妖育―忠義の果てにー

水戸けい

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革筒

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「さて。あんたの維持管理のことなんだが……」

 従僕がリュドラーの腕の筋肉を揉みながら確かめる。

「これほど質のいい筋肉を持っているんだから、しっかりと調整してやらんと、サヒサ様に叱られるな。――あんた、普段はどうやって体を調整しているんだ。いままでの調教師は、どうやってあんたを管理していた?」

 リュドラーはちょっと眉をひそめたが、不快を前面に出すのを堪えた。

「調教師はいない。すべて自分で調整をしていた」

「具体的には、どんなことをしていたんだ」

「走り込みや筋力トレーニング、実践的な手合わせと素振り。あとは、まあ、その折々でいろいろとだ」

 相手がいなければならないものもあると示せば、従僕は「ふうむ」と腕を組んで顎に手を当てた。

「手合わせってのは、ちょっと難しいな。走り込みは馬場の内側でも充分だろう。筋力トレーニングは……、まあ、サヒサ様に言えば道具をそろえてもらえるとは思う。あんたの肉質を落とすのは惜しいからな。しかし、本当にいい体つきをしている。性奴隷と聞いたが、拳闘の選手と言われても遜色はない。――あんた、どこで飼われていたんだ」

 どうやらこの従僕は、リュドラーがずっと奴隷として生きてきたと思っているらしい。

(無理もない)

 一般的には、奴隷は奴隷として生まれ、生きるものだからだ。例外としてあるのは、罪人となって奴隷に落ちるか、不幸なめぐりあわせのために奴隷になってしまうかのどちらかだ。従僕はリュドラーを、そのどちらでもないと判断している。

「俺の主はただひとり。あのお方のほかに仕えたことはない」

「なるほど。あのキレイなご主人様の奴隷として飼われてきたんだな。とすると、護衛も兼ねた性奴隷、というところか。そういうものがあるとは聞いていたが、見るのははじめてだ。あんたほど屈強な性奴隷なら、お楽しみの最中に賊に踏み込まれても安心だろう。――しかし、あのキレイなお客人がねぇ」

 人は見かけによらないとつぶやく従僕に、リュドラーはトゥヒムが想像で辱められたと感じた。

「俺とあの方は、そういう関係ではない」

「へっ?」

「いたって潔白な間柄だ」

 リュドラーの声に滲む苛立ちに、従僕は目を丸くした。

「ははぁ、わかったぞ。つまり、これからそうなるということだな。これで合点がいった。あんたからは性奴隷らしい雰囲気を感じられないから、不思議だったんだ。これからそっちに調教されるってことなんだな。なるほど、なるほど。あのキレイなお客人の相手を務めつつ、護衛もできるようになりたいと、あんたが望んだのか。それとも、もとからそういう約束で飼われていたのか」

 リュドラーは質問にたじろいだ。そういう考え方は世間では当たり前なのだろうか。

「どうして、そんな質問を?」

「覚悟の問題だ。いくら長年仕えていたとは言っても、やったことのない仕事を与えられたら、とまどうだろう。ましてや性奴隷の仕事だからな。もとからそういう覚悟があるかないかで、姿勢も変わる。こちらはあんたの覚悟の度合に合わせて管理しなきゃあ、いけないんだ。馬だって、はじめから人を乗せるもんだと思って調教されるやつと、そんなことはちっとも知らずにいるやつがいる。考えの違う馬をおんなじに扱っちゃあ、せっかくの名馬もダメになっちまうんだ。――それで? あんたの覚悟は」

 リュドラーはグッとこぶしを握った。

「命じられたのは、昨夜だ。だが、あの方のためならば、俺はどんなことでもできる」

「そうか。感心な心がけだな。そういうことなら、遠慮なく性奴隷としての扱いをさせてもらうぞ」

 そう言った従僕はリュドラーを上から下まで改めてザッと確かめ、股間に視線を置いた。

「その恰好じゃ、運動をするのに困るだろう。動くたびに揺れて、邪魔になる。かと言って、ずっとおっ立てているわけにもいかんしな」

 布越しに透ける陰茎を見つめられ、リュドラーは居心地の悪さを覚えた。しかしここで羞恥を見せるわけにはいかない。さきほど覚悟ができていると答えた。その言葉から、真剣味が消えてしまう。それはすなわち忠誠を疑われることだと、リュドラーは全身に力を込めてこらえた。

「うーん。ちょっと待っていてくれよ」

 そう言って従僕は馬小屋の奥にある、ちいさな家へ小走りに向かった。あれが彼の家なのだろうと見送ったリュドラーの肩に、一頭の馬が鼻づらを擦りつけてきた。フッと笑みを浮かべて、リュドラーは馬の顎を撫でる。

(いい馬だ)

 性格もおだやかで、警戒心がない。よく人に慣れ、なついている。この馬たちの世話をしているあの男の仕事の腕はたしかだと、リュドラーは馬を通して理解した。

 あの男はサヒサに信頼をされている。だからこそ自分の世話も任されたのだろう。

 リュドラーは屋敷を見上げた。トゥヒムはどこでなにをしているのか。足の裏を治療されたと従僕は言っていた。靴を履かせる余裕が持てず、ケガを負わせてしまったことを悔やむ。

(トゥヒム様――)

 心の中で名を呼んで、手厚く遇されていることを祈った。

(このリュドラー。たとえ、どのような屈辱的なことであっても耐え抜くと誓います。しっかりとサヒサの条件を満たし、あなた様を守り抜いてみせます)

