聖女を解雇された私のハーレム奮闘記

小村辰馬

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花束を抱えた少年が、廊下を走る。温室でもらった、色とりどりの花束だ。
この美しい花々を見たら、城の端に位置する温室へ行くのも困難なほどに憔悴した母も、きっと元気になるだろうと。少年は急いで母の部屋へ向かっていた。

『わっ!?』
『うひゃぁ!?』

廊下の角で、小さな影とぶつかった。
倒れ伏していたのは、少年と同年代の少女だった。少女は服装を見るに、女中のようだ。

『いたた、ごめんなさい……』
『いえ、こちらこそ……』

少年は慌てて起き上がり、詫びを入れようとしたが、絨毯の上に散らばる花々を見て思わず声を上げた。

『母上のお花が……!』

ぶつかった拍子にお互いの体で潰れてしまったらしい。花々は無惨にひしゃげ、散った姿で各所に倒れ伏していた。
思わず床に跪き、少年は項垂れる。

『あの、私のせいで、申し訳ございません……』
『いや、いいんだ。廊下を走っていた僕が悪い』

花はまたもらいに行けば良い。
散らばった花を拾っていると、目の前に女中がしゃがみ込んできて、面食らった。
栗色の大きな瞳と、健康的に紅潮した頬が印象的な娘だった。

『きっと、お母様のお見舞い? に、行かれるんですよね。これ、代わりになるか分からないんですけど、良かったらお母様に』

少女がスカートのポケットから取り出したのは、毛糸で作られた熊の小さな人形だった。
手作りのように見えるが、自分で編み込んで作ったのだろうか。

『……かわいいね。手作り?』
『はい! 好きなんです。こういうの作るの』

弾けるように笑う少女。
数多くの同年代の少女を見て来たが、こんなにも太陽のように朗らかに笑う子は、初めて見たかもしれない。

『よかったら、これも差し上げます』
『え、ポケットからどれだけ物出てくるの』
『暇な時隙あらば作ってるんです』

少女はポケットからぬいぐるみを作るための毛糸と、小さなかぎ針を出して、ぬいぐるみと一緒に少年の手に握らせた。

『お母様と一緒に作ってみてください。きっと楽しいので! それじゃ、』

踵を返して立ち去ろうとする少女の手首を、少年は思わず掴んだ。
何故彼女を引き留めたのか分からず、少年は自分よりほんの少し目線の高い少女を見上げる。
少女も何事かと目を瞬かせている。

『君も、一緒に行かない?』
『え? 私もお見舞いに、ですか?』
『僕と母上に、作り方を教えてほしい』

少年のアイスブルーの瞳が、真っ直ぐ少女を見つめる。
国の至宝だとか、この世の奇跡のような美しさだとか、そんな風に持て囃される美貌の少年も、今はまるで等身大の少年のようで。

『でも私、お仕事が』
『今日はこれを業務とするよう、君の上司には伝えておくから』
『えぇっ?! 貴方何者ーー』
『この国の第一王子、キルベルトだ』
『えぇえ~~!?』
『気付いていなかったのか……』

少女は少年と、少年の母と編み物をし、穏やか且つ楽しい時を過ごした。
少年の母も天真爛漫な来訪客が増え、また新たな趣味にも目覚めてみるみる体調が回復していき、少年も心が弾む思いだった。
その後も少女はしばしば少年と共に少年の母の元を訪れ、編み物やおしゃべりに興じるのだった。


* * *


「ーーとまぁ、僕とミーニャの出会いはそんな具合だよ」

バルコニーで夜風に吹かれながら、殿下は話し終えると一口グラスを煽った。

「お母様公認って、それで何で今上手く行ってないんですか。お妃集めまでしちゃって」

殿下とミーニャが幼馴染だったとは、驚きだ。だってミーニャも、殿下との距離感はあっさりしたものだったし。なんなら私が殿下から夜のお声掛けがあった際も、大はしゃぎだったし。

