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「忘れ物は、なし……っと」
荷物を広げて確認しなおしたカターナは、ズィーラが用意した弁当を、リュックに詰め込んだ。
カターナが荷物を確認するのは、これで3度目。眠る前と、起きてすぐ。そしていま、出かける直前にしているこれが、3度目だ。
不足しているものはないと、安心したカターナはリュックを背負った。
「それじゃあ、いってきます」
「気をつけてね」
「はーい」
アルテはとっくに、外に出ている。すこしの不安と大きな期待に足をはずませたカターナは、森の入り口に小走りで向かった。
「おはよう!」
カターナの他は、全員がそろっていた。
「おはよう、カターナ。調子はどう?」
「ディルの薬のおかげで、ばっちりよ。すごくよく眠れたわ。……とんでもなく、まずかったけど」
カターナが顔をしかめると、「まったくだ」とニルマが鼻を鳴らす。
「疲労回復と睡眠の薬だって言うから、仕方なく飲んだが、とんでもない味だったな」
「でも……すごく、よく効いたから……。ディル、ありがとう」
リズが頭を下げると、それを見たマヒワが首だけで軽く感謝を示した。
「どういたしまして。練習の疲れが残っていると困るし、興奮して寝不足になるのも、問題だからね」
ディルがカターナを見ながら言う。カターナは唇を尖らせて、けれどそれほど機嫌が悪くはなさそうに、文句を言った。
「私は、興奮で眠れなくなるタイプなんだから、しかたないでしょう」
楽しげな雰囲気が5人を包む。それをながめていたアルテが、厳しい声を出した。
「浮かれるのはいいが、これから君等の誰も入ったことのない、森の奥に行く危険を、頭の隅に置いておけよ」
「わかっているさ。だから、この4日間、あんたの言うとおり訓練をしてきたんだろう」
ニルマが大きな体を、ずいとアルテの前に出す。
「たかが4日の訓練だと思っておくがいい」
「……でも、私……すごく、成長した気が、します」
「私もよ。走りながら鳥を射抜けるようになるなんて、夢みたい」
リズとカターナが笑みを交わす。それにディルがほほえみを向け、マヒワが無表情のまま、うなずいた。
「そういうことだ。あんたには、感謝している」
ニルマが尖った犬歯をむきだして笑うと、アルテは全員に向かって言った。
「これからオレは、よほどのことがないかぎり、手出しはしない。離れて、君等について行く。オレを頼るな。自分たちの力で、バ・ソニュスを見つけて戻れ」
「もちろん、そのつもりよ」
カターナの声に、全員がうなずいた。
「それじゃあ、そろそろ出発をしようか。森の中で迷うかもしれないし、遠回りをしなきゃいけない場合もあるかもしれないから」
ディルが言うと、「あの……」とリズが首に下げた、大きな赤い石を握った。
「影の鎧の魔法、かけようと思うんだけど」
「それは、もっと森の奥に入ってからにしよう。継続時間もあるし、魔力はなるべく、銀狼と戦うために、温存をしておいたほうがいい」
ディルがリズに答えながら、意見を求めるように皆を見回す。
「そうだな。なるべく余計な魔力は使わないで、奥へ進むとしようぜ」
「そうね。行って、帰ってこなきゃいけないし。体力を消耗してしまったときに、魔法があると心強いわ」
ニルマとカターナが言い、マヒワが首を動かして同意を示す。
「そういうことだよ、リズ。気楽すぎるのもよくないけど、心配のしすぎも問題だから」
「……うん」
リズが目じりを赤くしながら、うつむいた。
「なんだかディルが、リーダーみたいね」
からかい半分でカターナが言うと、ニルマがムッとした。
「こいつが、リーダーだと? それはどうかと思うがな。リーダーを決めておくんなら、オレがいいんじゃないか。狩りの仕事の経験が、多いほうが判断もつきやすいだろう」
「私は、たとえで言っただけよ。リーダーとかそういうの、決めなくてもべつに、いいじゃない。それぞれができることを、連携しながらしていけばいいんだし」
カターナがリズに目顔で同意を求める。リズはニルマを恐々と見上げ、カターナの意見に賛成だと答えた。
「我、ディルが指図をすることを、求める」
マヒワの声に、全員が目を向ける。
「混乱をする。指示の中心が決まっている、大切。……だから、ディル」
「おい、マヒワ。ディルは狩りの仕事を、したことがないんだぞ。それで指示ができると思うのか」
「思う」
はっきりと、マヒワは言った。
「ニルマ、カターナ、我は、前に出て戦う。リズは後方。けれど攻撃的な後方。そしてリズ、怖がり。ディルは、回復と援護が得意。全員の能力を把握している。訓練のときに、アルテとおなじ目で、我等を観察していた」
カターナは感心した。
「マヒワって、そんなふうに目を配っていたのねぇ」
