あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依

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第七話

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 宇宙が生まれる前、存在するものは何もありませんでした。つまり、無だったのです。無は時間も空間もありません。しかし、あるとき無が揺らぎ、空間が生まれました。それが宇宙です。その宇宙が誕生した余波で、さらに低次元の宇宙が生まれました。地球が存在するこの宇宙です。
 最初の宇宙はこの宇宙とは異なる進化を遂げました。しかし、人間のように意思を持つ生命……生命と言っていいのか分かりませんが、とにかくそのようなものは存在しています。その存在をこちらの言葉で発音することはできませんが、こちらでは便宜上イーゼムと言っています。
 イーゼムには王様がいました。王は常にイーゼムの進むべき道を示してきました。ですが、王はこちらの時間で三万年ほど前に消滅しました。イーゼムたちは困り果てました。何しろ、彼らは自分たちの行く末を全て王に委ねていたからです。イーゼムには人間のように寿命も血族の存在もありません。
 考えあぐねた末に、彼らは王の残りかすから新たな王候補を作りました。しかし、残りかすから生まれたのは二つの存在、こちらの言葉で言うなら「双子」が近いでしょうか。ここで、どちらを王にするかという新たな問題が生じてしまいした。議論は紛糾。気づけば一万年以上の時が過ぎていました。
 そして、その頃には三つの派閥ができていました。双子の片割れシンを王とする派閥、双子の片割れテルカを王とする派閥、どちらも王とせず争いの種になる双子を消そうとする派閥。最も大きな派閥はシン派。シンとテルカに差異はあれど、シン派とテルカ派は王が必要だからどちらかを選んでいるだけです。シン派の中にも過激派がいて、王を選んだらもう一方は権力争いの火種になるという理由でテルカを処分するべきだという者がいます。
 派閥争いには双子の意思は関係ありませんでした。しかし、双子にもそれぞれ意思があります。シンとテルカは共に生きられないのなら王にはなりたくないと最初の宇宙を飛び出しました。
 最初の宇宙とこの宇宙は振動しながら互いに何度も交錯しています。こちらの宇宙から最初の宇宙を捉えることは容易ではありませんが、イーゼムには宇宙を渡る術があります。シンとテルカはこちらの宇宙に逃げ延びました。でも、こちらの宇宙で生きるには器が必要でした。
 器を求めたシンとテルカは意思の弱い二つの生命、つまり人間の双子の胎児に自らの存在を宿らせました。それが約一万六千年前のことでした。シンとテルカは幸せでした。何も気にせず二人の時間を過ごせるのですから当然です。でも、それも長くは続きませんでした。第三の派閥、王排除派の者たちが後を追って地球にやってきたのです。シンとテルカは器を変えるという方法で何度も転生を繰り返しましたが、追っ手は巻いても巻いてもやってきたのです。
 そして、十六年前にシンとテルカは新たな器を獲得しました。テルカは母親の体から生まれると純麗という名前を与えられました。

