花にひとひら、迷い虫

カモノハシ

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 律は階段のすぐ下で待っていてくれたので、あっさり見つけられた。花音の姿を認めると、背中を向けて口を開いた。
「……ごめん。嫌な思いさせたでしょ」
「えっ?」
 思いがけない言葉に、花音は驚く。ゆっくりと歩き出す律の後を、ためらいがちに追う。
「僕と一緒にいると、外野がうるさいかも。本当は、案内するのも、僕じゃない方がいいんだけど……」
 どうやら、花音に迷惑をかけるのではないかと気に病んでいるようだった。
「そんな! むしろ、律じゃなかったら案内してくれるどころか、今頃は外につまみ出されて終わりだよ! 嫌な思いなんか全然してないし!」
 花音は慌てて律の懸念を否定する。
 漏れ聞こえてきた律の事情。ほぼ初対面の花音が踏み込んではいけない領域に思えた。花音が感じたものを言葉にするならば、それは嫌な思いではなく、そこにかすかでも触れてしまったことに対する気まずさだ。
「それより、ここまでつきあってくれる方が驚きだよ。授業をサボってでもやりたいこと、あったんだよね? あたし、邪魔してるんじゃないかな」
「……そんなことない。僕が言い出したことだから」
 だが、そう言って律は足を止めた。花音を振り向く。
「……でも、少しだけ、時間もらっていいかな」


 律が向かったのは、「生物準備室」と表示された教室だった。それほど広くない室内には長テーブルが等間隔に配置されていて、その上には、小学校でよく見た透明なケースが数十個並べられている。
「ここは一応、僕が管理してるんだ。だからほとんど人も来ない」
 それが本当なら、隠れ場所には最適だろう。どうせ昼休みになるまで音楽室には入れない。
 律は、飼育ケースの間を行き来し、それぞれの様子を観察したり、世話をしたりし始めた。花音はテーブルとテーブルの間をぶつからないように気をつけて進んでいき、周囲より影になっている一つに近寄ってみた。
 中からはカサコソとはかなげな音が聞こえる。気のせいか、小さな生き物の息づかいも。
「あ。花音はちょっと……、こっちの方がいいかも」
「え?」
 律はためらいがちに花音がいるのと反対方向のケースを袖で指し示す。
「虫が好きならいいけど、そうじゃないなら、こっちの方が一般的だから……」
「あ。そ、そうなんだ……」
 決して虫が得意なわけでない花音は、素直に忠告に従った。
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