虹色の泡になりたくて

水戸けい

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ふさわしい、ふさわしくないは別として、勝昭さんの役に立つ。なにより、彼が彼女に恋をしている。

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「あの女をあなたに振り向かせるためには、どうしたらいい? 勝昭さん……私に、何ができるか教えて」

 語りかけてしばらくすれば、妙案はひらめくのだと知っている。笠部さんに抱かれればいいと思いついたのも、こうして写真の彼に訴えた後だった。運命の神様は、私の気持ちを汲んで作戦を教えてくれる。私の純粋な愛を応援してくれている。

 利己的ではない、愛する人のために自己犠牲もいとわない真実の想い。

 こんな恋ができるなんて――こんな愛に出会えるなんて、私はとっても恵まれている。

「勝昭さん」

 呪文のようにささやいて、恋しい人が別の男に心を向ける切なさに顔をゆがめる写真の彼を指先で撫でた。

「私が、必ず成就させてあげますからね。あなたを笑顔にできるのは、私だけ……そしてあなたが愛しい人と結ばれたら、虹色の泡になるの……誰にも知られず、ひっそりと……愛しい愛しい王子様。私はあなたの人魚姫……うふふ」

 肌が粟立って、息が上ずる。女の園がほんのり潤んで、頬が勝手に持ち上がる。脳みそがじんわりと痺れて最高に気持ちいい。彼を想って、彼のために何かをしようとしている時間が、私にとっては極上のセックスだ。触れないままで愛撫をされる、奇跡の時間。

「ああ……ふふふ……勝昭さん」

 写真に唇を寄せて肌を震わせていると、妙案の泡が意識の底からプカリと浮かんで脳裏に弾けた。

 そうだ、そうね。それはきっと、いい作戦。相談があるのと誘えば、興味を引ける。私みたいに地味でパッとしない女が、憧れの課長に抱かれていると知ったら、きっとあの女はプライドに傷をつける。そして、親身になって相談を受ける態度の奥に下世話な好奇心をたぎらせて話を聞いた彼女の顔は、凍りつく。

「ふふ……うふふ」

 ひきつった彼女の顔が目に浮かぶ。口元がほころんで、薄暗い喜びが体中に這いまわった。

 これで彼女は笠部さんへの評価を変えざるを得なくなる。だけど、まだ十分じゃない。

 彼女が笠部さんへの執着を募らせては困るから、あの女の意識を勝昭さんに向けるために告白をする。たっぷりと、苛立つほどにじっくり焦らして。彼女は自分に自信のある人だから、私から笠部さんを奪うよりも、私の想い人を手に入れる方が自尊心を満足させられると考えるはず。

 社内の事務員の間には、ほんのりとあの女が笠部さんへ想いをかけていると広まっている。でも、勘違いですよと笑って流せる程度にとどめている。なんて、したたかな女。だからこそ、勝昭さんを手に入れたら、自分を満足させるために彼を支え続けるはずだ。

 彼女は自分の置かれた場所で、いやらしさもなく堂々と表立って彼を支えられる存在。

 ふさわしい、ふさわしくないは別として、勝昭さんの役に立つ。なにより、彼が彼女に恋をしている。

「大丈夫よ、勝昭さん。私、きっとやりとげてみせますからね」

 社内に私と笠部さんの話が、万が一にも広まってしまったらめんどうなことになる。だからずっと、関係を隠すよう気をつけてきた。彼女が信じなければ、ホテルに入るところを見せよう。嘘だと思うなら、この時間にどこのホテルの入り口を見ていてと、笠部さんとの約束を漏らせばいい。今回の行動で広まってしまったら困るけれど、あの女の性格からして漏らすことはないはずだ。自分がさりげなく誘いをかけていた相手が、冴えない女に執着していたなんて格好の娯楽にされてしまうから。

 テレビを消して、黒くなった画面に映る私を見つめる。明日、あの女にぶつける表情は弱々しく。いかにも困っているふうに、おどおどと。

「み、三島さん……あの、ちょっと、いいかな。その……だ、誰にも言えないっていうか、困っていることがあるんだけど……本当に、どうしていいのかわからなくて…………こういうの、きっとパワハラで、セクハラだと思うんだ。でも、されていることがちょっと……男の人には言えないし、女の人でも…………っ、ご、ごめんね。三島さんなら、聞いてくれるんじゃないかなって…………あの……か、課長……の、ことなんだけど…………新年会の帰りに……その……誘われて。断ったら、社内で居心地が悪くなるんじゃないかって……怖くて…………そういうことになっちゃって…………それから、へ、平日の、仕事が終わってから…………だ、誰にも見つからないようにって…………呼び出されて…………わたっ、私」

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