流浪の興国ー託しきれない夢を、相棒と呼んでくれる君とー

水戸けい

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第四章 決意

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 明江の区画図面を広げた卓のまわりに、皆が集まっている。これからの作業工程と、今後の計画、現在の問題などを話し合おうと、玄晶が朝食後に声をかけたのだ。

「あのよぉ。ちょっといいか」

 蕪雑が声を上げる。全員の目が自分に向いていることを確認した蕪雑は、玄晶に視線を合わせた。

「俺ぁ、烏有が領主にならねぇんなら、ここの豪族にゃあ、ならねぇ」

 玄晶は予測していたらしく、驚く面々を尻目に、平然としていた。

「俺ぁ、烏有と国を造るってぇ決めたんだ。その相棒が領主にならねぇってんなら、俺が豪族になるのは、おかしいからよ」

「自分の変わりに、豪族として立てる相手に目星がついていて、言っているのかな」

「おう」

「それは?」

「寧叡だよ。あいつなら、なんの問題もねぇだろう」

「けれど彼は、警兵官だ」

「それがどうした」

「不正を見つけて、罰する職務のものが豪族というのは、どうかと思うけれどね」

「誤魔化しやなんかが、出てくるってことか」

「そのとおりだ」

「けど他に、適任者はいねぇんだから、仕方ねぇだろう。剛袁は官僚になるんだし、袁燕は細工師になりてぇんだからよ」

「豪族をやめて、どうするつもりなのかな」

「決まってんだろ。烏有と、別んとこで村を造るんだよ」

 烏有は息を呑み、蕪雑を見た。

「そう簡単にはいかないよ」

「わあってるよ。ここが、こんなに早くできたのは、玄晶がいるからってのはな。金があるのとないのとじゃ、頭っからはじめられることが違ってくる」

「中枢と連絡の取れる道がある、というのも理由だと、わかっているのか」

「おうよ」

「それでも、烏有とここを出て、村を造る……と?」

「烏有が領主になれねぇんなら、そうするしかねぇだろ」

「村を造って国になっても、烏有は領主になんて、なれないよ」

「府にしなきゃあ、領主はいらねぇんだろ」

「申皇の加護は必要ないということか」

「俺ぁ、烏有の夢に乗ったんだ。乗った船がどっかに行くんだから、俺もいっしょに行くんだよ。そもそも、府にならなきゃならねぇ理由が、わからねぇ」

「説明をしたはずだけどね」

「聞いたけどよぉ、府になってねぇ国だってあるし、異教の国だって、あんだろ? だったら、それはそれで、なんとかなるんじゃねぇのか。まあ、俺と烏有のふたりで村からはじめるとなりゃあ、生きているうちに国になれるかどうかってぇとこだろうけどな」

 蕪雑が烏有に向けて、楽しげに歯を見せる。烏有はあっけにとられて、なにも返せなかった。

「ああ。間違えねぇでくれよ、玄晶。なにもアンタが信用ならねぇって、言っているわけじゃねぇんだ。烏有の考える国造りを、ちゃあんとわかってるって知ってるさ。けどよ、やっぱ烏有が領主じゃねぇと、俺ぁ納得できねぇんだよ。ずうっと探してきた国を、自分の手で造ろうって決意した男の夢に、乗った責任があるからよぉ」

 蕪雑が烏有の傍に寄り、ガシリと肩を掴む。

「なあ、相棒」

「……蕪雑」

「へへっ」

 屈託くったくのない笑顔に、烏有は困惑した。

「俺ぁ、そう腹をくくってんだ」

 そう締めくくった蕪雑に、玄晶は興味深そうな笑みを浮かべて、ため息をこぼした。

「それは困ったな。蕪雑の決心は固そうだ」

 すこしも困ったそぶりなく、玄晶が肩をすくめる。

「……俺っちも」

「うん?」

「俺っちも、蕪雑兄ぃと烏有が、どっか別んとこ行くなら、ついてく」

 おずおずと言った袁燕が、烏有を見る。

「おもしろそうって、それだけだったんだ。烏有が国を造るって言い出したとき、ほんとにできるとか、できないとか、そんなの関係なくさ。なんかちょっと、変わったことができる。おもしろそうだなって。……けどさ、本気でやってるうちにさ、すんごい楽しくなってきてさ。そんで、だから……、烏有と蕪雑兄ぃがいないんなら、俺っち、細工師になれたとしても、うれしくないからさ。だから、俺っちも連れてってくれよ」

