練が充実したものになるのであってだなーー」
「いやそんなことより手当て! 早く手当てしないと……! って、アルフォンス団長! なに笑ってるんですか?!」
「な? わかっただろ?」
わかりましたけどそんな悠長なこと言っている場合ですか! ついでになにウィンクなんてキメてるんですかかっこよくて腹立つ!
オタオタしている間も男はぼたぼた血液を滴らせながら訓練の重要さを説いている。な、なんなのこの人! なんなの!
「ハッ! そう言えばまだ名を名乗っていなかったな。オレの名はーー」
「まず手当を! してくださーーい!!」
私は血塗れ男と二人連れ立って兵舎の医務室へやって来ていた。兵舎内の間取りを覚えるのにも丁度良いだろうと、アルフォンス団長の提案だ。団長はあとはよろしくと血塗れ男に私を押し付けて(私に血塗れ男を押し付けたとしか思えない)、自身の業務に戻って行った。忙しい人だし仕方は無いけれど、血塗れ男と二人きりは些か不安で、正直置いていかないでの気持ちがつよかった。
因みにここまで来るのに何人かの団員達とすれ違ったが、皆何事も無いように彼と挨拶を交わしていた。いちいち驚く必要が無いほどに日常茶飯事なのか……。
「はい、おしまい。傷口は塞がったから、あとはその辺の手巾勝手に使っていいから綺麗にしときなさいよ。折角の男前が台無し」
訓練学校時代に何度も間近で見てはいたが、何度見ても回復魔法というものは不思議でしょうがない。衛生兵のお姉さんが傷口に杖をかざすと、傷を負った組織は勢いよく修復され、ほどなくして傷口が塞がってしまう。あくまで細胞の再生能力を高めるためのもので、病の類や修復不可能なほどに損傷した瀕死の組織はどうにもならないみたいだけど。今回のような完全なる外傷は傷の深さで回復時間に差はあれど、完全治癒が可能だ。
この類の魔法が使用できる人間は希少で、一兵卒なんかよりもお賃金の羽振りもよい。因みに私は魔法の素養はからっきしだった。
「むぅ……すまない。感謝する」
「ほんとよ。毎度毎度ばっくり割れた頭部を修復する方の気持ちにもなってよね」
あ、やっぱり毎度のことなんだ。しかも頭。
ごっしごっし己の顔面と頭を拭った後現れた男の顔面は思いの外整っていて、団長とは系統こそ違えどそこそこの男前だった。
凛々しくつり上がった太い眉に、切れ長の一重の瞳。通った鼻梁はどっしりとしていて、所謂the軍人といったような面立ちだ。赤茶の短髪に蜂蜜色の瞳は獰猛な獣のような力強さを感じさせる。
隣に座る私と視線が交わると、大きな口の端を更に持ち上げた。
「先程は言いそびれてしまったな。オレはジーク・エッケハルト。王宮騎士団第1部隊の隊長だ」
笑った口元から覗く並びの良い白い歯と、屈託無く細められた目元、それから差し出された大きな手を見て私は団長が言っていた通り、目の前のこの男性は変わっているのだろうけどたしかに悪い人ではないのだろうなと瞬時になぜか納得した。
大きな手のひらに自分のちんまい手を重ね合わせて、遠慮がちに握りしめる。
「ミリア・コールソンです。本日より第1部隊に配属されました。不慣れな間は何かとご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「ミリアか! うむ! よろしく頼むぞ! 共に国の平和を守っていこうな!!」
すかさずぎゅむ! とものすごい力で手を握り返され、ブンブンと縦に振られる。
ちょっぴり痛かったけれど、ジーク隊長の豆だらけの手は温かくて、気付けば私も笑顔になっていた。
ジーク隊長は良く言えば太陽、悪く言えば嵐のような人で、良い意味でも悪い意味でも王宮騎士団の中では有名人だった。
まず声が大きい。声を上げれば訓練場の端から端まで彼の声は容易に届くし、兵舎内で会話をすればいちいち軍法会議を行う必要が無いほどに数刻後には団内に内容が知れ渡る。
