Goddess

あくび

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2.

しおりを挟む
それからアンが18歳になるまで3年、ロザウェルはアンの元に足しげく通った。
夜遅くに来て朝方帰る事もあれば、朝からやって来て夜遅くに帰る事もあったが、来る度に2人は硬く抱きしめ合って 熱い抱擁を交わした後に近況を報告し合って 激しく求め合った。

ロザウェルがアンの元にやって来ると、傍目から見れば本当の夫婦の様に見えた。
アンが作ったご飯を食べて、男手でないと困る事をロザウェルは自らやった。
2人で野草を取りに行き、乾燥させて売りに行くのを手伝ったり、1日中ベットの上で過ごしている日もあった。

お互いがお互いの隙間を埋める感じ...。
沢山の言葉を紡がなくてもただ傍に居るだけで良かった。

2人は2人で過ごす日をとても大事にしていたし、とても幸せだった。
目が合えば笑い、目が合えばキスをし、目が合えば抱きしめ合って 日頃離れている寂しさを埋め合う仲まで発展していた。

「アン。今日は話があるんだ」
「どうしたの?」

激しく求め合い、ロザウェルはアンの中に2度放った後、何時もの様にベットの上で2人でまどろんでいた時に ロザウェルが深刻な顔をして話を切り出した。

「結婚...する事になった...」

ロザウェルが意を決した様に告げた内容は残酷な物だった。
アンに衝撃が走る。

「けっ...こん...?」

ロザウェルはアンを抱きしめた。強く抱きしめた後に

「俺はこの国の王子なんだ...」

アンの目が見開いた。王子...。確かに品があるし、何時も上等な服を来ているし、何処かの御曹司だろうとは思っていたが、王子だとは思わなかった。
何時も沢山のお土産を持って来てくれて、お陰でアンの生活も前よりもグンと楽になっていた。

「結婚すれば、今までの様に頻繁に来る事は出来なくなるかもしれない」

項垂れるロザウェルを見て、アンの中に熱い思いがこみ上げて来た。

「ロザウェル。私は貴方がどんな身分か知らないし関係ないの...。ロザウェルはロザウェル。また 時間が出来た時に来て。私は此処以外に行く所はないし、いつまでも待ってる」

ロザウェルはアンを一層抱きしめた。
アンは「待ってる...」と言いながら涙を流した。
出逢いは偶然で、初めは酷い事をされたけれど、だんだんこの人を知って行くにつれて、また、一緒に過ごす夜が増えて行く度に 離れ難い思いが膨らんで行った。

これが「好きだ」と言う感情なのだろう。
自分は捨てられる身...とても嫌だ。泣いて縋れるものなら縋りたいが、王子と言う身分はアンの拙い知識でも理解出来る。
とてもじゃないが わがままは言えなかった。

その日は、ロザウェルが何時にも増して丁寧にアンを抱いた。
その事が逆に切ないアンだった。
もっとおざなりに道具の様にして抱いてくれれば 愛なんて知らずに居られたのに...と思った。

「んんんーーーーーっっ!」

何度もイカされて、イッテいる最中にも関わらず擦られておかしくなりそうになりながら 最後にロザウェルが放つ時にアンの意識は遠い彼方に飛んだ。

「はぁ...はぁ...ああ...はぁ...」

ロザウェルは荒い息を吐きながら 意識を飛ばして横たわるアンの髪を撫でた。
そして何時もの様にアンの頭にキスをすると「愛してる」と言葉を残して黙って家を出た。

外は明るくなり始めていた。
今日は結婚式だ。
ロザウェルは振り向いて家を撫でると、馬に跨りその場を去った。

*

今日は雲1つ無い気持ちの良い天気の中、ロザウェルとグランマリエの国を上げての盛大な結婚式が行われた。国中が城中がお祝いムードで盛り上がった。
花火が上がり、朝から晩まで国中がお祭り騒ぎで大騒ぎだった。

ただこの森のこの家だけは 静かにひっそりとしていた。
アンが目覚めた時にはロザウェルは居なかった。
赤い斑点が所狭しと付いた体は綺麗に拭き取られ、昨夜の情事が嘘の様に整えられ 布団をキチンと被ってアンは寝ていた。

「王子なのに...」

アンはベットを整えているロザウェルの姿を思い浮かべて可笑しくなった。

「王子なんて...」

ロザウェルの姿を思い出すと涙が溢れて止まらなかった。

「愛してるのに...」

叶わぬ恋だ。諦めるしかない。
そう思っても、この家にあるロザウェルとの思い出が 目を動かす度に思い出されて堪らなかった。
それでもお腹は空く。喉も乾くし、トイレにも行きたくなる。生きて行かなければならない事がこんなに辛いなんて思わなかった。

