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第二十九.五話
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「じゃあ、ウチはこのまま消えちゃうってことなんやな」
亜利沙は穏やかな海を見つめて、砂浜に座りながらそう呟いた。寄せては返す波の音が心地良い。
「うん。断片化した前世の記憶を取り戻しかけていたから、システムがエラーとしてサーバー内のお姉ちゃんのデータを削除しちゃったんだよ。いずれ、お姉ちゃんは別のお姉ちゃんとして生まれ変わる」
隣には陽介とよく似た姿の少年がいた。
「そっか」
亜利沙は目を細める。
「でも、完全に消える訳じゃない。僕がここにいるように、お姉ちゃんも海に帰る」
「海?」
「海はね、どこにでも存在してるんだよ。全てを記憶して、ずっとずっと存在する。みんなそれに気づかないけれど」
そこで、陽介は間を区切ってこう言った。
「でも、お姉ちゃんの周りには面白い人がいるね」
「面白い人?」
「うん。見てみる?」
「よう分からんけど、見られるもんなら見せてもらおうかな」
亜利沙が答えた瞬間、海がある映像を映し出した。
「咲良と遙香?」
その映像では遙香がなぜかツタを振るっていた。
「何や、あれ?」
「あれはね、元々海に記憶されていたものだよ。遙香さんは、自分の記憶とそれを繋いで表現した」
「そんなことできるものなん?」
「普通はできない。遙香さんはすごく自然体なんだよ。海がそこにあるように、遙香さんもそこにあった。それが海と人を繋いだ」
「ふぅん? それが敵に見えてないのは何でなん?」
「電子生命体には見えないよ。今のままではね。心を分析することはできても、感じることはできていないんだよ。海も知りたいと思って分かるものじゃない。ただ、そこにある。それが海だから」
映像は遙香の最後と、咲良の最後を映す。
「遙香……咲良……」
その光景を悲惨だとは思う。でも、自分にそれを救う術はない。
「陽介、ウチは海に帰ったら陽介と一緒にいられるん?」
「そうだよ。海は全てを記憶するから。でも、今のお姉ちゃんがそのままの形を残す訳じゃない。海は、全部だから」
「遙香も咲良もそこへ行けるんよね?」
亜利沙の質問に、陽介は首を横に振った。
「それは、無理かな」
「え、何でなん?」
亜利沙は驚いて立ち上がり、陽介を振り向く。
「海は全部を記憶するんやろ?」
「そうだよ。でも、あの二人は例外」
「例外?」
「だって、遙香さんはまだ生きてるから」
「遙香生きとんの!? ……良かった……」
亜利沙はほっとして胸をなで下ろした。
「遙香も寿命を全うしたらまた会えるんやろ?」
「それはできない」
「何で!?」
「遙香さんは、海によって自分と凛さん、純麗さんの体の時を止めた。今も凛さんの亡骸を抱えながら、眠ってる。未来永劫そこで眠り続けるつもりみたい」
「そんな…………じゃ、じゃあ咲良は? 咲良は来られるんか!?」
陽介はそこで言いよどんだ。
「咲良さんは……もっと特別だよ。誕生の時に電子生命体と混ざり合って、断片化したゴーストたちと関わって、お姉ちゃんが前の記憶を取り戻しかけたときにいて、遙香さんのそばにいたことで海を感じて。咲良さんは混沌になっちゃった。そして、自分の実体、脳を破壊したことによって……咲良さん自身が海になった」
「つまりどういうことなんや!?」
「咲良さんは新たに誕生した海。もう、僕たちの海では咲良さんを感じない。咲良さんは、僕たちとは相容れず、無限のときを一人で過ごすんだよ」
「そないなことって…………」
亜利沙はショックを受けて立ち尽くす。
「でも、それは二人が選んだことなんだよ」
「…………選んだ?」
亜利沙は虚ろな表情で呟く。
「お姉ちゃんもそろそろ海に帰るときがきたね」
亜利沙の輪郭が曖昧になっていく。
(…………選んだ)
消え去るときになって、亜利沙はその言葉が引っかかった。
(選んだ……そうか、咲良と遙香は選んだんや…………)
それがどんなに悲しいことでも、二人は選んだ。
(ウチは……)
自分は。
「…………ない」
「お姉ちゃん?」
陽介が消えかかった亜利沙をのぞき込む。
「ウチはまだ何も選んでないやんか……!」
拳を握りしめた亜利沙は陽介に向き直った。
「ごめん、陽介! ウチ、まだやり残したことがあるんや!」
消えかかった亜利沙の存在が逆再生のように復活していく。
「え」
陽介が驚く。
「陽介! 大往生したら必ず会いに行くから! それまで待っててや!」
そう言い残して、亜利沙の姿はその場から消えた。
しばらく呆然としていた陽介は笑った。
