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第十二糞
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※今から始まる第十二糞の物語の主役は二人となります。一人目は主人公、池谷和人。二人目はクラス一の美人と名高い楠玲奈。第十二糞ではそれぞれの立場を明確にするために、和人の思いやセリフは“●”を、玲奈の思いやセリフは“○”を付与しています。また、その関係上、「」や()などの段の始まりを全体的に一字下げております。ご了承ください。
勉強合宿。
それは多くの進学校で実施される定番行事だ。鰤便高校では二年生の夏に二泊三日で行われるが、その様子も他の高校とは少し違う。まず、学年全体の泊まる場所は一緒だが、合宿中はだいたいクラスごとにまとまって活動する。そして、勉強合宿と名前が付いているが、勉強以外にいくつかのイベントが行われるのだ。
○「楽しみですね、合宿」
山の合宿所に向かう途中のバスで楠玲奈が隣の席の岡本に向かって言った。玲奈は池谷和人が入学当初から気になっていた相手で、岡本はぽっちゃり系だみ声ブスだ。
「そうね、でも勉強合宿なんだからあまり浮ついてちゃダメよ」
○(うるさいです、ブス)
因みに玲奈は心の中では口が汚い。
○「うふふ、そうですね。私としたことがうっかりしていました」
玲奈のクソみたいな高校生活は、入学当初に岡本から声をかけられたことから始まった。あのとき以来、岡本は玲奈のそばを離れず、必然的に親友的ポジションに居座ってしまったのだ。でも、それはまだ許容範囲だ。玲奈にとって一番の悲劇は、「うんこクラス」の一員だということだ。だから、その要因である池谷和人には殺意にも似た憎悪を持っている。
「どうしたの、玲奈。変な顔してるわよ」
○「いえ、大丈夫です。少しバスに酔っただけですから」
○(あなたの顔より変な人はいないから大丈夫ですよ)
「そう、体調管理はしっかりするのよ」
○(あなたはお腹の脂肪管理をしっかりしてから言ってください)
「もうすぐ着くので荷物などをまとめておいてくださいね」
担任の茂木がそう言うと、まもなくバスは目的地へと到着した。
一日目の日程は、朝は勉強、昼も勉強、夕食作りを挟んで夜にも勉強だ。初日に疲れさせておいて、余分なことを考えなくさせるという教員側の罠である。
昼の勉強を終えた頃、疲れ気味の生徒たちは、一つ目のイベント「夕食作り」が始まるということで、多少元気を取り戻していた。
●「みんな、よろしく!」
夕食作りはいくつかのグループに分かれて行われる。和人のグループは他に天使佐藤、和人の親友小川泰平、小太り内山。そして。
○(最悪です……)
玲奈は頭を抱えそうになった。この中に、和人と内山、二人もやらかしたやつがいる。そう思ったからだ。しかし、学校には知れ渡っていないが、小川も花火大会で脱糞している。つまり、始まりの脱糞、脱糞スターマイン、音合わせの脱糞の三名が揃っていることになる。
●(やっぱり楠さんは可憐だ……同じグループになれて良かった)
玲奈が絶望する一方、和人は浮かれていた。
「では、今から夕食作りに入りますが、今日作ってもらうのはカレーです。比較的簡単なので失敗はないと思いますが、頑張って作りましょう」
担任がメニューを発表すると、玲奈はさらに顔を暗くした。
○(よりによってカレーですか……)
カレー。それは老若男女問わずほとんどの者が大好物のメニューだ。しかし、その独特の色から良からぬモノを連想してしまう者も多い。
●(ん。何か楠さん暗い顔してるな。嫌なことでもあったのかな。……よし、面白いこと言って元気づけよう)
●「じゃあ、うんこ作り始めよっか」
「そうだな、うんこを……って自虐かよ!」
和人のボケに泰平がツッコむ。
●(渾身の自虐ネタだ。これで笑わないやつはいまい)
和人はそう思って、周りを見た。
●(まず、内山。あれ?いないな。まぁいいや。次、佐藤さん。お、笑ってくれてる。さすが天使。そして、楠さん……ん、一応笑ってくれてるのか? 何か笑顔が張り付いているように見えるが。まぁ、序盤としては上々だろう)
○(こいつ殺す。絶対殺す)
玲奈は呪いの言葉を心中で唱えていた。
●「じゃあ、気を取り直してカレー作りを始めよう」
それぞれが分担し、カレー作りに集中していると、内山が戻ってきた。
●「内山、どうしたんだ?」
「あ、うん。ちょっとトイレに」
●「また、うんこか~? まぁ、今日はカレーだしちょうどいいか」
「うん、ごめんね」
「気にするな気にするな。俺らうんこクラスだしな、ガハハ!」
和人と泰平が内山の肩を叩く。
○(殺す殺す殺す殺す……)
「僕は何をすれば……あ、お肉がまだ切れてないね」
○(え、ちょっとまってください! お大便に行ったあとに触るんですか!?)
