真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第十一章

ぞわりと朔の肌に怖気が走る。

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 彼の音は、朔の笛に寄り添い支えるように響いていた。けれど今の音は、こちらの意図など気にする様子もなく、まとわりついてくる。

(一体、誰の笛なのかしら)

 その疑問は、すぐに溶けた。朔と同じ年頃の公達が姿を現し、ずけずけと遠慮もなしに部屋に上がった。

 芙蓉が慌てて朔の前に身を出して、入ってきた男をにらみつける。

「失礼ではありませんか!」

 声を尖らせる芙蓉に、男は軽く眉を上げた。面長の男らしい顔つきの男は、その顔つきに似つかわしい大きな体躯をしていた。切れ長の目は相手を射竦める光を放つに足る鋭さを持ち、人を従える事に慣れている雰囲気をかもしている。

「無粋な事を。前に出てかばうということは、あなたが朔姫付きの女房、芙蓉か。なるほど、美しいな」

「あっ」

 男は芙蓉のあごに手をかけ、まじまじと顔を覗きこんだ。

「姫と俺が夫婦になった後、妾にしてやってもいい」

 逃れようとする芙蓉を難なく押さえ込む男に、朔は体当たりをした。

「やめて! 何を言っているの。あなたは何者です」

 男はびくともせずに芙蓉を離し、朔を見る。偉丈夫という言葉そのものな男のまとう獰猛さに、すくみそうになる身を必死に奮い立たせ、朔は思い切りにらみつけた。

「そちらが変わり者とウワサの高い、朔姫か。その名の通り、かぐや姫と対を成せるほど美しいと聞いていたが」

 じろじろと朔を値踏みするように見た男が、にんまりとした。

「なるほど。俺の妻にふさわしい容色だな」

 ぞわりと朔の肌に怖気が走る。

「誰が、誰の妻というのです」

「申し送れた。俺は柳原道章。柳原公忠の三男で、あなたの夫になる男だ」

「なんですって」

 ずい、と道章が朔に迫る。美男と呼べなくも無いが、真夏とは間逆の種類だ。屈服させることに慣れている、相手の気持ちをかんがみることのない態度に、朔はのけぞった。

「あなたの母に、父上は恋心を残しておられる。自分の叶えられなかった悲恋を、息子に託そうとしているのだ」
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