「……」
「…………」
 長い語りを終えた純麗の前には沈黙する二人の少女がいた。
 そして、遙香がその沈黙を破る。
「ごめん、どこのファンタジー?」
 純麗は笑う。
「そっちが言えって言ったから言ったのにぃ」
「ごめん、でも、全然分かんない」
 そう言う遙香とは対照的に、咲良は何かを考え込んでいるようだった。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何?」
「一個ずつ整理していい?」
「うん」
「まず、お姉ちゃんは違う宇宙の人?」
「そうだね」
「ずっと双子の胎児に生まれ変わってきた?」
「うん」
「じゃあ、私って何?」
「鋭い質問だね」
 純麗は満足そうに笑った。
「当然、双子の片割れ、シンということになる」
「……でも、私にその記憶はないよ?」
「それは私もよく分からないんだけど……たぶん肉体が合わなかったんじゃないかな?」
「そう。じゃあ、違う宇宙の人は自由に体を入れ替えられるの?」
「それもいい質問。答えはイエス。でも、万能じゃない」
「どういうこと?」
「自我を持った人間と無理矢理入れ替わると、中身がおかしくなってくんだよ」
「おかしくなる?」
「分かりやすくこっちの言葉で言うと……精神が狂っていくって感じかな?」
「私たちを襲っていたのはそのおかしくなっちゃった人?」
「そうだね。元々いけ好かない奴らだったけど、もう末期だね。あと、ずっと襲ってきてたのは王を排除しようとしてた一派だね」
「初詣の時も、学校の時も全部そういう人たち?」
「んー……ちょっと違う。私たちはある程度こっちの人間の精神に介入できるんだ。コントロールできるって言ってもいいかな。でも、それをやるには相当な負担がかかるし、やっぱりこっちも精神が犯される。私も使ったことあるけどね」
「あ、もしかして用務員さんに襲われたときに?」
「あったりー」
 と、そこで遙香が低い声で待ったをかける。
「ちょっと待って」
 それまで黙って二人のとんでも会話を放置していた遙香も、さすがに聞き捨てならなかったようだ。
「勘違いじゃなければそのときコントロールされてたのって私?」
「お、遙香にしては察しがいいね!」
「…………」
 遙香はまた黙り込んだ。
 他の二人はそれをスルーして再び会話を続ける。
「じゃあ、ここからは私の考えだけど」
「うん」
 咲良は一番聞きたかったことを聞いた。
「お姉ちゃんが私を歩道橋から突き落として入れ替わったのは敵を撹乱するため?」
 純麗は満面の笑みを浮かべる。
「さすが、私の妹!」
「うん。だいたい分かった」
 咲良はそう言って立ち上がった。
「教えてくれてありがとう。じゃあまた」
 さっさと部屋を出て行こうとする咲良を遙香が追いかける。
「ちょ、ちょっと! もう行くの!? 私まだ何にも分かってないんだけど!」
 遙香が抗議しても、咲良は足を止めなかった。

「あーもーあれでよく分かったよね」
 帰り道、遙香が嘆く。しかし、咲良はすました顔で先を行く。
「双子にしか通じ合えないことってあるのかな……ねぇ、ホントに咲良は全部分かったの?」
 咲良は何でもないことのように言う。
「全然」
「は?」
「だから、全然分かんないよ」
 目が点になる遙香。
「お姉ちゃんの言ってることは、全然分かんない」
「…………」
「お姉ちゃんはね、たぶん本当のことを言ってない」
「え、さっきのって嘘なの!? そうだったら時間返して欲しいんだけど!」
 茫然自失から立ち直り激しく突っ込む遙香に、咲良は少し困ったような素振りを見せて言う。
「嘘かどうかは分かんないけど、本質は違うところにある……と思う」
「じゃあ、何で本当のこと聞かなかったの?」
「私も聞ければ聞きたかった……だけど、お姉ちゃんは話してくれない。お姉ちゃんは昔からそう。あれは自分で探せっていう顔だった。ああいう時のお姉ちゃんは教えてくれない。たぶん、何を言っても」
「まぁ、それはなんとなく分かるような気がするけど。……つくづくメンドくさいよね、すみれって。その親友やってる私もどうかしてるけど……」
 遙香は深いため息をついて聞く。
「それで? そこまで分かってたのに色々質問したのは何で?」
「あれは、お姉ちゃんが本当のことを教えてくれる気があるか探りたかったのと、少しでも情報をくれないか悪あがきしてたんだよ」
「姉妹で腹の探り合いって……」
 遙香はこめかみを抑えた。
「そんなんじゃないよ。たぶん、お姉ちゃんも分かってただろうし」
 そんなものか、と遙香は諦めてその話を切り上げる。
「で、咲良はこれからどうするの?」
「もちろん見つけるよ、真実がどこにあるのか。私が何なのか」
 遙香は咲良の決意を聞いて、もう一度ため息をついた。
「やっぱり、咲良はすみれと全然違うね……。勘違いしてた自分を疑うよ……」
 そして、遙香も何かを決めたように顔を上げた。
「うん、私も見つける。二人の親友が私の信じてる通りの人だっていう証拠を」
 格好良く決めた遙香だったが、こう付け加えた。
「…………この先、生き残れる自信はないけど」

 遙香と別れた咲良は考えていた。
 咲良が死んでからたった半年程度で敵に居場所がばれた。もし、純麗の言っていたことがいくつか本当で、敵の目をそらすために自分が殺されたのなら、その目論見は失敗したことになる。
(他に目的があったとしたら……?)
 彼女が深く思考を巡らせていると、それは聞こえた。
「―繰り返す」
「え?」
 しかし、周囲を見回しても誰もいない。
(気のせい……?)
 いろいろなことがあり過ぎて疲れていたのかもしれない。咲良はそう思うことにした。
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