真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第六章

「おまえは、大伴の……?」

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 芙蓉が朔を支え、立ち上がらせた。今は、気心の知れた芙蓉と二人の方がいいだろうと、真夏は使者を担ぎ運ぶ輪に加わった。

 朔を支えられる位置にいない自分を、悔しく、腹立たしく思いながら。

◇◇◇

(まずは現状を把握することだ。現状を知り、彼女を救う手立てを考えなくては)

 真夏は使者の寝かされている部屋の柱に背を預け、彼が目覚めるのを待つ事にした。彼が目覚めるまで、一晩でも二晩でも待ち続けるつもりで、真夏は彼の看護を買って出た。

 看護と言っても、これといってすることはない。ただ彼が目覚めるのを待つだけだ。

 新参者の真夏を置いておくのはどうか、という意見は、意外にも出てこなかった。あまりの報告に、だれもが動揺をしているからだろう。朔の様子が第一で、この男のことは後回しにと考えたのかもしれない。

 真夏は使者の顔をまじまじと見て、おやと首をかしげた。どこかで見たことのある顔だ。どこだったろうかと記憶を探った真夏は、大学寮で顔を見たことがあるのだと思いいたった。

 彼の名は、確か――

「今出川実篤」

 つぶやいたと同時に、真夏は彼のことを思い出した。大学寮に通ってはいたが、学問よりも武芸の方が性に合っていると言っていた男ではなかったか。近衛府に行き、内裏の警備をしたいと言っていた気がする。彼は近衛府の人間なのだろうか。近衛府の人間が、私的な使者となるだろうか。もしも私的な使者として来たというのなら、彼は朔の父の随身を務めているということになる。

「う……」

 つらつらと彼のことを考えていた真夏の耳に、うめきが届いた。はっとした真夏は彼の顔を覗く。睫を震わせ、ゆっくりと目を開けた実篤は視界が定まらないらしく、ぼんやりとした目で真夏を見た。

 真夏は、彼が何かを言うのを待った。

 やがて実篤は意識がハッキリしたらしく、目をしばたたかせて声を出した。

「おまえは、大伴の……?」

 渇いた声で問う彼に、真夏は答えた。

「大伴真夏だ。大学寮で、幾度か顔を合わせたことがある」

「そうか」

 つぶやいた実篤は、ゆっくりと身を起こした。

「俺は、たしか久我様の三の姫に、文を届けに来たはずだったが」

 どうして真夏がいるのかと、実篤は目で問うた。真夏は唇を笑みの形にゆがめ、皮肉っぽく片目を細めた。
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