花にひとひら、迷い虫

カモノハシ

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13.

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 律に勧められたケースの中をのぞき込むと、小さな虫たちがか細い足を一生懸命動かしているのが見えた。順繰りに一つ一つのぞいていく。
 カブトムシ。クワガタ。カマキリ。テントウムシ……。
「ふむふむ。この辺りはわかる」
 ……黒くて足の長い虫。毛がもさもさしてクモみたいな(以下略)……。
「うん! この辺りでやめよっかな!」
「……僕は初心者だから、育てやすい身近な虫しかまだいないけど……」
 身近でもキモチワルイものはキモチワルイ。花音は後ずさりして、遠巻きに眺めることにした。
 サイズの合わない白衣の袖口をまくり、かいがいしく虫たちの世話をする律の目は、真剣そのものだ。
「律は、虫が好きなんだね」
 クリップボードに何かを書き込んでいる律を見ながら、感心してつぶやく。彼は花音を一瞥すると、
「――昆虫は、わかりやすいから」
 手をとめずに、返事をした。
「わかりやすい?」
「……進化するのも、行動原理も、生き残ることが目的だから。単純で、わかりやすい」
 何と比べて、とは律は言わなかった。
 花音も深くは聞かなかったが、先ほどの女子生徒達の言葉が腑に落ちた。彼女たちが嫌っていた律の趣味とは、このことだったのだろう。
「……そういえば、カエルって、虫じゃないよね?」
 律のセリフを思い出して言うと、彼はワンテンポ遅れて顔を上げた。
「仕方ないでしょ。それしか思いつかなかったんだから」
 憮然とした言い方がちょっとすねているように見えて、花音はつい笑ってしまう。
「あははは――と、ごめんごめん。でも、そっか。なんで白衣なのかずっと疑問だったんだ。謎が解けたよ」
「いや。解剖はしないから。これはただ、制服は汚すと代えがないからで」
「……え?」
「撥水加工してあって、安いの、これしかサイズがなかったから……」
 意外に庶民的な理由だった。律に勝手に親近感を抱いていると、彼はきまりが悪くなったのか、突然、花音の腕を引っ張った。
「え、なに? なに!?」
 生物準備室には廊下に面するドアと別に、勝手口のようなものが設えてあった。三和土にはなぜか律のものらしき外靴とサンダルが置いてあり、律はサンダルを履いてついて来るよう花音を促す。
 外に出ると、そこは塀に囲まれた中庭になっていて、星屑のような白い小花が咲き乱れる花畑が広がっていた。
 咲き誇る花の上を、たくさんの薄水色の蝶がふわふわと舞っている。
 それは美しい光景だった。
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