真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第十一章

(芙蓉も、心が疲れているのだわ)

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 その使者が来れば、どうするか。

 その思案が定まらぬうちに迎えが来て、朔はとっさに従うと決めた。芙蓉を、真夏を守るために、自分が出来ることはそれしかないと思いきわめて。

(真夏は、私を見限ったのかしら)

 情けないと、腹を立ててしまったのだろうか。それとも、朔の言葉に傷ついてしまったのだろうか。

(あんなこと、言わなければよかった)

 真夏が傍にいるだけで、勇気付けられた。彼がいると思うからこそ、この決断をする事が出来た。前に進まなければと、ただ流れにもまれるだけではなく、自分から切り込み、道を作っていかなければと思えた。

 それなのに、真夏はいない。

(どこに行ってしまったの)

 ああ、と朔は泣き崩れた。

(どこで、何をしているの)

 会いたいと、朔は涙を流し続ける。

 涙に濡れた萌黄は、その色を濃くしていた。

 ◇◇◇

 真夏の行方はようとして知れぬまま、朔は軟禁状態の生活を送っていた。

 同じ時間に同じように、柳原家の女房が起こしに来る。朔の世話は如才ない所作の女房が行い、もとから朔の傍にいた者とは、芙蓉以外に会わせてもらえていなかった。

「他の者たちは、どうしているの」

 朔のその質問には毎度、同じ答えが繰り返される。

「それぞれにふさわしい場所にて、この屋敷に慣れるべく働いております」

 芙蓉も詳しくは知らされていないらしく、いつもおだやかな彼女が、近頃はわずかに眉をしかめていることが多くなった。

(芙蓉も、心が疲れているのだわ)

 朔の父の政敵の館ということで、気を張り続けているのだろう。

(ひと月近くも自由にならない生活では、息も詰まるものね)

 気晴らしに草木の姿でもながめたいと言えば、まるで朔が逃げ出す算段をしているかのような物々しさで、警護の者が庭に立ちならび、女房に左右を囲まれた。そんな中でくつろげと言われても、息抜きをするどころか気詰まりが強くなるばかりで、庭に下りて歩きたいなどと言う気も失せてしまった。

(あれなら部屋の中でひっそりと、芙蓉と二人で過ごしているほうが、ずっと心が落ち着くわ)

 朔が物憂げな息を吐けば、傍らに控えていた芙蓉が、心配そうに前にのめった。

「なんでもないわ。退屈をしていただけ」

「笛でも、お使いになられますか」

 芙蓉の提案に、朔の胸はチクリと痛んだ。

(真夏)
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