流浪の興国ー託しきれない夢を、相棒と呼んでくれる君とー

水戸けい

文字の大きさ
15 / 31
第二章 決行

しおりを挟む
 明江と、土地の名が決まった翌日、烏有は汗と泥にまみれながら、顔を輝かせて働く人々をながめ歩いていた。

 半裸の男たちが、モッコを担ぎ、用水路のために掘り出した土を、建物の土台にするため運んでいる。心地よい木槌の音や、木を削る音、威勢のいいかけ声が耳を打つ。それは烏有の鼓動をここちよく高揚させた。

 一歩一歩、踏みしめる土のたしかな強さが、烏有の体を這い上る。それが、どうしようもなく楽しく、うれしかった。

「ごきげんだね」

 声に顔を向ければ、玄晶が立っていた。

「とりつくろうように澄ました顔にならなくても、いいだろう」

 クスクスと玄晶は烏有に歩み寄る。

「とりつくろってなんて、いないさ」

「うかれている姿を見られて、気恥ずかしいとでも思ったのではないか。もっと、全身で喜びを表してもいいと思うけれどね。蕪雑や袁燕のように」

「玄晶は、どうしてこんなところにいるんだ。工夫頭と進行状況の確認をしていたんじゃないのかい」

「していたさ。いまはその続きの視察だ。現場を見るのと見ないのとでは、工夫たちの士気に関わるし、この目で確認をしたほうが、より深く話を詰められるだろう。……でも、いいのかな」

「……?」

「私が表向き、主導していることが、だよ。自分で工夫と相談をしたいのではないか。いくら皆で談合してから、私が代表として指示をしているとはいえ」

 ふ、と烏有の口元にほのかな笑みがただよう。

「僕が前に出るよりも、中枢の官僚という肩書きのある玄晶が指揮を取っていれば、それだけ信用も増すというものだよ。どうしたって、人は権力というものに弱い生き物なんだ。……長い歴史のなかで、そういうふうになっていった、という表現もできるかな」

 玄晶の目が愉快そうにきらめく。それを、烏有は苦々しい笑みで流した。

「僕や蕪雑が賃金を出すと言っても、説得力に欠けるしね」

 烏有は働く人々に目を向けた。船着場と大きな宿、それに併設している食堂は完成しているが、そこから先は村の形にすらなっていない。

「烏有、烏有っ」

 軽やかな声を上げて、袁燕が走り寄ってきた。どういうわけか、泥だらけになっている。

「どうしたんだい。その格好」

「ちょっとケンカをしてきただけだよ」

「ケンカ?」

 烏有は玄晶と顔を見合わせた。ケンカをしてきたにしては、袁燕はほがらかで、負けた悔しさも勝ったほこらしさも、まとってはいない。

「明江は入り口だけが立派な空っぽって言われたんだ」

「いったい、誰に」

「工夫の世話をしている、俺っちくらいの奴にだよ」

 いざというときに使えるという理由で、工夫の世話は下働きの少年がするのが通例となっていた。ふだん彼等は炊事洗濯掃除などに従事しているが、いざ土木の工程で急な人手が必要となれば駆けつける。なので、気も力も強い者がそろっていた。

「ケガは、大丈夫なのかい」

「たいしたケガは、してねぇよ」

「しかし……」

「俺っちの体が、アイツ等よりもちっせぇとか思ってんのか」

 袁燕がムッとする。そのとおりだったので、烏有はぎこちない顔になった。フンッと袁燕は鼻を鳴らして、腕を組む。

「ケンカは腕っぷしや体つきで、するもんじゃねぇんだぜ。烏有はケンカをわかってねぇな」

「私たちのケンカといえば、口論だからね。武力行使は、めったにないよ。武官がそんなことをすれば、決闘扱いになるしね」

 玄晶が言い訳めいたことを言うと、うへぇ、と袁燕が顔をしかめた。

「めんどくせぇんだな。つうか、玄晶はそうだろうけど、烏有は違うだろ? 楽士も、そういう感じなのか」

「楽士がケガをした顔で演奏をするなんて、さまにならないだろう? それに、ケガをすれば楽器によっては演奏ができなくなってしまうからね」

「ああ、そうか。そうすりゃあ、ケガが治るまでは仕事ができなくて、飯を食えなくなっちまうな。……そんじゃあ、軽く暴れて言い分を通しあったりは、できねぇか」

「軽く暴れて、言い分を通しあう?」

「おう。どっちが上か下かってのもあるけどさ、勝った負けたってだけじゃなくって、そんだけ強い意見があるんだって、お互いに伝えあうんだよ」

 烏有には、よくわからなかった。

「まあ、やってみればわかるさ」

「遠慮しておくよ」

「ふうん。面白いのになぁ」

 烏有はあいまいな笑みでごまかした。

「それよりも、どうしてケンカなんてしたんだい」

「さっき言ったろ。明江は、名前と外面は立派だけど、中身はてんで空っぽだって言われたんだよ」

「ああ。ちょうど烏有と、その話をしようとしていたところだ」

 玄晶が烏有に目顔で同意を求める。袁燕はポカンとした。

「なんだよ。玄晶まで、そんな考えをしてんのかよ」

「事実は、事実だろう? 言いたい者には、言わせておけばいいさ。明江はこれから、その名にふさわしい国となる。船着場も宿も、そのために必要だから、立派なものを造ったのだと、袁燕もわかっているだろう。入り口が貧相なところより、立派な入り口を持っているほうが、私はいいと思うよ」

 袁燕は「だよなぁ」と腰に手を当てる。

「俺っちも、そう言ったんだ。で、しばらくケンカしたら、それにふさわしい中身を造ってやるから、覚悟しとけって言われた」

「言われたって……、袁燕が言ったのではなく、相手に言われたのかい」

 烏有が目を丸くする。

「うん」

 玄晶は軽く声をたてて笑った。

「そうか、袁燕。それは、たのもしいな」

「おう。だからさ、これから仲直りのしるしをするんだ。酒は叱られるだろうから、格好つかねぇけど、果物の絞り汁で乾杯すんだよ。――なあ、烏有。村ができたらさ、あいつらが住みたいって言ったら、住まわせてやっても、いいよな」

「もちろんだよ。これだけ広い土地があるんだ。人がいなければ、国どころか、村にすらなれないからね。袁燕たちが甲柄に残してきた仲間は、農夫が多いんだろう? 工夫が移り住んでくれるのは、ありがたいよ」

「そっか」

 袁燕が頬を持ち上げる。

「そんなら、そう言っておくよ。アイツ等、今の府じゃあ家がなくって、納屋とかで暮らしてるって、言っていたからさ」

 じゃあなと手を振って宿へと向かう袁燕に、烏有はちいさく手を振り返す。

「下働きの者は、家を持つことすらもかなわない、か。なあ、鶴楽。君の夢は、そういう住処を持たない人々の希望にも、なっていくだろう。いずれは移住者が数多く、訪れるようになるはずだ。そうなった場合の対策も、考えておかなければならないな」

 そっと耳打ちをされた烏有は、期待に満ちた目で周囲を見回した。

「玄晶。宿で仮住まいをするのは、そろそろ終わりにしたほうが、よさそうだね。工夫の家や、僕等の……蕪雑の住む豪族屋敷や、領主屋敷の建設の計画を詰めるとしようか」

「それならば、前に決めた候補地のあたりを歩いてみるとしよう」

 ふたりは連れ立って、区割りを書き込んだ地図をもとに、視察をはじめた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...