聖女を解雇された私のハーレム奮闘記

小村辰馬

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窓の外をしんしんと雪が降っていた。
私の心も絶賛雪景色である。

「もーーそんなに不貞腐れるのでしたら、カインさんを引き止めればよかったじゃないですか」

半分頭からずり落ちながら、ベッドで仰向けになる私に、部屋に散乱する衣類を拾いながらミーニャが声を掛ける。カインの姿はない。

「私が引き留めたとて、何も変わりはせんかったよ」
「またまたもー。そんな事ないと思いますけどねぇ」

今度は転がった塵紙を拾い、ゴミ箱へ捨てると、ミーニャは窓の外を見た。

「カインさん、もうランバルドに着きましたかねぇ」
「どうだかねぇ」
「マナカ様、お見送りにもいらっしゃらないんですもん。カインさん、寂しそうなお顔していらっしゃいましたよ」
「カインの横にはあのエリーゼ嬢がいらっしゃるでしょ。何も寂しくなんかないよ」

ミーニャは困り顔で俯いた。
そんな顔させてごめんね、ミーニャ。でも、今の私の口から出る言葉は可愛げのないものばかりで、止めることができない。
心にぽっかりと空いた穴を、捻くれた言葉で無理やり補強して、なんとか矜持を保っているのだ。

カインは、今朝フェンデルンを発った。
私は布団から出ることが出来ず、部屋に鍵をかけて篭っていた。
カインの顔を見るのが辛かった。カインの気持ちを考えなかった訳じゃない。けれど弱くて傲慢な私は、それでも自分の心の安寧の方を優先したのだ。
こんな私、そもそもカインに合わせる顔が無い。

控えめなノックの音が聞こえると、ナターシャ嬢とフォルトが扉の隙間から顔を覗かせた。

「うわっきたねー部屋」
「ちょっと、フォルト! マナカ様、お体の具合は如何です?」

控えめに部屋へ入って来る二人に、流石に上体を起こし、ベッドの縁に腰掛ける。

「まぁ、仮病だったので。体はすこぶる元気ですよ」
「仮病!? 一体どうして……」
「わかんねーかな、姫様。乙女心ってやつだよ」
「え? えぇ……? フォルトに乙女心を説かれたくはありませんが……」

全員の視線が私へ集中し、私は腫れぼったくなった瞼を瞬かせる。
ナターシャ嬢は何かを察したのか、顎に手を当て、考え込む素振りを見せた。

「カイン様でしたら、マナカ様が懇願したら、残ってくださりそうなものですが……」
「そのかもしれないに賭けて、これ以上自分が傷付くことを避けた結果がこれなんです。所詮、カインに対する気持ちなどそんなものだったんです」

私の反応に皆が顔を見合わせていると、またノックの音が聞こえた。
こんなに不細工なツラな上に、部屋もどえらい事になってるこういう時に限って、来客が多いのはなんだろう。

ミーニャが「はーい」と言って、家主の私を差し置いて勝手に応対する。

「うわ、どうしたのこの部屋」
「キルベルト様!」

驚くミーニャに微笑み掛けると、殿下はこちらへ歩み寄って来た。
ナターシャ嬢とフォルトも何事かと顔を見合わせたのち、慌てて頭を下げている。
殿下は今日も今日とても美しいにこにこ笑顔で、両手を私の両肩に置いた。

「マナカ、カインを追うよ」
「え、いやです」

殿下の突拍子も無い発言に即答すると、彼の陶器のように白いお肌に青筋が走った。
だって、自分でカインを送り出す事に決めたのに、何故今更また追い掛けねばならんのか。

「そんなひどい顔して何言ってるんだ」
「ひどい顔なのは元からです」
「強情だなぁ…………フォルト」
「!? は、はい」

殿下に突然呼ばれたフォルトは、緊張した様子でこちらへ歩み寄って来た。

「マナカを馬車に積み込んで」
「!?」
「わ、わかりました」

今何と言ったこのお方。私を荷物のように積み込めと!?
私は慌ててベッドを四つん這いに移動し、逃亡を図るがあっという間にフォルトに捕まり、米俵スタイルで担がれる。

「うわぁあ離せ! 誘拐される~~」
「うわ、暴れんなって」
「さあみんなでランバルドへ向かうよー」

私の断末魔など意にも介されず、殿下を筆頭に困惑する皆と担がれた私は、ぞろぞろと部屋から出て行くのだった。


* * *


私の意思に反して、城を発った馬車は雪の降りしきる中ランバルドへ向かって進んで行く。
今更ものすごいスピードで進む馬車から飛び降りる訳にもいかず、私は窓の外を眺めながら呆けていた。