また挙動が喧しい。常に身振り手振りを添えて己の感情を表現するその様はたいへん分かりやすくはあるが、毎度のことになると若干……いや大分鬱陶しい。「そうは思わんかっ?!」なんて彼の何かしらの意見に同意を求められながら、肩を鷲掴まれしこたま揺さぶられた時には数年前この世を去ったおじいちゃんの姿が見えた。
また無駄なほどに大仰な動作で常日頃剣を振るうものだから、訓練時にうっかり手からすっぽ抜けた剣が己の頭上に垂直落下するなんてことは日常茶飯事で。初日に度肝を抜かされた頭かち割れ隊長の姿にいつまで経っても慣れない私は、毎度訓練場に血塗れで倒れ伏す彼を発見しては半泣きになりながら衛生兵を呼びに兵舎内を駆け回る。
彼曰く、大仰に振る舞った方が任務においての戦績が良いからそのようにしている、とのことだけれど、肝心の大舞台の前に訓練で命を落としてしまっては元も子もないと思う。
それから、誰よりも祖国想いで、愛馬想いで、部下想いだ。如何に我が国が素晴らしいか、我が主君である王家が尊い方々なのか、口を開けば聞いてもいないのに堰を切ったように賛辞が流れ出す。それも昇進のための美辞麗句などではなく、心からの言葉であるのが彼のすごいところだ。
ある日の終業後の道すがら、隊長に問い掛けられた。
「ミリアは何故王宮騎士になろうと思ったのだ?」
「えっ?! また唐突ですね」
「隊長たるもの、部下の職務に対しての意識は認識しておくべきだと思ってな!」
さあ、聞かせてみろ! と、訓練場の柵から身を乗り出して笑顔で待機する隊長に答えないわけにもいかず。
「……単純に、世のため国のために働くお仕事が、かっこいいなって思ったからです。私が本来そうだからではなく、そういう人になれたらいいなって。片田舎の、普遍的で閉塞的な環境で生きていましたから」
馬鹿正直に答えてしまった。
隊長のことだから、元来国への無償の忠誠心をモットーとした、所謂騎士道をもった回答をしたら好まれるのかもしれないと思ったけれど。
彼の真っ直ぐな眼差しを見て、嘘は吐きたくないと思ったのだ。
「……世間一般的な、立派な動機じゃなくてお恥ずかしい限りですが……」
「ん? 立派の基準など人それぞれだろう。オレは、自分なりの信念をもって打ち込むことこそが、立派なことだと思うがな!」
意外だった。国のため主君のため、そういった騎士道の鑑のような確固たる信念を持たない者は認めん! なんて言われるかと思ったから。
「オレとて出自さえ違えば全く異なった道を歩んでいたかもしれんしな。むしろ己のこれまでの環境を脱してまで、目的のために動こうとしたミリアは大層立派だとオレは思うぞ!」
切れ長の瞳を細めて清々しく笑った隊長に、胸がぎゅっと締め付けられたような心地になったのは、代々続けていた家業を手伝うでもなく皆が反対する中実家を出て、女性としてはまだまだ希少である騎士として生きるという自身の選択を、初めて全面的に肯定されたからだろうか。
本当は不安でたまらなかったのに。
ジーク隊長の生家であるエッケハルト伯爵家は国でも有数の武家であり、エリート貴族だ。幼少期、勉学が不得手であった彼の人柄と武術の才を見て彼を取り立てたのは学友である現第一王子だっただとか、その第一王子との繋がりを作ってくれたのは同じく学友であり公爵家嫡男であるアルフォンス団長だっただとか、そんな話をされていたけれど、隊長の笑顔に釘付けになっていた私は彼の話など右から左へで。
ついでに言おうと思っていた騎士様と恋愛したいという色ボケた目的を伝えられなかったのは、騎士という仕事に誇りを持ち始めていたからからだけではないことを、頭の片隅で理解していた。
同室内で鼻歌なんて歌いながら上機嫌に武器の手入れをする愛しい人を横目に、私は友人から持たされた小袋をきつく握りしめた。
* * *
