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【告白】

18.

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 言葉にできない気持ちがあるのなら、ぶつけてほしい。

 トヨホギは気持ちを瞳に乗せて、ホスセリを見つめた。

 侍女は夫が生きている実感を求めるように、激しく求めてきたと言っていた。ホスセリもそうしたいのかもしれない。強く誰かと結びつき、長く辛い戦の苦しみから、解き放たれたと確認をしたいのではないか。

(その気持ちを、押し殺しているんだわ)

 トヨホギは自惚れではなく、ホスセリに大切にされていると知っていた。情動を抑えて、壊さないように丁寧に扱ってくれている。その気遣いが、トヨホギにはもどかしくてならない。

「教えて。会わない間に変わったあなたを。……大人になった私を知って欲しいの」

「トヨホギ」

 ホスセリの心は揺らいだ。なんて強い人なのだろうと舌を巻く。

(すべてを告白しても、トヨホギならば大丈夫なのではないか)

 一時は悲しみに暮れて沈むだろうが、必ず立ち直ってくれるのではと考え、ホスセリはトヨホギに触れるのをためらった。

 トヨホギはそれを、激情を抑えているのだと受け止める。

「ホスセリ」

 トヨホギはホスセリの手を、自分のやわらかなふくらみに導いた。ハッとホスセリの体がこわばる。

「私は、あなたの妻よ。あなたを支えることが、生きる道なの。翡翠のように、冷たいまま愛でるものじゃないわ」

「トヨホギ」

 ホスセリの喉元に、「そうじゃない」という言葉がひっかかる。

(真実をすべて話して、そして我は……、我は、トヨホギをあきらめられるのか?)

 ホスセリは自問し、即座に「否」と答えを出した。

(だからこそ我は、シキタカの提案に乗ったのだ)

「許してくれ、トヨホギ」

「なにも、許しを乞うことなんてないわ。私はあなたの妻だもの」

「そうじゃない」

「どういうこと?」

「ああ、トヨホギ」

 ホスセリは全身でトヨホギを包んだ。トヨホギはホスセリの背を、ちいさな子どもをあやすように撫でる。なにをこんなに傷ついているのか。どうして「許してくれ」と繰り返すのか。それを知りたい。言葉にできないのであれば、体現をしてぶつけてほしいと、トヨホギは願った。

「ホスセリ」

 トヨホギはホスセリのやわらかな髪に唇を当てた。ホスセリの指がトヨホギの髪にからむ。ふたりは互いの髪に唇を当て、輪郭を確かめるような手つきで額や頬を撫でた。

「トヨホギ」

 切なげな音が、トヨホギの唇に落ちてきた。トヨホギは薄く唇を開いて迎え入れる。ホスセリの舌が伸びて、トヨホギの口腔をまさぐった。トヨホギもぎこちなく舌を動かし、彼に応える。
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