「ディルの指示に、我は従う」
「リーダーを決めた方がいいのなら、私も、ディルがいいな。……怖くて、へんなときに魔法、使っちゃいそうだから。ディルなら、安心できるし」
「そういうことなら、私も賛成よ。ディルの援護はいつも的確だから、指示もきっとそうだと思う。……さあ、ニルマ。どうする」
ぐ、と喉をつまらせたニルマは、ディルをにらんで舌打ちをした。
「おまえらがそう言うんなら、それでいい。――マヒワの意見が間違うなんざ、考えられないからな」
マヒワはニルマの信頼に、薄い笑みを浮かべた。
「そういうことだけど。ディルはどう?」
カターナは、彼が断わるわけはないと、自信に満ちた笑みでディルを見た。彼女の予想どおり、ディルは照れながらも、よろしくと頭を下げる。
「それじゃあ、リーダー。指示をちょうだい。これから、どうすればいいの」
「そう呼ぶのはやめてくれよ、カターナ。いつもどおり、ディルのままがいいな。皆も、そうしてくれるよね」
「誰が、わざわざリーダーなんて呼ぶかよ」
ニルマが鼻先で笑う。
「ありがとう、ニルマ。それじゃあ、まずは狩場に入ろう。バ・ソニュスまでの地図はないから、カターナは木の上から、マヒワは獣に問いながら、道を確認してくれないかな」
「わかったわ」
カターナが答え、マヒワがうなずく。ふたりの返事を受けて、ディルは森に顔を向けた。
「それじゃあ、行こうか」
わずかな緊張を含んだ声に、皆が足を踏み出した。
スルスルと木から下りたカターナが、道を示す。それに従って木々の間を進んで行くと、川にあたった。
「これ、湖に流れている川かしら」
川幅は広く、流れはゆったりとしている。
「だと思うよ。あの湖には、何本か川が流れ込んでいるから」
カターナの疑問にディルが答える。
「どうしよう。……川、すごく広い」
眉をひそめて、リズが川をながめた。
「泳いで渡るってわけにも、いかないし。橋がどこかにないかしら」
「あるわけないだろう。こんなところに、橋をかける理由なんか、ないんだからな」
キョロキョロするカターナに、ニルマが鼻の頭にシワを寄せた。
「おい、ディル。風の魔法で向こうに渡れないか」
「風で皆を向こう岸に押し流すことは、可能だよ。だけど、障害物と出くわすたびに、そんなことをしていたら、魔力をどれほど消耗するか、わからないからね。なるべく使わずに済ましたいんだけど……」
言いながら、ディルが周囲を見回す。
「私、ちょっと木に登って、渡れそうなところがないか、調べてくる」
言い終わらぬうちに、カターナは手近な木を軽やかに駆け上がり、森を見渡す。川は陽光をきらめかせ、帯のように森の中に横たわっていた。
手びさしをして、目を凝らす。しかし川幅が狭く見えるところは、どこにもない。
「だめ。わからないわ」
落胆しながらカターナが降りると、マヒワが蔓を集めて編んでいた。
「それ、どうするの?」
マヒワが無言で、対岸の木を指す。首をかしげたカターナに、ディルが説明をした。
「縄をあの木にかけて、渡ろうって提案をしてくれたんだ」
カターナは目を丸くし、リズを見た。彼女は不安そうにマヒワの作業を見ている。
「縄と蔓をつなぐ。長さは、これで足りる」
作業をしながら、マヒワが言う。
「でも、あんな遠くまで縄を飛ばせないでしょう」
マヒワはカターナを不思議そうに見、指笛を吹いた。すると木の幹のような羽色をした、大きな鳥が舞い降りてきた。
「トビ?」
リズがつぶやく。
「手伝い」
マヒワが革の籠手に、トビを止まらせる。トビの足は太く、鋭い爪がついていた。
「我、操獣師」
「ああ。そっか」
カターナが納得すると、マヒワはうなずいてトビの足に縄をつけた。腕を上に動かせば、放り出されたようにトビが飛び立ち、対岸の木の枝に止まる。マヒワが指笛を吹くと、トビは幹をぐるっと回って戻ってきた。
「これで、渡れる」
トビの足から縄を外したマヒワが、腰の皮袋からネズミを取り出す。それを空中に放り投げると、トビはそれを掴んで飛び去った。
「ニルマ」
「ああ」
マヒワに呼ばれ、ニルマは縄と蔓を持って、手近な太い木にくくりつけた。力を込めて揺らし、しっかりと固定されているかを確認する。ニルマはそのまま縄にしがみつき、慎重に川を渡りはじめた。マヒワとアルテを除く3人が、固唾を呑んで彼を見守る。
ニルマは無事に対岸に到着し、大きく片腕を振り回した。
「わ、私……」
おびえるリズに、マヒワが手を差し出す。
「え」
「我、運ぶ」
「でも」
「そのほうが、はやいし安全」
リズは心配そうにカターナを見た。
「ニルマが渡れるんだから、マヒワとリズがいっしょに渡っても、重さは問題ないわよ。リズがひとりで渡るより、マヒワがリズを運んでくれるほうが、安心だわ」