我が王宮騎士団の第1部隊隊長は変わっていると、その第1部隊への配属初日に団長から聞かされた。
夢であった国の中枢を担う国家公務員である騎士になることができた私は、それはそれは舞い上がっていた。家業である農業は然程年の離れていない弟が継ぐだろうし、生来体を動かすことは得意だった私は別の形で田舎の実家に貢献したかったし、何より騎士という職業に強い憧れを抱いていた。
だって騎士! 騎士ですよ? 馬に跨り世のため国のため人のため、己の体をもって尽力するいわば名誉職は、素直にかっこいいと思った。
それから田舎から出たことがなかった私は、王都に出たらちょっとは都会の洗練された殿方に出会えるかもとか、あわよくば白馬の王子様のような騎士様と大恋愛できちゃうかもとか、そんな少女のような甘い期待も抱いていたのだ。田舎には畑から掘り出してそのまま歩いているような、じゃがいも系男子しかいなかったし。そもそも生まれた時から顔を知っている昔馴染みの人達に対して、恋愛感情が湧くことはなかった。
さて目の前に立つ団長はというと、なるほど、たしかに甘い顔立ちをしている。ここは期待を裏切って……いやむしろ団長という代名詞のセオリー通りに大岩をそのまま人間にしたような、筋骨隆々、一睨みで幼子が泣き出すだろう強面の殿方が現れるかななどと思いきや。
くすんだ黄金色の髪はサラサラで、新緑を思わせる瞳は鋭さの割に温かい色をしている。王子だ。王子じゃないけど王子より王子だ。都会、すごい。
出撃任務が無いため鎧姿ではないけれど、線の細そうな容姿の割りにはしっかりと全身に筋肉が付いていることが騎士服の上からでも見て取れる。いやまあ腐っても王国一の騎士団を束ねるトップなのだから当然なのだけれども。
「えぇと、アルフォンス団長。それで、私が所属する第1部隊の隊長はどのように変わられているのですか」
「ううん……どのように、と言われると説明が難しいのだけれど。君も例に漏れず手を焼くことになるのは間違いないと思うよ」
「はぁ」
的を得ない団長の説明に私は生返事をするしかない。
概要を説明してくれないと、対策が取れないじゃないか。どちらかといえば危険は先回りして回避しておきたい性質の糞が付く真面目な部類の人間である私は、団長の態度になんだか覚束ない気持ちになった。
そんな私の様子を感じ取ったのか、団長は形の良い目元を緩めて困ったように笑った。
「まぁ、悪い奴じゃないからさ。会ってみたらすぐに分かると思うよ。君への説明のために今日は時間を確保しておいてくれと頼んでいるし、もうじき来るんじゃないか?」
「すまん待たせたな!!!!!!!!」
バターーーーーン!!!!!! と、兵舎の応接室内に盛大に響き渡った爆音が扉の開いた音だと分かったのは、私がぎょっとしてその方向を見やったからで。そこにいた男性を見てまた更に心臓が飛び上がった。
「血!! あの、頭から大量の血がっ!!」
「ん? ああ、先ほどまで訓練に励んでいたからな!」
両開きの扉を開け放ち、応接室の入り口で仁王立ちする男はあっけらかんと笑った。頭部から大量の血を垂れ流しながら。
恐らく元の髪は赤茶色なのだろうが、出血のお陰で殆ど赤錆のようなどす黒い色になっている。額を伝って流れ落ちる血液は顔面までをも覆い尽くし、何故目をガン開いて会話できているのか不思議でならない。
「いやどうしてたかだか訓練でそこまでの重症になれるんですか!? あぁ床にも血が滴り落ちて……」
「むっ訓練を馬鹿にしてはならんぞ。全てを戦場だと思ってこそ訓練が充実したものになるのであってだなーー」
「いやそんなことより手当て! 早く手当てしないと……! って、アルフォンス団長! なに笑ってるんですか?!」
「な? わかっただろ?」
わかりましたけどそんな悠長なこと言っている場合ですか! ついでになにウィンクなんてキメてるんですかかっこよくて腹立つ!