○「わ、私が今からそれ切ろうと思ってたから大丈夫です!」
「うーん、じゃあ……あ! 人参がまだだね」
「だああああいじょうぶです! 私がやります!」
「そう? じゃあお願いするね」
額の汗をぬぐいながら肉と人参を切り分けていく玲奈。
そして、一通りの準備が終わると、玲奈はため息をついた。
○(ふぅ~、危なかったです)
「あ、終わったみたいだね、これ鍋に入れちゃうよ」
○「あ、はい。よろしくお願いします」
○(ん?)
玲奈は固まった。今、ここにある食材を持って行ったのは誰だ。
彼女は恐る恐る鍋の方を見る。
ドボドボドボ。
食材を鍋に投入したのは内山だった。
「じゃあ、ちょっと俺も便所行ってくるわ」
泰平がトイレに向かおうとしたところ、内山が声をかけた。
「あ、トイレの水出なかったから気をつけて」
「おーう、分かった。ま、出ないもんを気をつけようがないがな、ガハハ!」
「楠さん、食べないの?」
「はい、ちょっと食欲がわかなくて……」
合宿二日目。
一日目は皆制服やジャージだったが、今日からは私服に着替えている。
だから、普段見慣れぬクラスメイトの私服姿にウキウキしている者も多い。玲奈も白のワンピースに着替えている。しかし、彼女の目の下には隈ができていた。昨日、夕飯を食べなかったせいでお腹が空き、よく眠れなかったのだ。
●(白のワンピース……グッドだ、楠さん)
そんな事情も知らず、和人は玲奈の私服に見とれていた。
玲奈の体調は昼を過ぎても治らず、気持ち悪さで吐きそうになった。
○「うっ」
「大丈夫? 楠さん」
心配した佐藤が声をかける。
○「昨日、あまり眠れなくて……気分が優れないんです」
「これ、どうぞ」
○「これは?」
「私も体調崩すこと多いから常備薬を色々持ってるの」
○「ありがとうございます、あとでいただきますね」
肝試し。
それはもはやサブカルチャーの殿堂。吊り橋効果を狙うチャンス。
そして、勉強合宿二日目の最大イベントでもある。
だが。
○(最悪です……)
佐藤の薬のおかげか、調子が戻ってきたはずの玲奈は絶望にくれていた。彼女の持っているクジには①と書かれている。そして、同じ番号が書かれたクジを持つのは。
●「よろしく、楠さん」
○(ストゥール……)
この勉強合宿、玲奈は呪われていると言っても過言ではなかった。
●「札をとってくるだけだから簡単だね。じゃあ行こう」
懐中電灯を片手に、和人が先導する。玲奈はそのかなり後ろからついていく。
○(うっ)
和人と一緒のせいか、また調子が悪くなってきた。
●「いやー、まさか楠さんと一緒とは。あんまり話したことなかったから嬉しいよ」
○「そ、そうですね、うふふ」
○(当たり前ですね。あなたと話したくなんてないですから……ん)
玲奈は腹部に違和感を覚えた。
○(この感じ……まさか)
確信する前に波がやってきた。
○(うっ、お腹が……よりによってこんなときに……)
腹をさすりながら何とか和人の背中を追う。
●「でも、夜って怖いよね。何か出そうで」
○(やめてください、出るとか言わないでください。ホントに出てしまいます。いろんな意味で)
和人の背中がどんどん遠のいていく。追いつきたいが、今の状況では速度が出ない。別の物が出てしまう。
○(まさか、この私が出すわけには……美人で清楚なこの私が)
そうこうしているうちに、和人の背中が見えなくなってしまった。
○(あれ?)