「カターナは……、その、ディルに……連れていってもらうの?」
「私が? あはは。私は木のてっぺんにだって、簡単に登れるのよ。綱渡りぐらい、なんともないわ。むしろ、ディルに運ばれるほうが怖いわよ」
さらりと言われ、ディルは苦笑した。
「僕は縄が切れたりしたときに、風の魔法で向こうへ運ばなくちゃいけないから、渡るのは最後にするよ」
「自分のときは、どうするの?」
「自分を自分の魔法で運ぶさ」
カターナの疑問に答えながら、ディルはリズに安心してと笑顔で示した。リズは不安をにじませたまま納得し、マヒワの背中に蔓でしっかりと結びつけられる。
「動かない。しっかり、掴まる。――信じて」
「うん」
マヒワは危なげない動きで、リズを背に括りつけたまま、対岸に渡った。ニルマが手を貸し、地面に降りる。いいぞ、と叫びながらニルマが手を振り、カターナは縄に手をかけた。
「カターナ。それだと矢が川に落ちるかもしれない。矢筒をなにかで、くるんだほうがいいいよ」
「そう言われても、なんにもないわ。……あ、そうだ」
カターナはリュックから弁当を取り出し、そこに矢筒をさかさまに入れると、弁当を蔓でくくった。
「これなら、いいでしょう」
「うん。気をつけて」
「わかった」
縄に飛びつき、慎重に手足を動かす。思うよりも難しく、カターナはしばしば動きを止めた。
「あのふたりは軽々とやっていたのに」
立っているときには、それほど強く感じなかった風が、ぶら下がっているカターナを揺らしてバランスを崩そうとする。足を縄にひっかけ、あおむけに這うように、カターナは空を見つめて前に進んだ。
視界に映る景色が変わらないので、進んでいる気がしない。見た目よりもずっと、川幅が広く感じられて、カターナはじっとりと緊張の汗をにじませた。
「あせるな! ゆっくりでいい」
ニルマの声がする。いつも憎まれ口ばかり向けてくる彼の声援に、カターナは笑みを浮かべた。緊張がすこしほぐれる。
「そうだ。ゆっくりだ、カターナ。ちゃんと進んでいるから、大丈夫だ」
ニルマの声に向かって、カターナは進んだ。不安と緊張に呼吸が浅くなりかけるのを、意識して堪えながら、カターナはなんとか対岸まで渡りきった。
「よくやった」
ニルマの大きな手が腰に触れて、カターナは体の奥から安堵を吐き出した。縄から手足を離すと、ニルマがカターナを降ろしてくれた。
「ありがとう、ニルマ。心強かったわ」
「オレは、べつに……。落ちられると、手間がかかるからな」
ふいっとニルマが顔をそむける。
「カターナ。……よかった」
瞳をうるませるリズに、カターナは顔をほころばせた。
「やだ、リズ。危険はまだまだ、いっぱいあるかもしれないのよ。このくらいで、そんな顔しないで。銀狼との対決だって、待ち構えているんだから」
「だって……」
「心配してくれて、ありがとう。このとおり、私は無事よ。それより、ディルは大丈夫かしら」
見れば、ディルが必死な顔で縄にしがみつき、苦労しながらこちらに向かってきていた。
「ディル、がんばって」
「あわてなくていいぞ」
カターナとニルマの声援を受けて、ぎこちない笑みを浮かべつつ、ディルも無事に渡りきった。
「アルテさんは、どうするのかしら」
全員が渡りきるのを見守ったアルテが、対岸にいる。彼は森に入る前の宣言どおり、見張り役に徹して、手も口も出してこなかった。
「自力で渡るのか、この縄を使うのか、どっちだろうな」
ニルマが腕を組む。
「使ってもいいでしょう。アルテさんのおかげで、許可をもらえたんだから」
カターナの言葉に、リズがうなずく。ディルとマヒワは、なにも言わなかった。
「あっ」
アルテが木の上に飛びあがった。かと思うと、きらめくなにかが飛んできた。それはしっかりと木の幹に刺さった。そこから、細い縄が伸びている。それをたどるように、アルテが中空を滑った。
「なにを、ぼうっとしているんだ」
あっという間に川を渡ったアルテに、皆がポカンとする。
「その道具は、なんだ」
ニルマがぎこちなく問うと、アルテはこともなげに縄を巻き取り、幹に刺さった刃物を抜いた。
「見てのとおりだ。都合よく、蔓が手に入るとは限らないからな。これがあると、崖を上るのにも便利だ」
「村に帰ったら、それの作り方を教えてくれる?」
カターナが目を輝かせると、アルテは軽く肩をすくめた。
「教えても、この村には材料がない。この縄は、特殊な素材でできているからな。こんな道具があると覚えておいて、いつか旅に出たときに、探せばいい」
「いつか、旅に出たときに……」
カターナが夢を見るようにつぶやくと、ディルは彼女に心配そうな目を向けた。リズはそんなディルを見つめ、ニルマは興奮と衝動を抑えようと、目を閉じて天を仰ぐ。マヒワは淡々と、蔓を切って縄を回収していた。
「さあ、これからどうする」
