真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第三章

「姫様の品位にかかわるかと」

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「その着物じゃ森に入れないから、入れる格好をしないと」

「髪の毛も長すぎて、あちこちにひっかかるから、よくないなぁ」

「姫様は、木に登れる?」

「川や湖で泳いだことある?」

 子どもたちに、朔はひとつずつ返事をした。どんな格好ならば、森に入れるのか。髪を切るわけにはいかないので、くくるしかないが大丈夫か。木に登ったことも、泳いだこともない。

「都には、川も森もないの?」

「少し出かければあるけれど、川で泳いだり、木の実を採ったりはしないわ」

「じゃあ、毎日どんなことをしているの」

「歌を詠んだり、おしゃべりをしたりするの」

「なんだか、つまんなそう」

「お姫様って、いつもはどんな遊びをするの?」

「貝合わせとか、絵物語を読んだりとか」

「それって、どんなの?」

「屋敷で、遊んでみる?」

「遊ぶ!」

 公家の屋敷にあがれると、子どもたちは歓声をあげた。

「いいわよね、芙蓉」

「お好きになさるために、いらしたのでしょう?」

 芙蓉が含み笑いをして、朔は大きくうなずいた。

「それじゃあ、屋敷に戻りましょうか」

 わぁっと子どもたちが、屋敷に向けて走り出した。

 ◇◇◇

「近頃、里の者たちと仲良くしていらっしゃるようですな」

 穴多守に夕涼みの茶会はいかがですかと誘われて、ゆったりと湖に落ちてゆく夕日をながめていた朔は、静かにほほえんだ。

「ええ。こちらの方が来られないときは、里の子どもたちが遊びに来てくれています」

 笑顔のまま、穴多守は不快そうに眉の間にしわを作った。

「下々の者たちと仲良くするのは、どうかと思いますがね」

「どうして」

「姫様の品位にかかわるかと」

「私の品位」

 あきれた口をした朔は、傍に控えていた芙蓉と顔を見合わせ、笑った。

「そのようなことで失ったり、かけてしまうようなものなら、必要ないわ」

 キッパリとした朔に、穴多守は苦虫をかみつぶしたように、唇をひんまげた。

「なるほど。姫様はウワサどおりに、ずいぶんと変わったお方のようですな」

「あら。私があなたの息子に、どのように案内をされ過ごしているのか、聞いていらっしゃらないようね」
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