「いい加減腹を括ったかい?」
「括ったというか、ここまで来たら諦めたというか」
「マナカ様ってば本当に意地っ張りですねぇ」
「ねぇ」

殿下と仲睦まじく並んで座るミーニャを前に、私の隣に座るナターシャ嬢、そのまた隣に座るフォルトは何か言いた気にしている。
私は車窓に肘を突きながら、目の前の二人へ視線を向けた。

「上手く行ったみたいですよ、こちらのお二人さん」
「ええ!?」
「そうなのか!?」

私の言葉に、驚いた様子でしげしげと二人を観察するナターシャ嬢達。
いやー、と照れ照れしながら視線を交わし合う殿下達。
傷心の心に何を見せられているんだ。

「私、殿下はてっきりマナカ様とばかり……」
「あー、いろいろ事情がありまして……黙っていてすみませんでした……」

姿勢を正すと、ナターシャ嬢へ顔を向け、頭を下げる。
ナターシャ嬢は首を横に振ると、微笑んだ。

「いいえ、お気になさらないでください。……でも、納得です。マナカ様には、カイン様との方が、しっくり来ますものね」
「ナターシャ様までそんな」
「いつもマナカ様を近くで優しく見守るカイン様と、プレゼントをあんなにも真剣に選ぶマナカ様。誰も付け入る隙が無い程に、お似合いでいらっしゃいますよ」

柔らかく微笑んだナターシャ嬢はいつもの聖母モードであるけど、その瞳は真剣で。本気でそう言ってくれていることが分かった。
私がその眩しさに思わず硬直していると、流れるように片手を両手で握られた。

「……私、誰にも話すことが出来なかった趣味を、マナカ様に受け入れてもらえて、とても嬉しかったんです。私を救ってくださったマナカ様には、幸せになってほしいのです」
「ナターシャ様……」
「姫様はマナカさま大好きだもんなー。いつも『マナカ様は今週どこかお暇かしら』とか、『マナカ様のご趣味に合う本はどれだと思う』とか、そんなことばかり聞いて来るんだぜ」
「フォルト!」

珍しく頬を赤らめてフォルトを睨み付けるナターシャ嬢に、私も何だか顔がほかほかする。
ナターシャ嬢がそんな風に私を思ってくださっているなんて、知らなかった。恐れ多いけど、素直に嬉しい。

「マナカ様! 私も! 私もですよ!」
「ミーニャ」
「私、マナカ様といると楽しいです。お高く留まらず、けれど大人の弁えも持ち合わせているのに、私やカインさんの前ではぐーたらで、マナカ様は魅力がいっぱいです」

ミーニャが私たち二人の手に、己の小さな手を更に重ね合わせてくる。

「本当は面倒臭がりでいらっしゃるのに、あのお出掛けも、キルベルト様と私のために、セッティングしてくださったんですよね? ありがとうございます。キルベルト様にまたお気持ちを伝えられた時はびっくりしましたが……それだけ本気なのだと、きちんと使用人ではなく、一人の人間として、幼馴染として、向き合うことが出来ました」

栗色の大きな瞳を細めて笑うミーニャ。
その顔は私より年下なのに、なんだか大人びて見えた。

「大好きなマナカ様のお元気が無いのは、とても悲しいです。それだけカインさんの存在が、マナカ様の中で特別で、大きいということですよね。……私たちが付いておりますから、今回は少しだけ頑張ってみませんか?」

ミーニャの温かく真摯な言葉に、鼻の奥がツンと痛み始める。
そう、そうだ。カインが離れるのを認めたくなくて現実から目を背けて、カインがいなくなってこんなにも胸が苦しくて、カインが他の女性と添い遂げることを考えると、胸の内が掻き毟られるように痛い。思考より感情がそうして自我を出して来る程に、私はカインのことがただの特別ではなく、友人として以上の特別な存在になっていたのだ。
気付いていて、気付かない振りをし続けていた。

目の前で私の手を握る二人に、視線を合わせる。

「二人とも、ありがとう……私……」


ドンッ


突然の全身に加わる引力に、私は座席から滑り落ち、尻餅をついた。
馬車が急停止したのだ。
一体なにごと。

「……いたた」
「びっくりしました……」
「…………馬車のネジが外れて、車輪が外れ掛けているらしい」

御者に様子を聞きに行ったフォルトが戻って来ると、困ったように頭を掻きながら報告した。
こんな時に馬車の故障ですと?

