枝垂れ桜Ⅱ

あくび

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仁は今年も桜を見に来ていた。
此処には今年3歳になった娘の美咲を連れて良く来ていた。
美咲は産まれた時から良く泣く子で、本当に手がかかる子だった。
泣いて泣いて泣き切って、泣き疲れて寝たかと思うとまた泣いて起きて...
仁は仕事があるので付いていてやれない事も多く、美咲の世話は乳母と両親が見ていたので大変だっただろうと思う。
何が気に食わないのか、背を反らしながら声を枯らして泣く姿は 居なくなった母を求めて泣いているのか...とても不憫で堪らなかった。

ある日、今日は仁が美咲に付きっきりだった為か比較的に機嫌がよく、美咲を連れて思い出の桜の木を見に出掛けた。
花も何も付けていない桜の木は寂しい感じがしたが、美咲が始終機嫌が良く全く泣かなかった事にびっくりした。時に桜にめがけて手を伸ばしたり、何か1人で「あぅ、ぶぅ」とお話したりして、仁は由花がそこに居るのではないかと思った位だった。
それから、美咲が泣いて手が付けられなくなると世話係は此処に美咲を連れて来る様になった。桜に近づくにつれ美咲が大人しくなり、ご機嫌で笑って帰って来るのを見て、この桜の木の近くに家を建てようと決意した。
両親は初孫と離れたく無い為か反対したが、仁の決意は変わらず、渋々承諾するしかなかった。


3歳になった美咲は近頃お喋りを良くする。
「ととたー、かかたー」
まだ大半は何語か解らない言葉だが、父を呼ぶ声と母を呼ぶ声はよく解る。
ちなみに美咲は桜の木を「かかたー」と呼ぶ。その度に仁は切なくなるのだ。

今でも目を瞑ると浮かんで来る。
しなやかな身体、細い腰、黒髪が長くてサラサラと手に当たって、抱けば壊れてしまうんじゃないかと思う位の小さな膣口に憤った物を押し当てれば それは柔らかく包み込まれて呆気なく発射してしまう。
発情期になれば他の女を抱かなくてはならない。
それが義務なのだがとても虚しくて、愛の無い行為が申し訳なくて仁は心の葛藤に悩んでいた。


そんな時に産土から各領地に招集がかかった。
再三、風来の頭首から書簡で『人間界に戻った人間を取り戻すにはどうしたら良いのか...』と言う内容を送っていたが、返答はいつも『検討する』と言う内容ばかりで、美咲も3歳になってしまった。

産土は自然を操る鬼の部族で 主に幻術を使う集団だ。木から木へ飛び移り移動したり、姿を消したり、仲間同士の結束が固くなかなか産土の情報は入りにくい。占いや薬...と言った物は産土の出身者が多く、胡散臭い物から本物まで様々いた。
鬼の国の慢性的な女性不足の為に人間を呼び寄せているのも産土が始まりだった。
それがいつしか全領土に拡大して、今や産土でも召喚されている人間の数は把握し切れて無い。


美咲がまだ幼い為心配ではあるが、両親に美咲を託して仁が代表で行く事にした。
しかし、何処から聞き付けたのか美咲が言う事を聞かない...。
「みぃたんーおうちにーおしゅるばん、しぃたくなぁーわぁい」
「.....」
ヒックヒックと泣きじゃくりながら話すのは美咲で「みぃたんはお家でお留守番したくない」と言っている...。
「みぃたん、お利口だから、ジジとババと とと様が帰って来るのを待ってて」
まだやっとオムツも取れたばかりだと言うのに、いっちょ前に首を振る。
いくら説得しても「んっ」「んっ」って首を横に振るのだ。
だから腹を割って話す事にした。
「美咲」そう言うとじーっとつぶらな瞳で仁を見つめる美咲。
「美咲はかか様に会いたくないか?とと様は会いたい。かか様と一緒に居たい。遠い国に行けばかか様に逢えるかもしれない。とっても遠くだ」
「く(行く)」
「本当に行けるのか?」
「く」
美咲は小さい頭を何度も縦に振り、
「とと様は抱っこはしないぞ。自分で歩くんだ」
「く」
「抱っこって言ったらお家に返すぞ良いな」
そう言うと不安そうな眼差しをした後「く」と言って頷いた美咲...。
『誰ににたんだ...この頑固さは...』
仁はそう思って頭を抱えた。

周りからは猛反対されたが約束した物はしょうがない...。
当初予定していた供を増やして美咲も一丁前に旅装束だ。杖も持っている...。
「すぐに音を上げて帰ると言い出しますよ...」
そう言って両親をなだめて出発した。
「では行って――」「ばいばーい」
そう言ってスタタタタと走り出したのは美咲だった。
慌てて追い掛ける。
「コラッ!美咲!」
『一体誰に似たんだーーーー!!』
仁が心の中で叫ぶ。


美咲を追いかけると、美咲はクルリっと向きを変え出口とは違う方向に向かう。
「どこに行くんだ!!」
そう言って捕まえると手足をバタバタさせて「しのっめ、しのっめ」と言う。
愛馬の『東雲』だ。
仁はため息が出た。美咲の頭の回転の速さにはいつも驚かされる。『誰に....似たのだろうか....』そう思いながら、美咲の笑う顔を見ると怒る気になれず、そしてその向こうに由花の笑顔が見えた気がした。

東雲に乗った美咲はご機嫌だった。
初めて由花を乗せた時を思い出した。目をキラキラさせて、見る物見る物を喜んで、庇護欲をそそる。仁もついつい旅を忘れて顔が綻んだ。
「ほら、美咲、あれが太鼓だ」
「たこ?」
「た.い.こ」
「たっっっこ」
仁は思わず吹き出してしまう。そしたら美咲もアハハと笑う。
「美咲、ほら見てお花が綺麗だね~」
「ね~」「きれね~」
そう言いながら真剣な顔をして小首を傾げる姿は本当に愛らしい。
美咲はお利口にして置かないと家に帰される事を知ってるから大人しく、供が
「美咲様、こちらに...」
と言われても嫌がらずに供に着いて行く姿を見て 仁は感動すらしていた。

3日程過ぎて風来の領内からいよいよ出る事になった時に美咲がいきなり「帰る」と言い出した。いよいよ飽きたのか...と思っていたがちょっと違うらしい。
風来の領内を出たら龍神が水府の長と一緒にこの身を一緒に運んでくれると言う手はずになっていた。
「美咲、ほんとに帰るのか?」
「かう」
うんうんと頷きながら訴える美咲。そんな姿も愛らしい。
目に入れても痛くない...とは良く言ったものだ。
「ジジとババと とと様の帰りを待つか?」
「ととた...」
美咲は大粒の涙をポロリポロリと零しながら「ととっ...た...かっ...たっ...くっ?」
「とと様、かか様来る?」と言っている。
「うん。とと様はかか様が帰る様に頑張ってくるぞ」
ギュッと抱きつく美咲。たった3つでも解っているのだ。
行きたいけど我慢しなければならないって事も、子供にとっては大変な道程で足でまといな事も小さいながらに解っていて一生懸命我慢している。
「美咲、とと様に好きをして」
そうお願いすると、小さい恋人は仁のほっぺにチュッとキスをくれた。
お返しに美咲のほっぺにキスをすると、目に涙を溜めながら笑ってくれた。

東雲と美咲と幾人かの供を返し、仁は水府の領に入る。

美咲は何度も振り向きながら、大人しく風来の城に向けて帰って行った。


あんなに小さい美咲が1番欲しい物を何としてでも...
そう新たに決意しながら仁は産土に向かって前に進んだ。
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