「帰りたい...」

アンは両手で顔を覆って何時までも泣いた。

*

いくつもの縁談の中から選ばれた花嫁は若くて美しかった。
グラマリエはロザウェルが初めての体験だった。ロザウェルはグラマリエを慎重に慎重に抱いた。
しかし、疲れと酔いのせいか、最後までイク事が出来ずに 初夜は終わった。

それもそうだろう。前の晩に寝ずにアンを抱いて、帰って来たら直ぐに結婚式で大忙し。緊張もしたし、その後のパーティでは酒をたらふく飲まされた。

「グラマリエ、すまない...」
「いいえ。殿下。素敵でしたわ」

この女を愛して行かなければならない...。
この事がロザウェルの心に重くのしかかった。

『今頃、泣いているだろうか...』

ロザウェルの脳裏に過ぎるのは、グラマリエの初めてを労る事でも無ければ、これから2人でこの国を盛り上げて行く...なんて大層な事でもない。

あの日、湖で心を奪われたアンの事だった。

*

グラマリエと結婚して2年が過ぎようとしていた。

グラマリエは若くて綺麗で、ブロンドのウェーブのかかった髪の毛に、はちきれんばかりの大きな胸、折れそうな位の細い腰、手足は丁寧に手入れをしてあり傷一つ無く、肌もツヤツヤとしていた。

若くて綺麗な嫁を貰ったのに、ロザウェルは未だにアンを重ねて抱いていた。
全然違うのに、嫌、違うからこそ グラマリエを抱く度に アンを抱きたいと言う欲望は深まるばかりだった。

どうしてもアンの事が忘れられなかった...。
だから、2日に1回が3日に1回となり、4日、5日...となって、新婚だと言うのに「疲れている」を理由にしてグラマリエを抱いてない日が何ヶ月も続いていた。

そして、こんなに長くアンに会わなかったのは アンと出会ってから初めての事だった。
ロザウェルは苦しくて、でもアンに会いに行く事も出来ずに無気力な日々を過ごしていた。

「ロザウェル、どうした?」

はっとして顔を上げると、そこには心配そうな顔をして親友のスフィルが立っていた。

「すまん、気が付かなかった...。何か用事か?」

ハハハと笑って誤魔化せば

「新婚だからな。毎日寝る間を惜しんで励んでいるのだろう?」

スフィルにそう言われて苦笑いしか出来ないロザウェルだった。

「俺が来た事にも気付かないなんて...」
「すまん」
「まぁ、新婚ボケをしている親友の顔をちょっと拝みに来ただけだ。今度のパーティ、夫婦で参加してくれよ」
「ああ、そうだった。グラマリエにも言っとくよ」
「俺から奥様にドレスを贈っても良いけどな」
「喜ぶかもな」
「おいおい...本気で言ってんのか?」
「???」
「新婚の奥様にドレスを贈れる訳が無いだろう?ロザウェル、お前、マジでゆっくり休んだ方が良いぞ」
「あ...ああ。そ...そうだな。ちょっと休憩を取るか」

スフィルは怪訝そうな顔をしてロザウェルを見ていた。

「パーティには喜んで夫婦で出席するよ」

ロザウェルは取り繕うようにそう言って立ち上がると「じゃあ」と言ってその場を後にした。
アンの事を考えて仕事も手につかない様では重症だ...。ロザウェルは気を引き締めた。


夜になり久しぶりにグラマリエを抱いた。
「アンを重ねないと抱けない」からいつしか「抱けない」になってしまっていた夫婦の関係。
しかし、周りから世継ぎの声が段々と聞こえて来る様になって、このままではいけないと思い直したのだった。
その時に、ふとグラマリエの首筋に赤い小さな虫さされの痕を見つけたロザウェルはその時は気にならなかった。


翌週、スフィル主催のパーティに出席する為に出掛けた。
「皇太子夫妻が参加する」と言う事はパーティの格が上がる。その為、パーティは沢山の人で溢れていた。

「ロザウェル...私、ちょっと化粧室に行った後に 外の空気を吸って来ても良いかしら?」
「大丈夫かい?沢山の人に酔ったかもしれないね。僕も一緒に行こうか?」
「ありがとうございます。でもセシエを連れて行きますので大丈夫ですわ」
「解った。遠くに行っちゃいけないよ。何かがあってはいけないから...」
「解りました」

