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【告白】

17.

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 自分にもできるだろうかと、トヨホギは不安になった。ホスセリの心を覆う雨音をくぐり抜け、瞳の奥にたたずんでいる悲哀に触れて癒したい。

「ホスセリ」

 トヨホギは顔を寄せた。すこしためらい、唇を重ねる。酒気を帯びたホスセリの息は、温かかった。

「ずいぶんと飲んだのね」

 いたずらを見つけたように言えば、ホスセリが笑う。今度は悲しみの欠片のない笑みだった。

「干してもいないのに注がれてしまってな。ついつい、すごしてしまったよ」

 その笑顔をもっと見たいと、トヨホギはホスセリの胸にしなだれかかる。はしたないと思われはしないかと、不安におののきながら。

「トヨホギ」

 ホスセリの手がトヨホギの肩にかかり、ためらいがちに背中に回った。トヨホギも、ホスセリの背に腕を回す。

「こんなに、たくましかったかしら」

「それほど頼りなく見えていた?」

 いいえ、とトヨホギは首を振る。

「三年という時間の長さを、感じていたの」

「……トヨホギ」

 困惑気味なホスセリの声に、トヨホギは顔を上げた。

「それを埋めたいの。……ホスセリ」

 悲しみを堪えるように、ホスセリは笑みを歪めた。

(また、この顔……)

 その原因を知りたくて、トヨホギは首を伸ばしてホスセリの唇を求めた。深く身を重ねれば、悲しみの核を見せてくれるのではと思って。

 ホスセリは、ついばむトヨホギの唇を受け止めながら、翡翠の髪飾りに目を向けた。

 ホノツオジ皇子も、この冷たく美しい石が報いになるとは思ってはいなかったろう。だが他に、形として気持ちを示せるものを思いつけなかった。だから苦しげな眼差しで、ひと目で強がりとわかる、わざとらしい豪放な笑い声とともに、翡翠を下賜なされたのではないか。

(トヨホギは、察しているのだろうな)

 皇子の気鬱はともかく、自分の割り切れぬ想いは通じているのだろうと、ホスセリは慰めようとしてくる唇に応える。

(だが、我が翡翠をそなたに贈った真の理由はわかるまい)

 幸せにはできないと確信をしていながらも、彼女を手放せない弱さへの謝罪と自戒のために、トヨホギにいつも身につけておいてもらいたい。そう思っていると知ったら、トヨホギは髪飾りを明日にも捨ててしまうだろうか。

(トヨホギは、そんな女ではない)

 くわしく理由を知りたがるはずだ。けれど、言えない。言えない弱さがあるからこそ、こんなことになっている。

 ホスセリはやるせない苛立ちをぶつけるように、トヨホギを寝台に沈めた。

「あっ」

 華奢な体は、あっけなく敷布の上に倒れた。長く艶やかな髪が、複雑な文様を描いて広がる。

「ホスセリ」
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