懐中電灯はペアで一つだ。
○(あれ、何も見えないのですけど)
何も見えず、夜の林に一人。
○(え、ちょ、え)
意識した瞬間、恐怖で体が震えた。
○(怖い……怖い怖い怖い!)
足がすくんだ。
○(この際ストゥールでもいいから早く戻ってきてください!)
だが、しばらくたっても誰も来ない。
ガサッ。
林の中から何かの音がした。
○(え)
普通に考えて、道以外から生徒が来るはずがない。
○(ちょっと待って……)
ガサガサ。
音は近づいてくる。逃げたいが、玲奈の足はガクガク震えて動けない。暗闇に目が慣れてきた分、草の動く様子が見えて、余計に怖い。
○(そんな……!)
音はすぐそこまで迫っていた。
そして。
「だぁれかしら」
およそ人間の顔とは思えない化け物が姿を現わした。
○「きゃあああああああああああああ!」
玲奈は叫び声を上げて、蹲った。
「何してるの? 玲奈」
○「え?」
それは岡本の声だった。
○「岡本さん?」
「そうだけど何でこんな所に一人でいるの?」
○「池谷さんとはぐれてしまって……そんなことより岡本さんは?」
「私も迷っちゃって気づいたらここに出たの」
○(この一本道でどう迷ったらそこから出てくるんですか、ブス)
何はともあれ、知り合いと合流できて安心した玲奈はふぅ、と息をついた。
○(助かりました)
「あれ?」
○「どうかしたんですか?」
「それ、何かしら」
玲奈は岡本が指をさした場所を見る。それは自分の股の下。
○「……」
コロンとした物体が落ちていた。
「ねぇ、それって」
○(うそ……)
それは、紛れもなく人糞だった。
○(いつ……)
あまりの事に頭が回らない中、意味の無い思考をする。
○(そうか、さっきブスの顔を見たときにびっくりして……)
「やっぱりそうよね、それ」
○(やめて)
「間違いないわ」
○(ヤメテ……それ以上言ったら私の人生は……)
「大便よね」
「え、大便が何だって?」
岡本が大便だと断定した瞬間、運悪く後続のグループが追いついた。
○(さようなら、現世……)
「なぁ岡本。大便が何だって? あれ、楠さん? 何で泣いてんの?」
○(死のう……)
玲奈が立ち上がってフラフラと歩いていくと。
ドン。
何かにぶつかった。
●「玲奈さん探しに来たんだけど……みんな追いついちゃったんだ。……あれ? どうしたの?」
それは和人だった。
「玲奈のいた所に大便が転がってたのよ」
「え、それってまさか」
岡本の暴露に後続のペアがざわついた。しかし、玲奈の他に絶望している者がいた。
●(しまった! いつだ!?)
和人である。
●(そうか、俺)
和人は幽霊という摩訶不思議な現象が大の苦手だった。
●(恐怖のあまり、気づかない間に脱糞してしまっていたのか!)
冷静に玲奈に話しかけながら進んでいたように見えた和人。だが、彼の足はブルブルと震えていた。
●(一度は冤罪だったが、ついに俺は本当に)
「やっぱり楠さんが……」
玲奈は額を和人の胸に当てたまま、ビクリと震えた。
「楠さんがだっぷ――」
●「すまん! それ俺だ! 俺が脱糞してしまったんだ!」
○(え?)
しんと静まりかえる中、玲奈だけが困惑した。
そして。
「なーんだ、またストゥールかよ!」
「俺はてっきり楠さんがやっちまったかと」
「そんな訳ねぇだろ! あの楠さんが脱糞なんてありえねぇ」
「全く、池谷くんはお騒がせね」
「んじゃま、さっさと札とりに行こっか」
先へ進むクラスメイトたち。
しばらくして。
●「あの……楠さん?」
皆が去ったあとも、玲奈は和人の胸から離れなかった。
●「おーい、楠さん?」
○「……何で」
●「え?」
○「何で私をかばったんですか?」
●「かばった?」
○「だってそうでしょ! 本当に脱糞したのは私なんですから!!」
●(どういうことだ?)