グラマリエはロザウェルの頬にキスをして会場を後にした。


...グラマリエが遅い。
親友のスフィルとお酒を飲みながら会話を楽しんでいたロザウェルは、ふとそう思った。

「スフィル、奥様が気分が優れないみたいだから行ってみるよ」

そう言って立ち上がったロザウェルはグラマリエを探しに外に行こうとした。
廊下にセシエが立っていた。

「セシエ、グラマリエは何処に行った?」

セシエはキョトンとしてこちらを見ていた。

「ん?セシエはグラマリエと外に出たんじゃ無かったのか?」
「いいえ...此処にずっとおりました」

...おかしい。
その時、ふと脳裏にこの間のグラマリエの虫刺されの痕をが思い浮かんだ。

「そうか。セシエ、僕の勘違いだったよ。すまないね」

ロザウェルはそのまま外に出て裏庭の方に回ってみた。

パーティとは社交の場である。
しかし裏では、男女が社交を繰り広げている事が多い。
文字通りの社交の場。そして日頃の鬱憤を晴らす場でもあり、ストレス解消の場でもある。

だからみんなこぞって パーティにめかし込んで行きたがるのだ。

裏庭に行き着くまでに3組の情事を見つけてしまった...。
名を言えない人達ばかり。

そして、裏庭をグルリと周り、お目当ての人物を探し出せなかったロザウェルは微妙な心境だった。ホッとする様な、まだ疑っている様な。

パーティ会場に戻ろうと屋敷の中を歩いていると、1つの部屋から見知っている男が出て行ったのを目撃した。
別に何も考えずに通り過ぎようとした時に 部屋のドアがまた開いた。

グラマリエだった...。

ロザウェルは偶然とは言え吃驚したが、それはグラマリエも一緒だったらしい。

「え...あ...ロザウェルっ...どうして此処に?」
「嫌...君が帰って来ないから探していた。気分はどうだい?」
「ええ...横になっていたら随分良くなりました」

さっきの男は...。そう言いかけてロザウェルは言うのを止めた。
グラマリエの手を取り何事も無かった様に会場に帰ると、スフィルに帰る事を伝えパーティ会場を後にした。

城に帰り付くまで2人は無言だった。

グラマリエは多分さっきの男と浮気をしているのだろう。
でもその事を自分は責められない。
自分だって、ずっとアンの事を考えている。
アンを重ねながらグラマリエを抱いている。

アンに会いに行こう。ロザウェルはそう思った。

*

ロザウェルが最後に森の家に来てから2年が過ぎた。
こんなに長く会わなかったのは初めてだった。

多分、ロザウェルはもう此処には来ないのかもしれない。アンはそう思いながら寂しくて堪らない自分を一生懸命慰めて来た。
思い出があり過ぎるこの家を出ようか...とも考えた。でももしかしたらロザウェルが来るかもしれない...。と言う思いも捨てきれずこの小屋でロザウェルを待ち続けた。

ロザウェルのお陰でお金には困らなかった。
彼は何時も来る度に沢山のお金も持って来てくれたから。

アンはこの森しか知らない。
世間を知らないし、世界を知らない。
これを機に世の中を見るのも良いかもしれない。

そう思い、少ない荷物を纏めて家を出た。
旅に出るなんて大それた事は怖くて出来ないが、街で貸家を探して、仕事を見つけようと思ったのだ。
そして運良く、また誰かと恋愛出来たらロザウェルの事が忘れられるかもしれない。アンはそう思っていた。

アンは街に出て直ぐに貸家を探した。
パン屋の前を通った時に張り紙を見つけた。

『従業員募集』

こんなに早く仕事が見つかるなんてラッキーだ。

「すみません。外の張り紙を見たんですが...」
「あーごめんね。今決まったんだ。張り紙外すの忘れてて...」
「そうなんですね...。あの、この辺りで従業員募集してる所は知りませんか?」
「前の道を真っ直ぐ行ったら テノって食事の店があるから行ってみな」
「解りました。ありがとうございます」

アンはお礼を言うと テノに向かって歩いて行った。

お店は直ぐに見つかった。
中に入ると太ったおばさんが作業をしていた。

「こんにちは、あの...この先のパン屋さんで、従業員募集してるって聞いたんですけど」

おばさんがこちらをジロリと見た。
それだけでアンは縮み上がる思いをした...。

「あ...あのっ...すみません。あの...」
「夜、働けるかい?」
「え?」
「夜は働けるのかい?」
「えっ...あ...はいっ...はっ働けますっ」
「何時から来れる?」
「あのっ...実は...家も探してて...何処か良い所知りませんか?」