「振られているんだよ、既に」
「えぇええ!?」

何ということだ。
この世に殿下からの告白を断る猛者がいるとは。しかもそれがあの素直で温和な明るい私の侍女であり友人の、ミーニャだなんて。

「僕のことは大切な友人だと思っているけど、それ以前に仕えるべき相手あり、気持ちに応えることはできないって」
「えぇ~あのミーニャが? あの子、仕えるべき私のベッドで一緒に部屋着でゴロ寝しながらお菓子食べてましたよ」
「それは君が彼女に舐められているか、僕が単純に彼女のお眼鏡に叶わなかったかかな。というか、ミーニャと一緒に寝たのかい? なんだそれ羨ましい」

恨めしそうに私をジト目で睨み付ける殿下。
何だか変な感じだ。
あの人外じみてすらいる美しさの殿下が、普通の恋する年相応の青年のようで。いや実際そうなんだけど。
これまでの殿下よりも、一層親しみ易く、魅力的に感じる。

「よほどミーニャのことが好きなんですね……結婚を意地でもしないほどに」
「……無駄な悪足掻きだということは、分かっているんだけどね。タイムリミットを伸ばしているだけの自覚はあるよ」

遠い目をして、眼下に広がる夜の中庭をぼんやりと眺める殿下。
絶世の美貌をお持ちで、この国の次期トップで、聡明で武芸の才にも秀でている、まさにパーフェクトヒューマンの彼でも、手に入らないものはあるのか。

私のしょーもない話を楽しんでくれて、隠れ蓑だとしても私を選んで時間を共に過ごしてくれた殿下。いつも笑顔でほんわか明るく、主人思いの優しいミーニャ。素直に、二人がうまくいってほしいと思った。

「殿下は、もう諦めてしまうんですか」
「え?」
「一回振られたくらいで諦めるんですか。そんなにも好きな相手を」

殿下がこちらを振り返った。

「そうだね。……でも、これ以上傷付くのが怖いんだよ。しつこい男だとも思われたくない。僕は存外臆病な奴なんだよ」
「そうですね、気持ち、とっても分かります。……でも、このまま自分は結婚せず、ズルズルと10年にも及ぶ恋を引きずったまま、ミーニャが結婚するのを指咥えて見てるんですか? 地獄ですよ」

殿下は整った双眸を瞠目させ、考え込む素振りを見せた。

「そう、だね。それは、そう思う……」
「じゃあもう一回だけ頑張ってみましょうよ! 私も協力しますから」

両手で握り拳を作り、むんと殿下に見せる。

いやもう、自分自身が頑張ることができていないのに、何を言ってるんだって感じだけど。
でも、だからこそ、殿下には努力することを諦めてほしくなかった。諦めなかった先に何があるのか、見届けたいのだ。

暫く逡巡したのち、「わかったよ。もう少しだけ頑張ってみる」と殿下は控えめに微笑んだ。


* * *


「マナカ様」
「ナターシャ様! お会いしたかったです」

殿下と別れて広間へ戻ると、ナターシャ嬢に声を掛けられた。
彼女は淡い水色のシフォンドレスを身に纏っており、まるで妖精さんのようだ。ブロンドの髪がよく映えている。

「すごい人ですね。先ほど殿下と踊られているのを見て、戻られるのをお待ちしていたのです」
「そうだったんですか。フォルトさんも、どうも」
「あぁ。カインはどうしたんだ?」
「ちょっと今別行動になっていて……あ、いた。こっちに向かってる」

こちらへ歩み寄って来るカインとミーニャに手を振っていると、ナターシャ嬢が小声で耳打ちしてきた。

「プレゼント、渡されました?」
「まだなんです。ナターシャ様は?」
「私もまだです。この後少し人気の少ないところで渡そうと思ってます。……マナカ様、中庭の雰囲気がとても良かったので、そこでお渡ししても良いかもしれませんよ」
「中庭……なるほど、ありがとうございます」

日頃の感謝の気持ちを伝えるプレゼントを渡すのに、カインと雰囲気が良くなってもしょうがないのだが。まるで告白する前のような空気感でむずむずする。

談笑もそこそこにナターシャ嬢達と別れると、私はええいままよ、と、カインを中庭へ誘った。
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