真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第九章

朔は無心に、笛の音とたわむれた。

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 朔は真夏が父に雇われたのではなく、自分のウワサに興味を持ち、コッソリと紛れ込んでいるだけとは、考えもしなかった。そういうものの手引きをする者がいるとは、思いもしなかった。

(真夏は、どういった家の者なのかしら)

 父の失脚により、自分と真夏の身分の釣り合いが取れたとしたら。

 そんなことを考えかけて、いけないと朔は笛の音を高くする。

(お父様の失脚をよろこぶような、そんな考えをするなんて)

 自分をとがめつつ、けれどその考えは朔の内側から去ってはくれない。

 釣り合いが取れたなら、彼は自分を求めてくれるだろうか。

 彼との恋を、してもかまわないのだろうか。

 でももし、姉のようになってしまったら――。

 ふいに、朔の笛を別の笛の音が追いかけてきた。現れたその音は、朔の奏でる音によりそうように響き、からまり、共に高みへと、空へと昇っていく。朔の音にさらなる風を巻き起こし、ゆったりと天上へと導くその笛に、朔の胸は熱くなった。

 奏でることが、心地いい。

 朔がその笛に応えるように音をつむげば、返事をするかのように、その笛も音色を変える。

 朔は無心に、笛の音とたわむれた。

(誰の笛なのかしら)

 恍惚とした、陶酔にも似た楽の音の時を終えた朔は、すっかり暮れてしまった庭に目を向け、息を呑んだ。

 薄い星明かりに姿を浮かばせた真夏が、微笑んでいる。

 その手に、高麗笛があった。

(ああ――)

 突かれたように胸を抑え、朔は音の無い叫びを上げた。愛おしさが、傷口から流れる血潮のように、心からあふれていく。それが真夏へ向かい流れる川となろうとしている。

(ダメよ。しっかりしなくちゃ)

 彼に甘えるわけにはいかないと、朔は奥歯をかみしめた。

(ここの主は私。主がしっかりしなくて、どうするの)

 主である自分が、家人である真夏に心を寄せて甘え、助けを乞うなどしてはならない。そんなことをすれば、他の者たちはどうなるのかと、朔は自戒した。

「ずいぶんと、さみしくなりましたね」

 ゆったりとした足取りそのままの声音で、真夏が語りかけてくる。その腕にふたたび抱きとめられたいと望みつつ、朔は膝上に下ろした笛を強くにぎった。

 想いを堪えなければと、朔は自分を叱咤する。

「芙蓉から聞いたわ。都からの雇い入れの誘いに乗るよう、言ったのですって?」
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