妖育―忠義の果てにー

水戸けい

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接触

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 覗き穴から様子を見ていたトゥヒムとは違い、まさか主に見られているとは予想だにしていなかったリュドラーは動きを忘れた。

 体温が抜け落ちていく。心音がやけに大きく聞こえて、呼吸すらもうるさく感じた。

「……」

 開いた唇からは、渇いた息が漏れるばかりだ。

 強すぎる衝撃に時が止まったかのように、リュドラーは呆然とトゥヒムを見つめる。

 金の絹糸のような髪に包まれた、透き通った白い肌。無垢に輝く青い瞳は潤み、揺れている。血色のいい頬は年頃の娘のようにふっくらとして、細いおとがいに向かってなだらなか曲線を描いている。

 見間違いようもない。身を堕としてまで守ろうと決意をした相手が、目の前にいる。

「有能な騎士である君なら、壁の向こうから見られていると気づいていただろう」

 サヒサが愉快に喉を震わせる。

「トゥヒムはずっと、見ていたんだよ。君の肌が従僕や仕立屋の指に震えて、興奮に赤く染まる姿をね」

「――ッ!」

 息を呑んだリュドラーの視界で、トゥヒムが恥じらいを浮かべた。しかし視線はリュドラーから離れない。

 ふたりは見つめ合ったまま、ひと言も発せずにサヒサの声を聞いていた。

「君が教育を受けなければならないのと同様に、トゥヒムもまた性奴隷の扱いを覚えなければならないんだ。だから自分は提案をしたのだよ。リュドラーの教育の一環を担わないか、とね」

 悪寒がリュドラーの背骨を駆け上がる。それは決して不快なものではなかった。トゥヒムの目のうるみが情欲のせいだと気づいたリュドラーは、ふたたびゾクゾクと薄暗い興奮の悪寒に襲われた。

「リュドラー」

 トゥヒムはリュドラーの肌の震えを、屈辱のせいだと捉えた。あさましい行為にさらされている姿を見られたのだから、当然だろう。

(だが、私はリュドラーの前に出ることを選んだ)

 トゥヒムはリュドラーの薄く開いている唇を見た。そこに自分の陰茎を埋めたい。象牙の器のように、舐めしゃぶられたいと望んだ自分をサヒサに指摘された。

 リュドラーの唇をはじめて穢す役を、誰にも渡したくない。自分の知らないところで、彼が騎士から性奴隷へと変わっていくなど許せない。

(許せない……?)

 トゥヒムは自分の感情に疑問を浮かべた。なぜ、許せないと思ったのだろう。リュドラーは自分のために、騎士のプライドを捨てようとしている。それを許せないというのなら、庇護を断ればよかった。――いいや、違う。そうじゃない。この感情は、そういうものではない。

(どうして……)

 リュドラーはトゥヒムが見ていたと知らされた瞬間の、悪寒に似た興奮に疑問を浮かべた。こんな姿を、城の奥深くで大切に守り育てられたトゥヒムに見られるなど、恥辱のほかに浮かべるべき感情はないはずなのに、鼓動はそれとは違ったリズムを刻んでいる。

(この感覚は、なんだ)

 答えを求めて、リュドラーはじっとトゥヒムを見つめた。

「さあ、トゥヒム」

 サヒサになにを促されたのか、トゥヒムは理解した。しかし、自らの手で欲の象徴をリュドラーの眼前に現すのはためらわれる。気づいたサヒサが指を鳴らすと、従僕がトゥヒムのズボンに手を伸ばし、前を開いた。

 ぶるん、と勢いよく凝った欲が顔を出す。

「っ……」

 トゥヒムは羞恥に頬を染め、リュドラーは興奮しきったその姿に目を剥いた。

 リュドラーはトゥヒムが、あらゆる欲から遠い場所にいるものと認識していた。それなのに、無垢なトゥヒムにそぐわぬ肉欲が隆々とそびえている。

「トゥヒムは君を見て、これほど興奮しているのだよ」

 リュドラーの意識にサヒサの声がジワリと滲んだ。

(トゥヒム様が、俺に――?)

