真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第八章

真夏は気付き、胸を痛めた。

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 権力よりも人柄を重んじる者が、いないわけではない。だが、その力はどれほどのものか。

 柳原家の家長は、左大臣となった。その息子たちは、次々に官位を上げていくことだろう。そうなれば人柄だの友情だのを重んじる者も、柳原家の目を気にして、自分たちの親族に累が及ぶことを恐れ、おおっぴらに助けを出すことができなくなる。朔の父や兄は、それでも親切に手を貸そうとする者に、遠慮を示すだろう。彼らが柳原の家ににらまれることを恐れ、救おうとする手を断るのではないか。

 それでも助けを出そうとする者があるとすれば、それを受けようとするのであれば、せめて屋敷で働いている者たちの世話を、と申し出るのではないか。

(この引き取り手の来訪の速さは、そういうたぐいのものなのではないか)

 真夏は気付き、胸を痛めた。

 彼らをおもんぱかる久我家の者たちの気持ちと、久我家の者たちのことを気にかける者らの思い。それらが折り合う位置はどこか。

 真夏はそれを考え、結論を彼らに告げた。

(芙蓉殿だけは、朔姫から離れないだろう)

 その確信を胸に、真夏は迷う者らを説得にかかった。

「行く先があるのであれば、行くべきだ。行く先がなくなってから、やはりどこかへ行けば良かったと考えても遅い。それに、人が減ればそれだけ食い扶持が減る。そうなれば、姫の負担も少なくなる。もしまた久我家が、人を雇う余裕を持つことができるようになれば、その時に戻ればいい。姫のことが気にかかるだろうが、姫のためを思うのならば、誘いに乗ったほうがいい」

「それは、新参者だから言えることだ」

 真夏が昔から仕えている者ではないから、そんなことが言えるのだと反論が上がる。

「姫を思う我らの気持ちの深さを知らぬから、そのようなことが言えるのだ」

「だからこそだ」

 真夏は反論に、まっすぐに顔を向けた。

「長く姫に仕えていた者たちこそ、新しき雇い主の元へ行き、都のさまざまのことを書き記した文を、こちらに送る役をするために屋敷を離れるべきだ」

「それは、どういうことか」
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