アルテの言葉は、この冒険の目的ではなく、これから先の人生の道を示しているように、耳に響いた。
「川に沿って、しばらく行く。バ・ソニュスは上流の岩場の近く」
マヒワが川面を見ながら言った。水中にいるなにかに、道を聞いたらしい。
未来に思いをはせて、想像に思考を包まれていた面々が、ハッとする。
「誰かに道を聞いたのね」
カターナの問いに、マヒワがうなずく。
「それじゃあ、出発しましょう。祭がはじまるまでに、戻らなくっちゃいけないんだから」
「その前に、カターナ。矢筒を出しておきなよ。それじゃあ、すぐには使えないよ」
ディルに指摘され、気づいたカターナはあわてて矢筒をリュックから出した。
「はりきるのはいいが、細かいことにも気をつけろよ」
「わかってるわよ」
ニルマの指摘に、カターナが頬をふくらませる。
「それじゃあ、行こうか」
ディルの声に、ひきしまった顔で、皆がうなずいた。
皆の雰囲気が出発のころよりも冷静に、いい意味での緊張を帯びてきていることに、アルテは目を細めて、口の端を持ち上げた。
太陽が中天にさしかかるよりも、すこしはやい時間に、ディルの提案で昼休憩をとることになった。
「私……すこしだけど、パンを焼いてきたの。あの、よかったら」
リズが包みを開けて、野菜を練りこんだパンを出す。
「わあ、すごい! リズが自分で焼いたの?」
身を乗り出したカターナに、リズがはずかしそうに笑う。
「私は、おかあさまが作ったパンとチーズを持ってきたわ。皆は?」
「僕はシードケーキを持たされたよ」
それを聞きながら、マヒワは武器にしている太い針に糸を通し、ニルマは森に入って行った。
「どこにいくの、ニルマ」
「枯れ枝を拾ってくる」
「僕も手伝うよ」
ディルが立ち上がり、ニルマを追った。皆から姿が見えなくなったところで、ニルマが地面を足先で探りながら話しかける。
「隠していたのは、カターナのためか」
「え?」
「おまえの実力を知っていたのは、ランダばあさんとダグィのおっさんだけだった」
「ああ」
ディルは苦笑を浮かべて、目を伏せた。
「カターナは、すごく気にしていたから」
「魔力がないってことをか」
かなしげにほほえんで、ディルはうなずいた。
「その辛さを、さらにふくらませていたのは、カターナの見た目だからね。カターナは鏡を見るたびに、苛まれていたと思う。口に出しては言わないけれど、そうなんじゃないかな」
「どこからどう見ても、エルフだからな」
太いため息とともにこぼしたニルマが、かがんで枝を拾った。
「それと、村のみんなの言葉だよ」
「ああ?」
ディルは笑みを消して、まっすぐにニルマを見た。ニルマもディルに体を向ける。
「偉大なる弓師であり、魔法も使える祖母に、うりふたつだって言葉が、カターナの耳にこびりついているんだ。彼女を傷つけるつもりのない、単なる感想とか、なつかしんでいるだけのものが、カターナを縛りつけて、苦しめている。気にしないでいようと思ったって、すぐにそれを言われるんじゃあ、意識をしないでいろというほうが、難しいよ。――ニルマはそれをわかっていたんだよね。だからカターナに弓師をやめるよう、言っていたんじゃないの?」
「チッ……。そう思っていたんなら、なんでオレが闘師になれって言ったとき、気にするなってカターナに言うんだ」
「それは……。カターナが本当に、弓師になりたがっているからだよ。自分でしっかりと諦めをつけて、気持ちを切り替えた上で弓師をやめるのなら、それでいいと思う。でも、中途半端に、人に言われて違うものを選んだら、いつまでも胸の中に、暗いものが残ると思うんだ」
「自分のことを言ってんのか」
ニルマが片目をすがめる。ディルはほほえんだ。
「僕は後悔なんて、していないよ。さっきの綱渡りのとき、僕にもっと力があれば、マヒワがリズを連れていけたように、僕もカターナを運べたかもしれないなって、ちょっとだけ考えたけどね。――けど、魔力は望んで得られるものじゃないし、僕にはこっちのほうが、ずっと向いているってわかっているから……。それに、もしも僕がいまだに剣師にしがみついていたら、回復や援護の魔法を使える仲間がいなくて、困っていただろう?」
いたずらっぽくディルが言えば、ニルマが鼻を鳴らした。
「せいぜい後方支援にはげむんだな。ひ弱なおまえがケガをしないよう、うらやむぐらいの戦いを見せてやる」
「ケガを負ったら、すぐに回復をしてあげるよ」
ふたたび鼻を鳴らしたニルマが、不機嫌な顔で枝拾いに戻る。ディルは彼のたくましい体格に羨望の視線を向けつつ、腰のベルトに差している杖をなでた。
「僕には、僕の道がある」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ディルも手ごろな枝を探した。