「海って、全部じゃないのかもしれないな」
少なくとも、海はこんな不可思議な現象を記憶してはいなかった。
亜利沙は穏やかな海を見つめて、砂浜に座りながらそう呟いた。寄せては返す波の音が心地良い。
「うん。断片化した前世の記憶を取り戻しかけていたから、システムがエラーとしてサーバー内のお姉ちゃんのデータを削除しちゃったんだよ。いずれ、お姉ちゃんは別のお姉ちゃんとして生まれ変わる」
隣には陽介とよく似た姿の少年がいた。
「そっか」
亜利沙は目を細める。
「でも、完全に消える訳じゃない。僕がここにいるように、お姉ちゃんも海に帰る」
「海?」
「海はね、どこにでも存在してるんだよ。全てを記憶して、ずっとずっと存在する。みんなそれに気づかないけれど」
そこで、陽介は間を区切ってこう言った。
「でも、お姉ちゃんの周りには面白い人がいるね」
「面白い人?」
「うん。見てみる?」
「よう分からんけど、見られるもんなら見せてもらおうかな」
亜利沙が答えた瞬間、海がある映像を映し出した。
「咲良と遙香?」
その映像では遙香がなぜかツタを振るっていた。
「何や、あれ?」
「あれはね、元々海に記憶されていたものだよ。遙香さんは、自分の記憶とそれを繋いで表現した」
「そんなことできるものなん?」
「普通はできない。遙香さんはすごく自然体なんだよ。海がそこにあるように、遙香さんもそこにあった。それが海と人を繋いだ」
「ふぅん? それが敵に見えてないのは何でなん?」
「電子生命体には見えないよ。今のままではね。心を分析することはできても、感じることはできていないんだよ。海も知りたいと思って分かるものじゃない。ただ、そこにある。それが海だから」
映像は遙香の最後と、咲良の最後を映す。
「遙香……咲良……」
その光景を悲惨だとは思う。でも、自分にそれを救う術はない。
「陽介、ウチは海に帰ったら陽介と一緒にいられるん?」
「そうだよ。海は全てを記憶するから。でも、今のお姉ちゃんがそのままの形を残す訳じゃない。海は、全部だから」
「遙香も咲良もそこへ行けるんよね?」
亜利沙の質問に、陽介は首を横に振った。
「それは、無理かな」
「え、何でなん?」
亜利沙は驚いて立ち上がり、陽介を振り向く。
「海は全部を記憶するんやろ?」
「そうだよ。でも、あの二人は例外」
「例外?」
「だって、遙香さんはまだ生きてるから」
「遙香生きとんの!? ……良かった……」
亜利沙はほっとして胸をなで下ろした。
「遙香も寿命を全うしたらまた会えるんやろ?」
「それはできない」
「何で!?」
「遙香さんは、海によって自分と凛さん、純麗さんの体の時を止めた。今も凛さんの亡骸を抱えながら、眠ってる。未来永劫そこで眠り続けるつもりみたい」
「そんな…………じゃ、じゃあ咲良は? 咲良は来られるんか!?」
陽介はそこで言いよどんだ。
「咲良さんは……もっと特別だよ。誕生の時に電子生命体と混ざり合って、断片化したゴーストたちと関わって、お姉ちゃんが前の記憶を取り戻しかけたときにいて、遙香さんのそばにいたことで海を感じて。咲良さんは混沌になっちゃった。そして、自分の実体、脳を破壊したことによって……咲良さん自身が海になった」
「つまりどういうことなんや!?」
「咲良さんは新たに誕生した海。もう、僕たちの海では咲良さんを感じない。咲良さんは、僕たちとは相容れず、無限のときを一人で過ごすんだよ」
「そないなことって…………」
亜利沙はショックを受けて立ち尽くす。
「でも、それは二人が選んだことなんだよ」
「…………選んだ?」
亜利沙は虚ろな表情で呟く。
「お姉ちゃんもそろそろ海に帰るときがきたね」
亜利沙の輪郭が曖昧になっていく。
(…………選んだ)
消え去るときになって、亜利沙はその言葉が引っかかった。
(選んだ……そうか、咲良と遙香は選んだんや…………)
それがどんなに悲しいことでも、二人は選んだ。
(ウチは……)
自分は。
「…………ない」
「お姉ちゃん?」
陽介が消えかかった亜利沙をのぞき込む。
「ウチはまだ何も選んでないやんか……!」
拳を握りしめた亜利沙は陽介に向き直った。
「ごめん、陽介! ウチ、まだやり残したことがあるんや!」
消えかかった亜利沙の存在が逆再生のように復活していく。
「え」
陽介が驚く。
「陽介! 大往生したら必ず会いに行くから! それまで待っててや!」
そう言い残して、亜利沙の姿はその場から消えた。
しばらく呆然としていた陽介は笑った。
「海って、全部じゃないのかもしれないな」
少なくとも、海はこんな不可思議な現象を記憶してはいなかった。
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