 胸の奥に深く刻まれている、ちいさな手の温もり。あれが忠義の楔となって、リュドラーを支配していた。

 すっかりリュドラーを受け入れている馬を撫でていると、馬がふいっと鼻先を動かして歩きはじめた。なんとなくリュドラーもそれに従う。馬は柵の外周をゆっくりと歩いていく。残りの馬も、のんびりと散歩をする馬に従った。ここの馬は仲がいいらしい。

(そして俺は仲間と認識された、というところか)

 自分を囲んで歩く馬たちは、この馬場を案内しているつもりなのだと気づき、リュドラーは苦笑した。おそらく従僕の態度から、姿かたちは違うが立場はおなじだと判断したのだろう。馬はとても頭がいい。

 馬場は鍛錬をするのに充分すぎるほどの広さがあった。しかし、走り込みはともかく武器を持っての素振りなどは、馬を怖がらせはしないか。負荷を必要とする筋肉トレーニングの道具は、水を張った桶などで代用をする程度になりそうだと予想する。

 乗馬の鍛錬は可能だろうか――?

「おお。すっかり受け入れられたな」

 汗をかきかき戻ってきた従僕が、うれしそうにリュドラーを手招く。馬たちから離れ、リュドラーは従僕の手にある革紐を見ながら近づいた。

「人と馬という隔たりはあるが、どっちもこれからは俺が世話する仲間だからな。結構結構」

 言いながら従僕は革紐をリュドラーに見せた。それは指を二本そろえたくらいの幅の、平たいものだった。

「……それは?」

「運動するのにブラブラしてちゃあ困るから、これで留めるのさ」

「まさか……、それで縛るのか」

「ん? まあ、当たらずとも遠からずだな。縛って擦り傷ができたら問題だろう。これをちょっと加工して、留め具を作るんだよ」

 馬小屋まで連れていかれたリュドラーは、男が作業台に革紐を置いてハサミや木槌を取り出すのをながめた。

 どんな作業がなされるのか、さっぱり見当がつかない。

「さ。シャツをまくって見せてくれ」

「なっ……」

「ほら、はやくしないか。サイズを計るんだ」

(……おなじ男同士。べつに恥ずかしがることもあるまい)

 自分に言い聞かせ、リュドラーは裾を持ち上げた。鍛錬の後に誰もが裸になり、井戸水をかぶったことは幾度もある。そのときは羞恥などかけらも感じなかったというのに、こうして自分でシャツをまくると妙な気分になった。ムズムズとした居心地の悪さが足元から這い上がる。

 従僕はヒョイとリュドラーの前にしゃがんで、陰茎のクビレに革紐をまきつけた。

「おっ。ちょっと頭が上がっているな。緊張をしているのか。――まあ、怖いことはないから安心しろ」

 なんとも答えられず、リュドラーはむっつりと口をつぐんでいた。

 男は革紐を切ると、今度はリュドラーの腰に革紐を巻きつけ、長さを確認した。

「きちんとしたものはサヒサ様がご用意なさるだろうから、とりあえずの間に合わせだ」

 言いながら、従僕は作業台に向かって金具を木槌で取りつけて、革筒の真ん中にベルトのついた、短剣の鞘に似たものをこしらえた。

「さて、どうだ」

 従僕がまたリュドラーの前にしゃがみ、革筒をリュドラーの陰茎にかぶせる。それは先端の張り出しギリギリの幅しかなく、擦れた瞬間リュドラーはちいさくうめいた。

「これくらいにしておかないと、ゆるいと動いてしまうからな」

 言いながら、従僕はリュドラーの陰茎を天に向ける状態で腹に添わせ、動かないようベルトで固定した。

「ちょっと不格好だが、これで動きやすいだろう。――どうだ。ちょっとその場で跳ねてみろ」

 カッとリュドラーは羞恥の熱に襲われた。従僕が首をかしげる。

「どうした。不具合でもあるのか」

「――いや」

 この程度でうろたえてどうすると、リュドラーは自分を叱咤する。性奴隷になると決めたのだ。もっと強い辱めが待っている身だというのに、うろたえるのは覚悟が足りていない証拠だ。騎士のプライドが邪魔をしている。そんなものは捨ててしまえ。

「跳ねればいいんだな」

「ああ、そうだ」

 リュドラーは二度ほど飛んだ。わずかな筒の隙間に陰茎が揺れて傘の裏に刺激が走る。無防備な蜜嚢の揺れを感じて、リュドラーは顔をしかめた。

「玉受けも必要だな。だが、それを作るとなると、もっときちんと測って作ったほうがいい。そのへんはサヒサ様が手配をなされているだろうから、正式なものを与えられるまでは、それでガマンしておいてくれ。なんにもつけていないよりはマシだろう」

「……ああ。その、礼を言う」

 迷いながらのリュドラーに、従僕は満足そうに腰に手を当てた。

「シャツはもう下ろしていいぞ。鍛錬は……、そうだなぁ。とりあえず今日のところは馬の世話でも手伝ってもらうとするか。それも体力がいるからな。することがないよりはいいだろう」

 どうだと問われてリュドラーはうなずく。

「よし。そんならまずは、馬房の掃除からだ」

 差し出された箒を受け取り、リュドラーは奥の馬房へ向かった。歩くたびにわずかに動く陰茎の傘裏が、革筒に擦れて淡い刺激をリュドラーに与える。しばらくすると、刺激に膨らんだ陰茎が筒の隙間をピッタリと埋め、動かなくなった。

 それはいいのだが、陰茎に集まった熱をどう処理すればいいのか。

 こんな感覚を抱えたまま生活をしなければならないのかと、リュドラーはあまりにも違う生活のはじまりに困惑しつつ、トゥヒムへの忠誠を胸に浮かべて受け入れた。
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