荷物を広げて確認しなおしたカターナは、ズィーラが用意した弁当を、リュックに詰め込んだ。
カターナが荷物を確認するのは、これで3度目。眠る前と、起きてすぐ。そしていま、出かける直前にしているこれが、3度目だ。
不足しているものはないと、安心したカターナはリュックを背負った。
「それじゃあ、いってきます」
「気をつけてね」
「はーい」
アルテはとっくに、外に出ている。すこしの不安と大きな期待に足をはずませたカターナは、森の入り口に小走りで向かった。
「おはよう!」
カターナの他は、全員がそろっていた。
「おはよう、カターナ。調子はどう?」
「ディルの薬のおかげで、ばっちりよ。すごくよく眠れたわ。……とんでもなく、まずかったけど」
カターナが顔をしかめると、「まったくだ」とニルマが鼻を鳴らす。
「疲労回復と睡眠の薬だって言うから、仕方なく飲んだが、とんでもない味だったな」
「でも……すごく、よく効いたから……。ディル、ありがとう」
リズが頭を下げると、それを見たマヒワが首だけで軽く感謝を示した。
「どういたしまして。練習の疲れが残っていると困るし、興奮して寝不足になるのも、問題だからね」
ディルがカターナを見ながら言う。カターナは唇を尖らせて、けれどそれほど機嫌が悪くはなさそうに、文句を言った。
「私は、興奮で眠れなくなるタイプなんだから、しかたないでしょう」
楽しげな雰囲気が5人を包む。それをながめていたアルテが、厳しい声を出した。
「浮かれるのはいいが、これから君等の誰も入ったことのない、森の奥に行く危険を、頭の隅に置いておけよ」
「わかっているさ。だから、この4日間、あんたの言うとおり訓練をしてきたんだろう」
ニルマが大きな体を、ずいとアルテの前に出す。
「たかが4日の訓練だと思っておくがいい」
「……でも、私……すごく、成長した気が、します」
「私もよ。走りながら鳥を射抜けるようになるなんて、夢みたい」
リズとカターナが笑みを交わす。それにディルがほほえみを向け、マヒワが無表情のまま、うなずいた。
「そういうことだ。あんたには、感謝している」
ニルマが尖った犬歯をむきだして笑うと、アルテは全員に向かって言った。
「これからオレは、よほどのことがないかぎり、手出しはしない。離れて、君等について行く。オレを頼るな。自分たちの力で、バ・ソニュスを見つけて戻れ」
「もちろん、そのつもりよ」
カターナの声に、全員がうなずいた。
「それじゃあ、そろそろ出発をしようか。森の中で迷うかもしれないし、遠回りをしなきゃいけない場合もあるかもしれないから」
ディルが言うと、「あの……」とリズが首に下げた、大きな赤い石を握った。
「影の鎧の魔法、かけようと思うんだけど」
「それは、もっと森の奥に入ってからにしよう。継続時間もあるし、魔力はなるべく、銀狼と戦うために、温存をしておいたほうがいい」
ディルがリズに答えながら、意見を求めるように皆を見回す。
「そうだな。なるべく余計な魔力は使わないで、奥へ進むとしようぜ」
「そうね。行って、帰ってこなきゃいけないし。体力を消耗してしまったときに、魔法があると心強いわ」
ニルマとカターナが言い、マヒワが首を動かして同意を示す。
「そういうことだよ、リズ。気楽すぎるのもよくないけど、心配のしすぎも問題だから」
「……うん」
リズが目じりを赤くしながら、うつむいた。
「なんだかディルが、リーダーみたいね」
からかい半分でカターナが言うと、ニルマがムッとした。
「こいつが、リーダーだと? それはどうかと思うがな。リーダーを決めておくんなら、オレがいいんじゃないか。狩りの仕事の経験が、多いほうが判断もつきやすいだろう」
「私は、たとえで言っただけよ。リーダーとかそういうの、決めなくてもべつに、いいじゃない。それぞれができることを、連携しながらしていけばいいんだし」
カターナがリズに目顔で同意を求める。リズはニルマを恐々と見上げ、カターナの意見に賛成だと答えた。
「我、ディルが指図をすることを、求める」
マヒワの声に、全員が目を向ける。
「混乱をする。指示の中心が決まっている、大切。……だから、ディル」
「おい、マヒワ。ディルは狩りの仕事を、したことがないんだぞ。それで指示ができると思うのか」
「思う」
はっきりと、マヒワは言った。
「ニルマ、カターナ、我は、前に出て戦う。リズは後方。けれど攻撃的な後方。そしてリズ、怖がり。ディルは、回復と援護が得意。全員の能力を把握している。訓練のときに、アルテとおなじ目で、我等を観察していた」
カターナは感心した。
「マヒワって、そんなふうに目を配っていたのねぇ」
「ディルの指示に、我は従う」
「リーダーを決めた方がいいのなら、私も、ディルがいいな。……怖くて、へんなときに魔法、使っちゃいそうだから。ディルなら、安心できるし」
