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第二十八話
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嫌な予感はしていた。
外から時々聞こえていた戦いの音が止んでいたのだ。
「純麗と凛はどこ!?」
家の外に出た遙香と咲良は、すぐに辺りを見回した。
路地に落ちている凶器。所々に付着した血。
しかし、人の気配はない。その静けさが、かえって不安を煽(あお)る。
「……どこ!? どこにいるの!?」
遙香は脈打つ心臓の不快感に耐えながら、先を進む。
二人の安否を求めて路地の角に差し掛かったとき。
「遙香……?」
咲良が、急にピタリと止まった遙香を見て疑問の声を上げた。
「どうしたの……?」
咲良は遙香に近づき、同じ場所まで来ると。
彼女も同じようにピタリと足を止めた。
臭いが、した。
それは、おそらく誰もが知っている臭い。
鉄に似た、鼻につく臭い。
「いか、なきゃ……」
遙香と咲良は震える足を前に進め、角を曲がった。
「…………!」
そこで二人が見たのは異様な光景だった。
「人が…………」
人が折り重なるように固まっていた。
その人間たちは笑っているような、電子音のような音を口から発していた。
「遙香!」
「分かってる!」
咲良の声に遙香がすぐさま反応し、一直線に走る。
(たぶん、純麗と凛はあの中心にいる!)
行く手を阻む、おそらく純麗たちが戦っていた敵たちの体をツタではじき飛ばす。
(無事でいて……!)
祈るような気持ちで手を伸ばす。
遙香は人間の塊に向かってツタを這わせ、一気にその中心を押し開いた。
そして、遙香は。
(ああ……)
遙香はかつてみんなの幸せを願った。つい最近のことなのにひどく遠い過去のように感じた。目の前の光景が、そうさせていた。
「……ぅ……ぁ…………」
追いついた咲良が言葉にならない声を漏(も)らす。
(私は…………)
遙香は聞いた。
「ねぇ、咲良。私がバカだからかな? だからみんないなくなっちゃうのかな?」
(誰の幸せも守れなかった)
視界の中心で、目に映るもの。
それは、ただ失うより残酷だった。
純麗と、凛の足や腕を掴む人間たち。いや、人間と言えるものではないのかもしれない。皆、おかしな笑い声を上げている。
その中心で、純麗は凛に向かって手を伸ばし、凛は純麗に向かって手を伸ばし、けれどその手は届くことなく、無数の刃物に貫かれたまま事切れていた。
半眼の瞳は何も映さず、表情は何も伝えない。
人間だったモノに掴まれ、その場に縛られる二人の少女。それは、まるで磔のようだった。そう思えてしまうほどに、彼女たちの姿は静謐だったのだ。
「咲良、謝るの忘れてた。腕、傷つけてごめんね。痛かったでしょ」
場違いとも思える遙香のセリフを聞いても、咲良は何の反応も示さない。
代わりに、少し離れた場所から声が聞こえた。
「あと一人」
その声を発した男はニヤァと見覚えのある笑いを浮かべていた。
男が周囲に散らばる人間だったモノを咲良目がけてけしかける。
「それから、もう一つごめん」
遙香は咲良を守るようにツタの囲いを作る。その上から、さらに何重にも何重にもツタを這わせていった。それと同時に、自分と遙香、凛の周りにも大量のツタを這わせる。咲良も、遙香も、純麗も、凛も、朱音も、人間だったモノも、全てがツタに飲み込まれていく。
そして、彼女は告げる。
「私さ、今度は耐えられそうにないや」
その言葉が発せられた直後。
路上の全てを埋め尽くしたナツヅタが、一斉に赤く染まった。
それは遙香の命の全てを発露したかのように鮮やかで、けれど悲しみに満ち溢れた色だった。
「―繰り返す」
やっと分かった。
咲良にずっと聞こえていた声。
「―全てを失う」
(このことだったんだ)
暗い暗いツタの中で、咲良は理解した。
(私が、真実を知ったから)
自分のせいで。
(私が、みんなを巻き込んだから)
自分のせいで。
(私の……)
自分のせいで。
(……私のせいだ)
「あは……あはは……」
壊れても、助けてくれる人はもういない。いっそ厳しく糾弾して欲しいと願っても、その人たちはもういない。
(そうだ)
何もなかったことにしよう。あのときみたいに。姉に殺されたときみたいに。記憶に蓋をしてしまおう。
(私も、耐えられそうにない)
また、声が聞こえる。
「―そうだ、それでいい。それで、いい」
(…………そう、これでいい……………………………………それで、いい?)
咲良は違和感を覚えた。
(今まで真実を探すなってしつこかった人が……知ったら全て失うって言ってたのに『それでいい』? もう、全部なくしてるのに……?)