おばさんはじーっとしばらく考えた後に「ああ...」と一言言うと、奥から出て来た。

「とりあえず、今日はウチに泊まんな。家はまた後だ」
「あ...はい」
「今日から働いて」
「わっ...解りました」

おばさんの後に着いて2階に上がるとそこは宿泊出来る様にもなっていて、その部屋の1つに案内された。

「とりあえず、此処に泊まって明日、貸家に案内するから。着替えて手伝っておくれ」

アンは急いで着替えると 下の食堂に行った。
キョロキョロと周りを見ると 手早く椅子をテーブルに下げて、奥から探して来た箒でお店を掃き始めた。

「水は何処から汲んで来ますか?」

そう聞くと「外に井戸があるよ」と奥から声が聞こえて来た。

バケツを持って井戸に行き、水を汲んで戻って来ると、ブラシを使ってゴシゴシと始めた。何度か井戸と往復しながらモップで拭き上げると、椅子を降ろしてテーブルを拭き始めた。

「あんた。名前は?」
「アンです」
「私はエイマウだよ。あんた手際が良いね。何処かで働いてたのかい?この辺りじゃ初めて見るけど...」
「いいえ。働くのは初めてなんです。でも家の事をずっとしてましたから」
「家出かい?」
「いいえ。家族はいません」
「そうかい。まぁ、おいおい聞くよ」

アンは頷くと流しに溜まっている皿を洗う。
ガチャガチャと洗うと、今度は流しの汚れが目に入った。
タワシを握ってとりあえずゴシゴシ擦り、なんとなく綺麗にするともういい時間になっていた。

「アン、お客が来るよ」
「解りました」

初めての経験だ。
忙しいのだろうか...。でもロザウェルの事を考えなくても良くなりそうだ。
ワクワクするのとドキドキするのと、ちょっと合間にロザウェルの事を思い出したら胸がキュンと傷んだ。

*

アンが家を出て行った日、入れ違いでロベルトが帰って来ていた。
離婚をしたのだ。
原因はロベルトの浮気だった。

彼は逸物は大したことは無いが精力旺盛だった。
顔がちょっと良い事が彼の自慢で、次々と若い子と浮気を繰り返していた。
それがバレて離縁されたのだ。

ロベルトは軽く考えていた。
家に帰ればアンがいる。
寝るのにも食うのにも困らない環境...。そして、アンで精力は発散すればいい。何だったら アンと結婚してやっても良い。等と甘い事を考えていた。

家に帰っても誰もおらず、初めはそこら辺に出掛けているのだろうと思い、ベットで昼寝をして待っていた。
しかし起きてもアンは帰って来なかった。
いい加減お腹が空いてきたロベルトはイライラしていた。

「こんな夜遅くまで何をやっているんだ...」

出て行ったとは微塵も考えていなかったロベルトは、アンを待った。

しばらくすると、足音が聞こえて来て扉をノックする音がした。

ロベルトはアンが帰って来たと思い勢い良くドアを開けた。

「お前、どこ...!?!?」

勢い良く開けた扉の前には 知らない男が立っていた。しかもかなりの美丈夫。
そして、その男もまた吃驚していた。

訪ねて来たのはロザウェルだった。
彼もまた、2年振りにアンを訪ねて来たのだった。
だが、扉を開けた男を見て吃驚した。

2人の男は同時に思った「アンの男なのか...?」と。

最初に口火を切ったのはロザウェルだった。

「すみません。道に迷ってしまいました。此処から街に向かって行くにはどう行ったら良いのでしょうか?」
「あー。暗いですからね。慣れないと道に迷いますよね...」

そう言いながらロベルトが外に出た。

「この方角をずっと下って行って下さい。方角さえ間違わなければ、街に出ますから」
「そうですか...。助かりました。ありがとうございます」

ロザウェルは頭を下げて、近くに止めていた馬を引っ張って歩いて行く。

『遅かったのか...』

彼はしばらく呆然としながら歩いていた。
あの日から2年。
確かに男が出来ても結婚してたとしてもおかしくない年月。

『もう少し早く来れば良かったのか...』

それでもアンは待っていてくれるんじゃないかと甘い事を考えていた自分を呪った。
自分には、アンが必要だ。
改めて痛感する。

『手の届かない所に行ってしまったのか...』

無くして初めて大事さに気が付いた。
そして「愛してる」と言う言葉を軽々しく使っていた己に腹が立った。

『どうして...アンを手放してしまったのか...』

もう何かもどうでもいい 投げやりな気持ちになりながらトボトボと歩く。馬に乗る気もしなかった。

ロザウェルは涙が出そうな位打ちひしがれて ひたすら歩いた。

結婚しても2人は心と心で繋がっている...。
そんなのは慢心だった。
ただのエゴだった。
彼女がどんな思いで、どんな事を考えて彼を待っていたかなんて 誰にも解らない。

ロザウェルの心が追い込まれて行った...。
しおりを挟む

処理中です...