オタオタしている間も男はぼたぼた血液を滴らせながら訓練の重要さを説いている。な、なんなのこの人! なんなの!
「ハッ! そう言えばまだ名を名乗っていなかったな。オレの名はーー」
「まず手当を! してくださーーい!!」
私は血塗れ男と二人連れ立って兵舎の医務室へやって来ていた。兵舎内の間取りを覚えるのにも丁度良いだろうと、アルフォンス団長の提案だ。団長はあとはよろしくと血塗れ男に私を押し付けて(私に血塗れ男を押し付けたとしか思えない)、自身の業務に戻って行った。忙しい人だし仕方は無いけれど、血塗れ男と二人きりは些か不安で、正直置いていかないでの気持ちがつよかった。
因みにここまで来るのに何人かの団員達とすれ違ったが、皆何事も無いように彼と挨拶を交わしていた。いちいち驚く必要が無いほどに日常茶飯事なのか……。
「はい、おしまい。傷口は塞がったから、あとはその辺の手巾勝手に使っていいから綺麗にしときなさいよ。折角の男前が台無し」
訓練学校時代に何度も間近で見てはいたが、何度見ても回復魔法というものは不思議でしょうがない。衛生兵のお姉さんが傷口に杖をかざすと、傷を負った組織は勢いよく修復され、ほどなくして傷口が塞がってしまう。あくまで細胞の再生能力を高めるためのもので、病の類や修復不可能なほどに損傷した瀕死の組織はどうにもならないみたいだけど。今回のような完全なる外傷は傷の深さで回復時間に差はあれど、完全治癒が可能だ。
この類の魔法が使用できる人間は希少で、一兵卒なんかよりもお賃金の羽振りもよい。因みに私は魔法の素養はからっきしだった。
「むぅ……すまない。感謝する」
「ほんとよ。毎度毎度ばっくり割れた頭部を修復する方の気持ちにもなってよね」
あ、やっぱり毎度のことなんだ。しかも頭。
ごっしごっし己の顔面と頭を拭った後現れた男の顔面は思いの外整っていて、団長とは系統こそ違えどそこそこの男前だった。
凛々しくつり上がった太い眉に、切れ長の一重の瞳。通った鼻梁はどっしりとしていて、所謂the軍人といったような面立ちだ。赤茶の短髪に蜂蜜色の瞳は獰猛な獣のような力強さを感じさせる。
隣に座る私と視線が交わると、大きな口の端を更に持ち上げた。
「先程は言いそびれてしまったな。オレはジーク・エッケハルト。王宮騎士団第1部隊の隊長だ」
笑った口元から覗く並びの良い白い歯と、屈託無く細められた目元、それから差し出された大きな手を見て私は団長が言っていた通り、目の前のこの男性は変わっているのだろうけどたしかに悪い人ではないのだろうなと瞬時になぜか納得した。
大きな手のひらに自分のちんまい手を重ね合わせて、遠慮がちに握りしめる。
「ミリア・コールソンです。本日より第1部隊に配属されました。不慣れな間は何かとご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「ミリアか! うむ! よろしく頼むぞ! 共に国の平和を守っていこうな!!」
すかさずぎゅむ! とものすごい力で手を握り返され、ブンブンと縦に振られる。
ちょっぴり痛かったけれど、ジーク隊長の豆だらけの手は温かくて、気付けば私も笑顔になっていた。
ジーク隊長は良く言えば太陽、悪く言えば嵐のような人で、良い意味でも悪い意味でも王宮騎士団の中では有名人だった。
まず声が大きい。声を上げれば訓練場の端から端まで彼の声は容易に届くし、兵舎内で会話をすればいちいち軍法会議を行う必要が無いほどに数刻後には団内に内容が知れ渡る。
