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「うわあ、このチョウチョきれい! すごい! なんかステンドガラスみたい!」
「アサギマダラって言うんだ。長距離の渡りをする珍しい蝶。花音はこっちで待ってた方がいいでしょ」
切り取られたような青い空と、白い花々、そしてゆらめく浅黄色のコントラスト。絵画のような情景に、いつまでも見ていたい気分にさせられた。
日当たりのいい場所に置かれたベンチに座っていると、遠くから生徒達の喧騒が聞こえてくる。ゆっくりと過ぎていく時間を、他校でこうしてすごしているというのは不思議な感覚だった。
室内で作業している律を眺めているのも楽しかった。ほどなくして、外に出てきた律に笑いかける。
「ところでさ、律って生物係かなにかなの? こっちの庭も律が世話してるんでしょ?」
「頼まれてるのは庭だけ。あとは、個人的な趣味、かな」
「え?」
花畑から外れていた一匹の蝶が、律の目の前を横切って群れの中へと戻っていく。
「……もともとは、何にも興味がなかったんだ。だけどあるとき、変な人が現れて、『何にも興味が持てないなら、花を育ててみないか』って。そのときもアサギマダラがこんな風に飛んでいて、僕は虫の方に興味を持っちゃったけど」
「変な人って……」
「初対面の時、永遠の十九歳だと言っていた」
「何そのあほな人」
「だから、変な人なんだって」
――どうだ、少年! 花とは美しいものだろう!
日本語を流暢に操る、変わった名前のアメリカ人だった。
彼は学校関係者だと主張し、便宜を図ってやるから花畑を管理してくれないかと打診してきた。結局、律が興味を持ったのは蝶の方だったのだが、彼の目的は一応達成されたからか、律はこの準備室を与えられた。
「その時の花は、アサギマダラがもっと好きな花にほとんど植え替えちゃったけど」
それでも彼は笑って許してくれたらしい。打ち込めるものが見つかって良かったな、と。
「ふうん。いい人に会えたんだね」
やっぱりこの学校に関わる人は変わり者が多いらしい。けれど、律の表情がどことなく柔らかくなったのが嬉しくてそう言うと、律はびっくりしたように振り向いた。
「花音は、本当にそう思う?」
「え? なんで?」
「僕が虫に興味を持ったこと、よく思っていない人の方が多いから」
「ああ……」
彼女たちの言葉を、律も彼なりに気にしているのだろう。無表情だから傷ついていないというわけではない。
「あたしはそういうのないからさ、夢中になれるものが見つかるっていいなって思うよ。むしろ律の残念なところっていうなら、無愛想とかぶっきらぼうとか授業をサボるとかそっちの方かなってあたしは……、あっ、ごめんなさい!」
律の冷たい目に射貫かれて、花音は反射的に謝った。
「花音て、ときどき無神経なこと言うよね……」
「わーっ、わかってる、ごめん! 友達からもたまに呆れられるんだよね! 気をつけてはいるんだけど、でも、口が勝手に……! ほんとごめん!」
花音が必死に謝ると、律が表情をなごませて「ふふ」と声を漏らした。
「いいよ。なんか……、あんたは、わかりやすくて嫌な感じがしない」
「え……」
「アサギマダラって言うんだ。長距離の渡りをする珍しい蝶。花音はこっちで待ってた方がいいでしょ」
切り取られたような青い空と、白い花々、そしてゆらめく浅黄色のコントラスト。絵画のような情景に、いつまでも見ていたい気分にさせられた。
日当たりのいい場所に置かれたベンチに座っていると、遠くから生徒達の喧騒が聞こえてくる。ゆっくりと過ぎていく時間を、他校でこうしてすごしているというのは不思議な感覚だった。
室内で作業している律を眺めているのも楽しかった。ほどなくして、外に出てきた律に笑いかける。
「ところでさ、律って生物係かなにかなの? こっちの庭も律が世話してるんでしょ?」
「頼まれてるのは庭だけ。あとは、個人的な趣味、かな」
「え?」
花畑から外れていた一匹の蝶が、律の目の前を横切って群れの中へと戻っていく。
「……もともとは、何にも興味がなかったんだ。だけどあるとき、変な人が現れて、『何にも興味が持てないなら、花を育ててみないか』って。そのときもアサギマダラがこんな風に飛んでいて、僕は虫の方に興味を持っちゃったけど」
「変な人って……」
「初対面の時、永遠の十九歳だと言っていた」
「何そのあほな人」
「だから、変な人なんだって」
――どうだ、少年! 花とは美しいものだろう!
日本語を流暢に操る、変わった名前のアメリカ人だった。
彼は学校関係者だと主張し、便宜を図ってやるから花畑を管理してくれないかと打診してきた。結局、律が興味を持ったのは蝶の方だったのだが、彼の目的は一応達成されたからか、律はこの準備室を与えられた。
「その時の花は、アサギマダラがもっと好きな花にほとんど植え替えちゃったけど」
それでも彼は笑って許してくれたらしい。打ち込めるものが見つかって良かったな、と。
「ふうん。いい人に会えたんだね」
やっぱりこの学校に関わる人は変わり者が多いらしい。けれど、律の表情がどことなく柔らかくなったのが嬉しくてそう言うと、律はびっくりしたように振り向いた。
「花音は、本当にそう思う?」
「え? なんで?」
「僕が虫に興味を持ったこと、よく思っていない人の方が多いから」
「ああ……」
彼女たちの言葉を、律も彼なりに気にしているのだろう。無表情だから傷ついていないというわけではない。
「あたしはそういうのないからさ、夢中になれるものが見つかるっていいなって思うよ。むしろ律の残念なところっていうなら、無愛想とかぶっきらぼうとか授業をサボるとかそっちの方かなってあたしは……、あっ、ごめんなさい!」
律の冷たい目に射貫かれて、花音は反射的に謝った。
「花音て、ときどき無神経なこと言うよね……」
「わーっ、わかってる、ごめん! 友達からもたまに呆れられるんだよね! 気をつけてはいるんだけど、でも、口が勝手に……! ほんとごめん!」
花音が必死に謝ると、律が表情をなごませて「ふふ」と声を漏らした。
「いいよ。なんか……、あんたは、わかりやすくて嫌な感じがしない」
「え……」
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