和人は考えた。考えても分からないからパンツに手を突っ込んだ。
●(うんカスが付いてこない!? じゃあ、本当に楠さんが……)
○「ねぇ、何でですか!?」
泣きじゃくって叫ぶ玲奈。
○「池谷さんのとき、私はあなたを蔑んだ目で見ました! バレンタインのとき、藤田くんに裏切らせてデマを流しました! なのに……なのにあなたは何で! 何で助けてくれたんですかっ」
●「え? そうなの!? ちょっとまって、じゃあバレンタインのときの脱糞も…………まさか、最初の脱糞も楠さんが仕込んで!?」
○「……は? 何言ってるんですか? 最初のもバレンタインのときもあなたが脱糞したんじゃないんですか?」
●「いや、今初めて言うけど、俺はまだ一度も公衆の面前で脱糞なんてしたことない! 全部、濡れ衣なんだ!」
○「そんな、まさか…………」
○(でも、私をかばってくれたのは池谷さんなんですよね……)
●「信じてよ、楠さん!」
和人は玲奈の両肩を掴んだ。
ドキッ。
玲奈の心臓が跳ねた。
○(吊り橋効果……分かっていますけど)
玲奈は涙を拭いて顔を上げた。
○「分かりました……私、池谷さんのこと信じます!」
そして、玲奈は和人に抱きついた。
○「それと、意地悪してごめんなさい、和人さん」
和人にとって本当なら、とても嬉しい状況だが、彼にはまだ考えることがあった。
●(俺を貶めようとした楠さんでさえ、犯人じゃなかった。じゃあ、誰があのとき脱糞を……? このクラスには、裏切り者がいる……!)
ますます深まる謎に和人は渋い顔をするのであった。
「あれ?」
就寝前、佐藤は常備薬の確認をしていた。
何度確認しても便秘薬が足りない。代わりに、玲奈に渡したはずの薬が減っていなかった。
「うーん……? まあいっか」
こうして事件の真相は夜の闇に消えていったのである。
そう、まさに。
“真夏の夜の脱糞”のごとく。
勉強合宿。
それは多くの進学校で実施される定番行事だ。鰤便高校では二年生の夏に二泊三日で行われるが、その様子も他の高校とは少し違う。まず、学年全体の泊まる場所は一緒だが、合宿中はだいたいクラスごとにまとまって活動する。そして、勉強合宿と名前が付いているが、勉強以外にいくつかのイベントが行われるのだ。
○「楽しみですね、合宿」
山の合宿所に向かう途中のバスで楠玲奈が隣の席の岡本に向かって言った。玲奈は池谷和人が入学当初から気になっていた相手で、岡本はぽっちゃり系だみ声ブスだ。
「そうね、でも勉強合宿なんだからあまり浮ついてちゃダメよ」
○(うるさいです、ブス)
因みに玲奈は心の中では口が汚い。
○「うふふ、そうですね。私としたことがうっかりしていました」
玲奈のクソみたいな高校生活は、入学当初に岡本から声をかけられたことから始まった。あのとき以来、岡本は玲奈のそばを離れず、必然的に親友的ポジションに居座ってしまったのだ。でも、それはまだ許容範囲だ。玲奈にとって一番の悲劇は、「うんこクラス」の一員だということだ。だから、その要因である池谷和人には殺意にも似た憎悪を持っている。
「どうしたの、玲奈。変な顔してるわよ」
○「いえ、大丈夫です。少しバスに酔っただけですから」
○(あなたの顔より変な人はいないから大丈夫ですよ)
「そう、体調管理はしっかりするのよ」