「袁燕」

 ぽつりと呼んだ烏有に、袁燕が必死の目を向ける。蕪雑が手招くと、袁燕は卓を飛び越えて、ふたりに並んだ。

「まったく」

 やれやれと息を吐いた剛袁が、眉を下げて口の端を持ち上げる。

「弟の面倒を見なければいけませんので、俺も彼等に同道させていただきます。いろいろとご教授くださり、ありがとうございました」

 慇懃いんぎんに頭を下げた剛袁が、ゆったりとした足取りで移動する。

「面倒って、なんだよ」

 文句を言いながらも、袁燕はうれしそうに剛袁に手を伸ばした。

「さて、烏有」

 玄晶が烏有の心情を見通そうと目を細め、余裕たっぷりに腕を組む。

「彼等はそこまでの覚悟を、持っているらしい。その決意に、どう応える?」

「僕は……」

「俺等のこたぁ気にせずに、してぇようにすりゃあいい」

 迷う烏有を、蕪雑が力強く後押しする。

「これは俺個人で決めたことで、義理立てをしているわけでは、ありませんからね」

 剛袁が無愛想に言い、袁燕は信頼に満ちた笑みを烏有に見せた。

「僕、は」

 唇を迷わせる烏有を、玄晶は唇に笑みを、瞳に鋭さを湛えて見守った。

「……言わなければならないことがあるんだ。聞いてほしい」

 烏有は剛袁を見、玄晶を見て、うなずいた。蕪雑と袁燕が首をかしげる。

「玄晶ははじめから知っていて、剛袁は途中から、必要があって話をしたことなんだけれど」

 ほんのわずか、言いよどんだ烏有は、腹に力を込めて告白した。

「僕は楽士の子どもじゃない。官僚の子どもなんだ」

「え」

 蕪雑と袁燕がポカンとする。

「僕の夢は、両親の夢だった。異教の書物に書いてあった民のための国を、地上に出現させることこそ必要だと、両親はいつも言っていた。玄晶もその話を聞いていたから、知っていたんだ。――その両親が、圧政で苦しむ府の視察に出かけて、暴動にあって死んでしまった。民のための国を理想としていた人たちが、民の手で殺されたんだ」

 烏有は苦痛を堪えるように、皮肉に頬をゆがめた。

「……僕は書物でしか、府の現状を知らなかった。民がしいたげられている府があると、話には聞いていたけれど、遠い世界と感じていた。だから、自分の足で見てまわろうと思ったんだ。どこかに両親の理想どおりの府が、あるはずだって考えた。両親のかかげる理想を迷惑がっている誰かが、暗殺をしたって話もあったから、岐の連中は信用できないと思って、誰にも知られないように旅に出たんだ。それからずっと、楽士の烏有として生きてきた」

 烏有は、蕪雑と袁燕に頭を下げた。

「黙っていて、すまない」

「……てこたぁ、名前も烏有じゃねぇのか」

鶴楽かくらく。それが、僕の名だよ」

 それを聞いた蕪雑が、豪快に笑い出す。

「はっはは! 鶴からからすになって、あっちこっち飛び回ってたってぇワケか。鶴じゃあ、目立っちまうもんなぁ」

 袁燕はキョロキョロと全員の顔を見比べ、ポンッと手を打った。

「そんなら、烏有が領主になっても、問題ねぇってことか」

「そういうことになるな」

 玄晶がうなずけば、烏有は首を振った。

「そう簡単なことじゃない。僕は出奔しゅっぽんしたんだ。領主になるなんて、認められるはずがない。それに、僕はウソをついていたんだ。どうしてそのことを責めないんだ」

「責める? なんで、責めなきゃならねぇんだよ。前にも言ったろう。なんか隠してんなってのは、気づいてるってよ。そんで、それがバレても俺ぁ、烏有の味方だって言ったよな。根っこの部分でウソをつかれてねぇんなら、どうってことねぇよ」

「そうそう。親が死んだから、なんて、なかなか言えるモンじゃねぇしさ。ずっと黙ってて、苦しかっただろ。俺っちも、ぜんっぜん怒ってねぇからな」

 蕪雑と袁燕が、烏有の肩を軽く叩いた。

「烏有。君が本気で望むなら、簡単にとはいかないが、領主になる道はあるぞ」

 言葉を失っている烏有に、玄晶がニヤリとする。

「忘れたのか。私も父も、母すらも君を心配していたと伝えたはずだ。せめてもの応援、といえば聞こえはいいが、自分たちの気休めのために、鶴楽は勉学のための旅に出たと届け出て、鶴楽という人間を、書類上で生かし続けていたからな。君の財力と私や父の後援があれば、領主になるのは可能だよ」

「……財力? 僕の財産はすべて、明江の建設に投じたはずだ」

「すべてを使いっぱなしにしていたと、思っているのか。そこまで理財にうといと、先が思いやられるな。山に住んでいた者たちや、その縁者のおかげで、畑ができるまで待たずとも、商品となるものが生み出された。人も早い段階での流入があったからな。税の集まりも悪くない。船着場の停泊料も、いい収入になる。なにせ計画があってからの、興国だからな。無駄むだなく建設していける。むろん、予定通りにいかない場合も、想定済みで計算をしてある。烏有の両親の遺産は、すべて手つかずで管理してあったからな。資金は潤沢だ。すべての支出を回収できてはいないが、領主になるための手続きをするにしても、ここを出て新たに村を興すにしても、十分な資金は残っている」

 玄晶は言葉を区切り、強く堅い視線で烏有の意識を捉えた。

「明江の領主になるか、ここを出て新たな興国の地を求めて流浪するか。それは鶴楽の好きにすればいい。ただし、そうすることで周囲がどう思うか。自分を取り囲んでいるものに目を向けて、答えてくれ」

 緊張に、烏有の喉が動く。

「僕は……」

 言いかけて、烏有は首を振った。指が白くなるほど拳を握り、うめく烏有に案じる視線が集まる。

「まあ、いきなり決めろと言っても、こくだろう。夕食までに、じっくりと考えておいてくれ。ひとりになり、いままでのことを振り返りつつ、この明江を見て回るといい。――それではここで、ひとまず解散としよう」

 玄晶が軽く手を叩き、袁燕が、剛袁が、蕪雑が、烏有の肩を軽く叩いて部屋を出る。

「最高の友人だな」

 最後に玄晶が烏有の肩を叩いて去り、会議室には明江の区画図案と烏有だけが残された。

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