また挙動が喧しい。常に身振り手振りを添えて己の感情を表現するその様はたいへん分かりやすくはあるが、毎度のことになると若干……いや大分鬱陶しい。「そうは思わんかっ?!」なんて彼の何かしらの意見に同意を求められながら、肩を鷲掴まれしこたま揺さぶられた時には数年前この世を去ったおじいちゃんの姿が見えた。
また無駄なほどに大仰な動作で常日頃剣を振るうものだから、訓練時にうっかり手からすっぽ抜けた剣が己の頭上に垂直落下するなんてことは日常茶飯事で。初日に度肝を抜かされた頭かち割れ隊長の姿にいつまで経っても慣れない私は、毎度訓練場に血塗れで倒れ伏す彼を発見しては半泣きになりながら衛生兵を呼びに兵舎内を駆け回る。
彼曰く、大仰に振る舞った方が任務においての戦績が良いからそのようにしている、とのことだけれど、肝心の大舞台の前に訓練で命を落としてしまっては元も子もないと思う。
それから、誰よりも祖国想いで、愛馬想いで、部下想いだ。如何に我が国が素晴らしいか、我が主君である王家が尊い方々なのか、口を開けば聞いてもいないのに堰を切ったように賛辞が流れ出す。それも昇進のための美辞麗句などではなく、心からの言葉であるのが彼のすごいところだ。
ある日の終業後の道すがら、隊長に問い掛けられた。
「ミリアは何故王宮騎士になろうと思ったのだ?」
「えっ?! また唐突ですね」
「隊長たるもの、部下の職務に対しての意識は認識しておくべきだと思ってな!」
さあ、聞かせてみろ! と、訓練場の柵から身を乗り出して笑顔で待機する隊長に答えないわけにもいかず。
「……単純に、世のため国のために働くお仕事が、かっこいいなって思ったからです。私が本来そうだからではなく、そういう人になれたらいいなって。片田舎の、普遍的で閉塞的な環境で生きていましたから」
馬鹿正直に答えてしまった。
隊長のことだから、元来国への無償の忠誠心をモットーとした、所謂騎士道をもった回答をしたら好まれるのかもしれないと思ったけれど。
彼の真っ直ぐな眼差しを見て、嘘は吐きたくないと思ったのだ。
「……世間一般的な、立派な動機じゃなくてお恥ずかしい限りですが……」
「ん? 立派の基準など人それぞれだろう。オレは、自分なりの信念をもって打ち込むことこそが、立派なことだと思うがな!」
意外だった。国のため主君のため、そういった騎士道の鑑のような確固たる信念を持たない者は認めん! なんて言われるかと思ったから。
「オレとて出自さえ違えば全く異なった道を歩んでいたかもしれんしな。むしろ己のこれまでの環境を脱してまで、目的のために動こうとしたミリアは大層立派だとオレは思うぞ!」
切れ長の瞳を細めて清々しく笑った隊長に、胸がぎゅっと締め付けられたような心地になったのは、代々続けていた家業を手伝うでもなく皆が反対する中実家を出て、女性としてはまだまだ希少である騎士として生きるという自身の選択を、初めて全面的に肯定されたからだろうか。
本当は不安でたまらなかったのに。
ジーク隊長の生家であるエッケハルト伯爵家は国でも有数の武家であり、エリート貴族だ。幼少期、勉学が不得手であった彼の人柄と武術の才を見て彼を取り立てたのは学友である現第一王子だっただとか、その第一王子との繋がりを作ってくれたのは同じく学友であり公爵家嫡男であるアルフォンス団長だっただとか、そんな話をされていたけれど、隊長の笑顔に釘付けになっていた私は彼の話など右から左へで。
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