○(あなたはお腹の脂肪管理をしっかりしてから言ってください)
「もうすぐ着くので荷物などをまとめておいてくださいね」
担任の茂木がそう言うと、まもなくバスは目的地へと到着した。
一日目の日程は、朝は勉強、昼も勉強、夕食作りを挟んで夜にも勉強だ。初日に疲れさせておいて、余分なことを考えなくさせるという教員側の罠である。
昼の勉強を終えた頃、疲れ気味の生徒たちは、一つ目のイベント「夕食作り」が始まるということで、多少元気を取り戻していた。
●「みんな、よろしく!」
夕食作りはいくつかのグループに分かれて行われる。和人のグループは他に天使佐藤、和人の親友小川泰平、小太り内山。そして。
○(最悪です……)
玲奈は頭を抱えそうになった。この中に、和人と内山、二人もやらかしたやつがいる。そう思ったからだ。しかし、学校には知れ渡っていないが、小川も花火大会で脱糞している。つまり、始まりの脱糞、脱糞スターマイン、音合わせの脱糞の三名が揃っていることになる。
●(やっぱり楠さんは可憐だ……同じグループになれて良かった)
玲奈が絶望する一方、和人は浮かれていた。
「では、今から夕食作りに入りますが、今日作ってもらうのはカレーです。比較的簡単なので失敗はないと思いますが、頑張って作りましょう」
担任がメニューを発表すると、玲奈はさらに顔を暗くした。
○(よりによってカレーですか……)
カレー。それは老若男女問わずほとんどの者が大好物のメニューだ。しかし、その独特の色から良からぬモノを連想してしまう者も多い。
●(ん。何か楠さん暗い顔してるな。嫌なことでもあったのかな。……よし、面白いこと言って元気づけよう)
●「じゃあ、うんこ作り始めよっか」
「そうだな、うんこを……って自虐かよ!」
和人のボケに泰平がツッコむ。
●(渾身の自虐ネタだ。これで笑わないやつはいまい)
和人はそう思って、周りを見た。
●(まず、内山。あれ?いないな。まぁいいや。次、佐藤さん。お、笑ってくれてる。さすが天使。そして、楠さん……ん、一応笑ってくれてるのか? 何か笑顔が張り付いているように見えるが。まぁ、序盤としては上々だろう)
○(こいつ殺す。絶対殺す)
玲奈は呪いの言葉を心中で唱えていた。
●「じゃあ、気を取り直してカレー作りを始めよう」
それぞれが分担し、カレー作りに集中していると、内山が戻ってきた。
●「内山、どうしたんだ?」
「あ、うん。ちょっとトイレに」
●「また、うんこか~? まぁ、今日はカレーだしちょうどいいか」
「うん、ごめんね」
「気にするな気にするな。俺らうんこクラスだしな、ガハハ!」
和人と泰平が内山の肩を叩く。
○(殺す殺す殺す殺す……)
「僕は何をすれば……あ、お肉がまだ切れてないね」
○(え、ちょっとまってください! お大便に行ったあとに触るんですか!?)
○「わ、私が今からそれ切ろうと思ってたから大丈夫です!」
「うーん、じゃあ……あ! 人参がまだだね」
「だああああいじょうぶです! 私がやります!」
「そう? じゃあお願いするね」
額の汗をぬぐいながら肉と人参を切り分けていく玲奈。
そして、一通りの準備が終わると、玲奈はため息をついた。
○(ふぅ~、危なかったです)
「あ、終わったみたいだね、これ鍋に入れちゃうよ」
○「あ、はい。よろしくお願いします」
○(ん?)