「そういうことなら、私も賛成よ。ディルの援護はいつも的確だから、指示もきっとそうだと思う。……さあ、ニルマ。どうする」
ぐ、と喉をつまらせたニルマは、ディルをにらんで舌打ちをした。
「おまえらがそう言うんなら、それでいい。――マヒワの意見が間違うなんざ、考えられないからな」
マヒワはニルマの信頼に、薄い笑みを浮かべた。
「そういうことだけど。ディルはどう?」
カターナは、彼が断わるわけはないと、自信に満ちた笑みでディルを見た。彼女の予想どおり、ディルは照れながらも、よろしくと頭を下げる。
「それじゃあ、リーダー。指示をちょうだい。これから、どうすればいいの」
「そう呼ぶのはやめてくれよ、カターナ。いつもどおり、ディルのままがいいな。皆も、そうしてくれるよね」
「誰が、わざわざリーダーなんて呼ぶかよ」
ニルマが鼻先で笑う。
「ありがとう、ニルマ。それじゃあ、まずは狩場に入ろう。バ・ソニュスまでの地図はないから、カターナは木の上から、マヒワは獣に問いながら、道を確認してくれないかな」
「わかったわ」
カターナが答え、マヒワがうなずく。ふたりの返事を受けて、ディルは森に顔を向けた。
「それじゃあ、行こうか」
わずかな緊張を含んだ声に、皆が足を踏み出した。
スルスルと木から下りたカターナが、道を示す。それに従って木々の間を進んで行くと、川にあたった。
「これ、湖に流れている川かしら」
川幅は広く、流れはゆったりとしている。
「だと思うよ。あの湖には、何本か川が流れ込んでいるから」
カターナの疑問にディルが答える。
「どうしよう。……川、すごく広い」
眉をひそめて、リズが川をながめた。
「泳いで渡るってわけにも、いかないし。橋がどこかにないかしら」
「あるわけないだろう。こんなところに、橋をかける理由なんか、ないんだからな」
キョロキョロするカターナに、ニルマが鼻の頭にシワを寄せた。
「おい、ディル。風の魔法で向こうに渡れないか」
「風で皆を向こう岸に押し流すことは、可能だよ。だけど、障害物と出くわすたびに、そんなことをしていたら、魔力をどれほど消耗するか、わからないからね。なるべく使わずに済ましたいんだけど……」
言いながら、ディルが周囲を見回す。
「私、ちょっと木に登って、渡れそうなところがないか、調べてくる」
言い終わらぬうちに、カターナは手近な木を軽やかに駆け上がり、森を見渡す。川は陽光をきらめかせ、帯のように森の中に横たわっていた。
手びさしをして、目を凝らす。しかし川幅が狭く見えるところは、どこにもない。
「だめ。わからないわ」
落胆しながらカターナが降りると、マヒワが蔓を集めて編んでいた。
「それ、どうするの?」
マヒワが無言で、対岸の木を指す。首をかしげたカターナに、ディルが説明をした。
「縄をあの木にかけて、渡ろうって提案をしてくれたんだ」
カターナは目を丸くし、リズを見た。彼女は不安そうにマヒワの作業を見ている。
「縄と蔓をつなぐ。長さは、これで足りる」
作業をしながら、マヒワが言う。
「でも、あんな遠くまで縄を飛ばせないでしょう」
マヒワはカターナを不思議そうに見、指笛を吹いた。すると木の幹のような羽色をした、大きな鳥が舞い降りてきた。
「トビ?」
リズがつぶやく。
「手伝い」
マヒワが革の籠手に、トビを止まらせる。トビの足は太く、鋭い爪がついていた。
「我、操獣師」
「ああ。そっか」
カターナが納得すると、マヒワはうなずいてトビの足に縄をつけた。腕を上に動かせば、放り出されたようにトビが飛び立ち、対岸の木の枝に止まる。マヒワが指笛を吹くと、トビは幹をぐるっと回って戻ってきた。
「これで、渡れる」
トビの足から縄を外したマヒワが、腰の皮袋からネズミを取り出す。それを空中に放り投げると、トビはそれを掴んで飛び去った。
「ニルマ」
「ああ」
マヒワに呼ばれ、ニルマは縄と蔓を持って、手近な太い木にくくりつけた。力を込めて揺らし、しっかりと固定されているかを確認する。ニルマはそのまま縄にしがみつき、慎重に川を渡りはじめた。マヒワとアルテを除く3人が、固唾を呑んで彼を見守る。
ニルマは無事に対岸に到着し、大きく片腕を振り回した。
「わ、私……」
おびえるリズに、マヒワが手を差し出す。
「え」
「我、運ぶ」
「でも」
「そのほうが、はやいし安全」
リズは心配そうにカターナを見た。
「ニルマが渡れるんだから、マヒワとリズがいっしょに渡っても、重さは問題ないわよ。リズがひとりで渡るより、マヒワがリズを運んでくれるほうが、安心だわ」
「カターナは……、その、ディルに……連れていってもらうの?」
「私が? あはは。私は木のてっぺんにだって、簡単に登れるのよ。綱渡りぐらい、なんともないわ。むしろ、ディルに運ばれるほうが怖いわよ」