「あらまぁ、どうしましょう……」
「こんな雪の中で立ち往生か……差し当たり、近隣の街か村に部品を買いに行かねーと。馬を外して連れて行けるかな」

ナターシャ嬢とフォルトが思案している。
私とミーニャが顔を見合わせていると、殿下が突然立ち上がった。

「どうせ修理するなら、そのまま行ってしまおう。マナカ」
「はい? うわっ!?」

殿下に名前を呼ばれたかと思うと、腕を引っ張られ、引き立たせられた。
そのままずるずると引き摺られ、馬車の外へ連れ出される。

あれよあれよと言う間に殿下は御者の手を借りながら車体から馬を外し、備品として備え付けられた鞍を装着する。
私が呆然とし、その背後で皆がきょとんとした表情で車内から顔を覗かせる中、殿下は「よし、」と呟くと馬の背へ飛び乗った。

「ほら、マナカ。行くよ」

そう言って馬上から私へ手を差し伸べる姿は、さながら白馬の王子様(名実共に)であるが、私は状況が読み込めず。

「え、行くってまさかランバルドへ向かう気ですか」
「そうだよ。ここはもう国境付近であるし、レイフィールド伯爵家の領地もそう遠くない」
「いやでももう少し待てばいいじゃないですか。そんなカインが今すぐ息を引き取ろうとしてる訳でもあるまいし」
「今まさに婚姻の儀をしているかもしれないじゃないか」
「えぇ……そんなまさか……」
「君のカインへ対する気持ちはそんなものなのかい?」
「えぇえ」

殿下の勢いに付いて行けない私は、背後を振り返る。
3人とも、こちらのことは気にせず行ってこいと言う力強い視線を送ってきた。
……これはもう向かわざるを得まい。

私は恐る恐る殿下の手を取ると、殿下の後ろに跨り、ミーニャのいる建前気が引けるが殿下の腰を掴んだ。
そうして流されるがまま、馬は走り出したのだった。


* * *


冷ややかな空気が頬を突き刺す。
街道であるため視界が完全に失われるほどではないが、雪の降る中での乗馬は、すこぶる冷えた。
私は殿下に近付きすぎないよう気を遣いながら、振り落とされないようしがみ付く。
振動でお尻がちょっと痛くなってきた。

「はは、流石に寒いね」
「ランバルドに着くまでの辛抱ですね」
「お、流石に腹を括ったかい」
「だって殿下、意地でも私をレイフィールド家に向かわせる気でしょう」
「そうだね」

殿下は前方を見据えたまま、手綱を操りながら続ける。

「マナカ、僕に言ったじゃない、諦めるのかって。……僕だって、君に諦めてほしくないんだよ」

思わず殿下を見上げるが、雪空と混同してしまいそうなほどに眩く美しい、シルバーブロンドの後頭部しか見えない。

「君が僕やミーニャを想って言って、行動してくれたように、僕も友人である君には、幸せになってほしいから。つい出しゃばっちゃった。それに、楽しい夜を過ごさせてくれたお礼と、時間稼ぎに付き合ってもらったお詫びもまだ出来ていなかったしね」

一瞬だけ視線を背後に向けた殿下と、目が合う。アイスブルーの瞳は穏やかで、温かみに満ちていた。
その優しい眼差しに、私は思わず口を開く。

「……私、自分から何かを手に入れるために、形振り構わず頑張ったことって無くて」
「うん」
「それは昔、妹に欲しいと思ったものを先取りされ続けていたから、諦める癖がついちゃっていたんですけど」
「……うん」

過去に諦めてきたもの、欲しいと思っても手に入れられなかった人を反芻し、カインの私へ向ける微笑みを思い返す。

「でも今思うと、そこまでして欲しいと思ったものが、これまでに無かったんだと思います」
「へぇ。……今回は違うのかい?」
「……」

殿下の問い掛けには答えず、私は殿下の腰を掴む力を強めた。
殿下は何も言わず、馬を走らせ続けた。

間も無く、ランバルドとの国境を越える。
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