「―やめろ。それでいいんだ。もう何も考えるな」
その言葉で、確信した。
「まだ、私は全部を知っていないんだ」
「―進むな。全てを失う」
「これ以上、私は何を失うっていうの?」
咲良は自分への憤りから、自棄になっていた。
「これから失うって言ったら、自分の命くらいでしょ!? そんなものもういらない! 私は全てを知る! 全てを知って死ぬ! 命なんて……くれてやる!!」
「―やめ……」
「ならば知るがいい」
いつもの声が制止しようとしたとき、それを遮るように聞こえた別の声。それは機械的で、無機質な声色をしていた。
「知って、その結末を我々に観測されるがいい。今までと同じ結末か、それとも別の結末か」
「……あなたは、誰?」
「我々は電子生命体。人間を観測し、その秘密を暴くモノ―」
外から時々聞こえていた戦いの音が止んでいたのだ。
「純麗と凛はどこ!?」
家の外に出た遙香と咲良は、すぐに辺りを見回した。
路地に落ちている凶器。所々に付着した血。
しかし、人の気配はない。その静けさが、かえって不安を煽(あお)る。
「……どこ!? どこにいるの!?」
遙香は脈打つ心臓の不快感に耐えながら、先を進む。
二人の安否を求めて路地の角に差し掛かったとき。
「遙香……?」
咲良が、急にピタリと止まった遙香を見て疑問の声を上げた。
「どうしたの……?」
咲良は遙香に近づき、同じ場所まで来ると。
彼女も同じようにピタリと足を止めた。
臭いが、した。
それは、おそらく誰もが知っている臭い。
鉄に似た、鼻につく臭い。
「いか、なきゃ……」
遙香と咲良は震える足を前に進め、角を曲がった。
「…………!」
そこで二人が見たのは異様な光景だった。
「人が…………」
人が折り重なるように固まっていた。
その人間たちは笑っているような、電子音のような音を口から発していた。
「遙香!」
「分かってる!」
咲良の声に遙香がすぐさま反応し、一直線に走る。
(たぶん、純麗と凛はあの中心にいる!)
行く手を阻む、おそらく純麗たちが戦っていた敵たちの体をツタではじき飛ばす。
(無事でいて……!)
祈るような気持ちで手を伸ばす。
遙香は人間の塊に向かってツタを這わせ、一気にその中心を押し開いた。
そして、遙香は。
(ああ……)
遙香はかつてみんなの幸せを願った。つい最近のことなのにひどく遠い過去のように感じた。目の前の光景が、そうさせていた。
「……ぅ……ぁ…………」
追いついた咲良が言葉にならない声を漏(も)らす。
(私は…………)
遙香は聞いた。
「ねぇ、咲良。私がバカだからかな? だからみんないなくなっちゃうのかな?」
(誰の幸せも守れなかった)
視界の中心で、目に映るもの。
それは、ただ失うより残酷だった。
純麗と、凛の足や腕を掴む人間たち。いや、人間と言えるものではないのかもしれない。皆、おかしな笑い声を上げている。
その中心で、純麗は凛に向かって手を伸ばし、凛は純麗に向かって手を伸ばし、けれどその手は届くことなく、無数の刃物に貫かれたまま事切れていた。
半眼の瞳は何も映さず、表情は何も伝えない。
人間だったモノに掴まれ、その場に縛られる二人の少女。それは、まるで磔のようだった。そう思えてしまうほどに、彼女たちの姿は静謐だったのだ。
「咲良、謝るの忘れてた。腕、傷つけてごめんね。痛かったでしょ」
場違いとも思える遙香のセリフを聞いても、咲良は何の反応も示さない。
代わりに、少し離れた場所から声が聞こえた。
「あと一人」
その声を発した男はニヤァと見覚えのある笑いを浮かべていた。
男が周囲に散らばる人間だったモノを咲良目がけてけしかける。
「それから、もう一つごめん」
遙香は咲良を守るようにツタの囲いを作る。その上から、さらに何重にも何重にもツタを這わせていった。それと同時に、自分と遙香、凛の周りにも大量のツタを這わせる。咲良も、遙香も、純麗も、凛も、朱音も、人間だったモノも、全てがツタに飲み込まれていく。
そして、彼女は告げる。
「私さ、今度は耐えられそうにないや」
その言葉が発せられた直後。
路上の全てを埋め尽くしたナツヅタが、一斉に赤く染まった。
それは遙香の命の全てを発露したかのように鮮やかで、けれど悲しみに満ち溢れた色だった。
「―繰り返す」
やっと分かった。
咲良にずっと聞こえていた声。
「―全てを失う」
(このことだったんだ)
暗い暗いツタの中で、咲良は理解した。
(私が、真実を知ったから)
自分のせいで。
(私が、みんなを巻き込んだから)
自分のせいで。
(私の……)
自分のせいで。
(……私のせいだ)
「あは……あはは……」
壊れても、助けてくれる人はもういない。いっそ厳しく糾弾して欲しいと願っても、その人たちはもういない。
(そうだ)
何もなかったことにしよう。あのときみたいに。姉に殺されたときみたいに。記憶に蓋をしてしまおう。
(私も、耐えられそうにない)
また、声が聞こえる。
「―そうだ、それでいい。それで、いい」
(…………そう、これでいい……………………………………それで、いい?)
咲良は違和感を覚えた。
(今まで真実を探すなってしつこかった人が……知ったら全て失うって言ってたのに『それでいい』? もう、全部なくしてるのに……?)
「―やめろ。それでいいんだ。もう何も考えるな」
その言葉で、確信した。
「まだ、私は全部を知っていないんだ」
「―進むな。全てを失う」
「これ以上、私は何を失うっていうの?」
咲良は自分への憤りから、自棄になっていた。
「これから失うって言ったら、自分の命くらいでしょ!? そんなものもういらない! 私は全てを知る! 全てを知って死ぬ! 命なんて……くれてやる!!」
「―やめ……」
「ならば知るがいい」
いつもの声が制止しようとしたとき、それを遮るように聞こえた別の声。それは機械的で、無機質な声色をしていた。
「知って、その結末を我々に観測されるがいい。今までと同じ結末か、それとも別の結末か」
「……あなたは、誰?」
「我々は電子生命体。人間を観測し、その秘密を暴くモノ―」
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