さらりと言われ、ディルは苦笑した。
「僕は縄が切れたりしたときに、風の魔法で向こうへ運ばなくちゃいけないから、渡るのは最後にするよ」
「自分のときは、どうするの?」
「自分を自分の魔法で運ぶさ」
カターナの疑問に答えながら、ディルはリズに安心してと笑顔で示した。リズは不安をにじませたまま納得し、マヒワの背中に蔓でしっかりと結びつけられる。
「動かない。しっかり、掴まる。――信じて」
「うん」
マヒワは危なげない動きで、リズを背に括りつけたまま、対岸に渡った。ニルマが手を貸し、地面に降りる。いいぞ、と叫びながらニルマが手を振り、カターナは縄に手をかけた。
「カターナ。それだと矢が川に落ちるかもしれない。矢筒をなにかで、くるんだほうがいいいよ」
「そう言われても、なんにもないわ。……あ、そうだ」
カターナはリュックから弁当を取り出し、そこに矢筒をさかさまに入れると、弁当を蔓でくくった。
「これなら、いいでしょう」
「うん。気をつけて」
「わかった」
縄に飛びつき、慎重に手足を動かす。思うよりも難しく、カターナはしばしば動きを止めた。
「あのふたりは軽々とやっていたのに」
立っているときには、それほど強く感じなかった風が、ぶら下がっているカターナを揺らしてバランスを崩そうとする。足を縄にひっかけ、あおむけに這うように、カターナは空を見つめて前に進んだ。
視界に映る景色が変わらないので、進んでいる気がしない。見た目よりもずっと、川幅が広く感じられて、カターナはじっとりと緊張の汗をにじませた。
「あせるな! ゆっくりでいい」
ニルマの声がする。いつも憎まれ口ばかり向けてくる彼の声援に、カターナは笑みを浮かべた。緊張がすこしほぐれる。
「そうだ。ゆっくりだ、カターナ。ちゃんと進んでいるから、大丈夫だ」
ニルマの声に向かって、カターナは進んだ。不安と緊張に呼吸が浅くなりかけるのを、意識して堪えながら、カターナはなんとか対岸まで渡りきった。
「よくやった」
ニルマの大きな手が腰に触れて、カターナは体の奥から安堵を吐き出した。縄から手足を離すと、ニルマがカターナを降ろしてくれた。
「ありがとう、ニルマ。心強かったわ」
「オレは、べつに……。落ちられると、手間がかかるからな」
ふいっとニルマが顔をそむける。
「カターナ。……よかった」
瞳をうるませるリズに、カターナは顔をほころばせた。
「やだ、リズ。危険はまだまだ、いっぱいあるかもしれないのよ。このくらいで、そんな顔しないで。銀狼との対決だって、待ち構えているんだから」
「だって……」
「心配してくれて、ありがとう。このとおり、私は無事よ。それより、ディルは大丈夫かしら」
見れば、ディルが必死な顔で縄にしがみつき、苦労しながらこちらに向かってきていた。
「ディル、がんばって」
「あわてなくていいぞ」
カターナとニルマの声援を受けて、ぎこちない笑みを浮かべつつ、ディルも無事に渡りきった。
「アルテさんは、どうするのかしら」
全員が渡りきるのを見守ったアルテが、対岸にいる。彼は森に入る前の宣言どおり、見張り役に徹して、手も口も出してこなかった。
「自力で渡るのか、この縄を使うのか、どっちだろうな」
ニルマが腕を組む。
「使ってもいいでしょう。アルテさんのおかげで、許可をもらえたんだから」
カターナの言葉に、リズがうなずく。ディルとマヒワは、なにも言わなかった。
「あっ」
アルテが木の上に飛びあがった。かと思うと、きらめくなにかが飛んできた。それはしっかりと木の幹に刺さった。そこから、細い縄が伸びている。それをたどるように、アルテが中空を滑った。
「なにを、ぼうっとしているんだ」
あっという間に川を渡ったアルテに、皆がポカンとする。
「その道具は、なんだ」
ニルマがぎこちなく問うと、アルテはこともなげに縄を巻き取り、幹に刺さった刃物を抜いた。
「見てのとおりだ。都合よく、蔓が手に入るとは限らないからな。これがあると、崖を上るのにも便利だ」
「村に帰ったら、それの作り方を教えてくれる?」
カターナが目を輝かせると、アルテは軽く肩をすくめた。
「教えても、この村には材料がない。この縄は、特殊な素材でできているからな。こんな道具があると覚えておいて、いつか旅に出たときに、探せばいい」
「いつか、旅に出たときに……」
カターナが夢を見るようにつぶやくと、ディルは彼女に心配そうな目を向けた。リズはそんなディルを見つめ、ニルマは興奮と衝動を抑えようと、目を閉じて天を仰ぐ。マヒワは淡々と、蔓を切って縄を回収していた。
「さあ、これからどうする」
アルテの言葉は、この冒険の目的ではなく、これから先の人生の道を示しているように、耳に響いた。