 リュドラーの目はトゥヒムの肉感的な部分に縫い留められている。サヒサは腰をかがめ、リュドラーの耳にささやいた。

「採寸の時は、興奮のあまり達してしまった。――君にハンカチを届けただろう? あれは、トゥヒムが濡らしたものだ」

 ビクンとリュドラーの背が跳ねて、陰茎が揺れる。ぱた、と先走りが床に落ちた。

「まこと……、ですか」

 かすれたリュドラーの声に、トゥヒムはぎこちなくもしっかりとうなずいた。

「私は、乱されるおまえを見て興奮をした。……幻滅したか?」

 いいえ、とリュドラーの喉から熱い息が漏れる。

(トゥヒム様が、俺を見て興奮なされた。……達するほどに、興奮なされた)

 グルグルと脳裏をめぐる言葉が、リュドラーの肌身を熱くする。どうして、という疑問を浮かべる余裕もないリュドラーの様子に、トゥヒムはさみしげにほほえみながら、股間をさらに滾らせた。

(その開いた唇に、私の肉欲を押し込みたい。――ああ、私はなんてあさましいのだろう。私のために望まぬ扱いを受けているリュドラーに、これほど欲情するなんて)

「リュドラー」

 腰を浮かせたトゥヒムの肩に、サヒサが手を置く。

「リュドラー。大切な主の肉欲を鎮めてあげたまえ。トゥヒムの足の傷は、まだ癒えてはいないんだ。主を動かすのは、しのびないだろう?」

 ふらりとリュドラーが腰を浮かせると、トゥヒムは手すりの上でこぶしを握った。

 リュドラーの視線はトゥヒムの陰茎に注がれている。その目はなにかに操られているように、茫洋としているくせに焦点がハッキリと定まっていた。薄い唇から赤い舌先が覗いている。それがゆっくりと股間に近づくさまを、トゥヒムは固唾を呑んで見守った。

 トゥヒムの腰に、その容色にはそぐわないものがそびえている。それがリュドラーを誘っていた。凛と立ち上がっているそれは、慰められたがっている。興奮するふたつの脈が呼応して、リュドラーは吸い込まれるように唇をトゥヒムの陰茎に近づけた。

 イスの手すりを掴み、舌を伸ばしてクビレの裏をひと舐めしてみた。

「っ……、ぅ」

 押し殺した熱っぽい息が頭上から落ちてくる。象牙の器とは違い、やわらかく温かい。リュドラーはおそるおそる舌を動かし、トゥヒムの熱を確かめた。口に含むのは、歯で傷つけそうで恐ろしい。

「ぅ……、ん、ぅ」

 トゥヒムは全身に力を込めて、リュドラーに与えられる淡々とした刺激を受け止めた。チロチロと舌先でくすぐられるのは、ひどくもどかしい。リュドラーはこんな刺激をずっと受けていたのかと、従僕の指に乱されていた彼の姿を思い出す。

 リュドラーは猫のように、トゥヒムの陰茎を舐めている。口内に入れるのは、やはりためらいがあるのだろうと、トゥヒムは背徳感に欲をたぎらせた。

(私は、なんて罪深い感情を持っているんだ)

 リュドラーの苦渋の選択に喜びを見出している。リュドラーがいつまでもクビレと鈴口の間ばかりを舐めているのは、屈辱に耐えているからに違いない。

 トゥヒムは下唇を噛みしめ、あわれみを覚えながらもリュドラーの姿に色情をつのらせた。

 そんなふうに見つめられているとは、リュドラーはすこしも気づいていなかった。ただ目の前のトゥヒムの欲が珍しく、どう対応をしていいのかがわからない。荒々しい見た目とは裏腹に、舌に触れる感触は弾力があり、うっかり乱暴に扱ってしまっては傷がつきそうに思われる。

 なにより、これがトゥヒムの一部だとは信じられなかった。

「そんな動きばかりでは、トゥヒムが苦しいだけだろう。リュドラー、象牙の器で訓練をしたように、口内に含んで吸ってやったらどうかね」

 サヒサに指摘され、リュドラーは顔を上げてトゥヒムを見た。苦しげに眉根を寄せたその顔に、淡い刺激にわなないていた自分を思い出す。

(そうだ。――これほど硬くなされているのだから、はやく楽になりたいに違いない)

 しかし、象牙の器のほかに経験のない自分が、うまくできるのか。リュドラーはトゥヒムの陰茎に視線を戻し、迷った。

「まさか、トゥヒムの陰茎を汚らわしいとでも思っているのかね」

「そんなことはない!」

 鋭く反論すれば、サヒサは「おやおや」と眉を上げた。

「ならば、ありがたく食すことだ。――はじめての相手は従僕よりも、トゥヒムのほうがいいだろう? トゥヒムはそのために、隣の部屋からこちらへ移動してきたのだからな」

(俺のために、トゥヒム様はこのような役をお引き受けなされたのか)

 ならば自分はその温情に応えようと、リュドラーはイスの手すりを強く握り、トゥヒムの陰茎に唇をかぶせた。
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