「川に沿って、しばらく行く。バ・ソニュスは上流の岩場の近く」
マヒワが川面を見ながら言った。水中にいるなにかに、道を聞いたらしい。
未来に思いをはせて、想像に思考を包まれていた面々が、ハッとする。
「誰かに道を聞いたのね」
カターナの問いに、マヒワがうなずく。
「それじゃあ、出発しましょう。祭がはじまるまでに、戻らなくっちゃいけないんだから」
「その前に、カターナ。矢筒を出しておきなよ。それじゃあ、すぐには使えないよ」
ディルに指摘され、気づいたカターナはあわてて矢筒をリュックから出した。
「はりきるのはいいが、細かいことにも気をつけろよ」
「わかってるわよ」
ニルマの指摘に、カターナが頬をふくらませる。
「それじゃあ、行こうか」
ディルの声に、ひきしまった顔で、皆がうなずいた。
皆の雰囲気が出発のころよりも冷静に、いい意味での緊張を帯びてきていることに、アルテは目を細めて、口の端を持ち上げた。
太陽が中天にさしかかるよりも、すこしはやい時間に、ディルの提案で昼休憩をとることになった。
「私……すこしだけど、パンを焼いてきたの。あの、よかったら」
リズが包みを開けて、野菜を練りこんだパンを出す。
「わあ、すごい! リズが自分で焼いたの?」
身を乗り出したカターナに、リズがはずかしそうに笑う。
「私は、おかあさまが作ったパンとチーズを持ってきたわ。皆は?」
「僕はシードケーキを持たされたよ」
それを聞きながら、マヒワは武器にしている太い針に糸を通し、ニルマは森に入って行った。
「どこにいくの、ニルマ」
「枯れ枝を拾ってくる」
「僕も手伝うよ」
ディルが立ち上がり、ニルマを追った。皆から姿が見えなくなったところで、ニルマが地面を足先で探りながら話しかける。
「隠していたのは、カターナのためか」
「え?」
「おまえの実力を知っていたのは、ランダばあさんとダグィのおっさんだけだった」
「ああ」
ディルは苦笑を浮かべて、目を伏せた。
「カターナは、すごく気にしていたから」
「魔力がないってことをか」
かなしげにほほえんで、ディルはうなずいた。
「その辛さを、さらにふくらませていたのは、カターナの見た目だからね。カターナは鏡を見るたびに、苛まれていたと思う。口に出しては言わないけれど、そうなんじゃないかな」
「どこからどう見ても、エルフだからな」
太いため息とともにこぼしたニルマが、かがんで枝を拾った。
「それと、村のみんなの言葉だよ」
「ああ?」
ディルは笑みを消して、まっすぐにニルマを見た。ニルマもディルに体を向ける。
「偉大なる弓師であり、魔法も使える祖母に、うりふたつだって言葉が、カターナの耳にこびりついているんだ。彼女を傷つけるつもりのない、単なる感想とか、なつかしんでいるだけのものが、カターナを縛りつけて、苦しめている。気にしないでいようと思ったって、すぐにそれを言われるんじゃあ、意識をしないでいろというほうが、難しいよ。――ニルマはそれをわかっていたんだよね。だからカターナに弓師をやめるよう、言っていたんじゃないの?」
「チッ……。そう思っていたんなら、なんでオレが闘師になれって言ったとき、気にするなってカターナに言うんだ」
「それは……。カターナが本当に、弓師になりたがっているからだよ。自分でしっかりと諦めをつけて、気持ちを切り替えた上で弓師をやめるのなら、それでいいと思う。でも、中途半端に、人に言われて違うものを選んだら、いつまでも胸の中に、暗いものが残ると思うんだ」
「自分のことを言ってんのか」
ニルマが片目をすがめる。ディルはほほえんだ。
「僕は後悔なんて、していないよ。さっきの綱渡りのとき、僕にもっと力があれば、マヒワがリズを連れていけたように、僕もカターナを運べたかもしれないなって、ちょっとだけ考えたけどね。――けど、魔力は望んで得られるものじゃないし、僕にはこっちのほうが、ずっと向いているってわかっているから……。それに、もしも僕がいまだに剣師にしがみついていたら、回復や援護の魔法を使える仲間がいなくて、困っていただろう?」
いたずらっぽくディルが言えば、ニルマが鼻を鳴らした。
「せいぜい後方支援にはげむんだな。ひ弱なおまえがケガをしないよう、うらやむぐらいの戦いを見せてやる」
「ケガを負ったら、すぐに回復をしてあげるよ」
ふたたび鼻を鳴らしたニルマが、不機嫌な顔で枝拾いに戻る。ディルは彼のたくましい体格に羨望の視線を向けつつ、腰のベルトに差している杖をなでた。
「僕には、僕の道がある」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ディルも手ごろな枝を探した。
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