玲奈は固まった。今、ここにある食材を持って行ったのは誰だ。
彼女は恐る恐る鍋の方を見る。
ドボドボドボ。
食材を鍋に投入したのは内山だった。
「じゃあ、ちょっと俺も便所行ってくるわ」
泰平がトイレに向かおうとしたところ、内山が声をかけた。
「あ、トイレの水出なかったから気をつけて」
「おーう、分かった。ま、出ないもんを気をつけようがないがな、ガハハ!」
「楠さん、食べないの?」
「はい、ちょっと食欲がわかなくて……」
合宿二日目。
一日目は皆制服やジャージだったが、今日からは私服に着替えている。
だから、普段見慣れぬクラスメイトの私服姿にウキウキしている者も多い。玲奈も白のワンピースに着替えている。しかし、彼女の目の下には隈ができていた。昨日、夕飯を食べなかったせいでお腹が空き、よく眠れなかったのだ。
●(白のワンピース……グッドだ、楠さん)
そんな事情も知らず、和人は玲奈の私服に見とれていた。
玲奈の体調は昼を過ぎても治らず、気持ち悪さで吐きそうになった。
○「うっ」
「大丈夫? 楠さん」
心配した佐藤が声をかける。
○「昨日、あまり眠れなくて……気分が優れないんです」
「これ、どうぞ」
○「これは?」
「私も体調崩すこと多いから常備薬を色々持ってるの」
○「ありがとうございます、あとでいただきますね」
肝試し。
それはもはやサブカルチャーの殿堂。吊り橋効果を狙うチャンス。
そして、勉強合宿二日目の最大イベントでもある。
だが。
○(最悪です……)
佐藤の薬のおかげか、調子が戻ってきたはずの玲奈は絶望にくれていた。彼女の持っているクジには①と書かれている。そして、同じ番号が書かれたクジを持つのは。
●「よろしく、楠さん」
○(ストゥール……)
この勉強合宿、玲奈は呪われていると言っても過言ではなかった。
●「札をとってくるだけだから簡単だね。じゃあ行こう」
懐中電灯を片手に、和人が先導する。玲奈はそのかなり後ろからついていく。
○(うっ)
和人と一緒のせいか、また調子が悪くなってきた。
●「いやー、まさか楠さんと一緒とは。あんまり話したことなかったから嬉しいよ」
○「そ、そうですね、うふふ」
○(当たり前ですね。あなたと話したくなんてないですから……ん)
玲奈は腹部に違和感を覚えた。
○(この感じ……まさか)
確信する前に波がやってきた。
○(うっ、お腹が……よりによってこんなときに……)
腹をさすりながら何とか和人の背中を追う。
●「でも、夜って怖いよね。何か出そうで」
○(やめてください、出るとか言わないでください。ホントに出てしまいます。いろんな意味で)
和人の背中がどんどん遠のいていく。追いつきたいが、今の状況では速度が出ない。別の物が出てしまう。
○(まさか、この私が出すわけには……美人で清楚なこの私が)
そうこうしているうちに、和人の背中が見えなくなってしまった。
○(あれ?)
懐中電灯はペアで一つだ。
○(あれ、何も見えないのですけど)
何も見えず、夜の林に一人。
○(え、ちょ、え)
意識した瞬間、恐怖で体が震えた。
○(怖い……怖い怖い怖い!)
足がすくんだ。
○(この際ストゥールでもいいから早く戻ってきてください!)
だが、しばらくたっても誰も来ない。
ガサッ。
林の中から何かの音がした。
○(え)
普通に考えて、道以外から生徒が来るはずがない。
○(ちょっと待って……)
ガサガサ。
音は近づいてくる。逃げたいが、玲奈の足はガクガク震えて動けない。暗闇に目が慣れてきた分、草の動く様子が見えて、余計に怖い。
○(そんな……!)
音はすぐそこまで迫っていた。
そして。
「だぁれかしら」
およそ人間の顔とは思えない化け物が姿を現わした。
○「きゃあああああああああああああ!」
玲奈は叫び声を上げて、蹲った。
「何してるの? 玲奈」
○「え?」
それは岡本の声だった。
○「岡本さん?」
「そうだけど何でこんな所に一人でいるの?」
○「池谷さんとはぐれてしまって……そんなことより岡本さんは?」
「私も迷っちゃって気づいたらここに出たの」
○(この一本道でどう迷ったらそこから出てくるんですか、ブス)
何はともあれ、知り合いと合流できて安心した玲奈はふぅ、と息をついた。
○(助かりました)
「あれ?」
○「どうかしたんですか?」
「それ、何かしら」
玲奈は岡本が指をさした場所を見る。それは自分の股の下。
○「……」
コロンとした物体が落ちていた。
「ねぇ、それって」
○(うそ……)
それは、紛れもなく人糞だった。
○(いつ……)
あまりの事に頭が回らない中、意味の無い思考をする。
○(そうか、さっきブスの顔を見たときにびっくりして……)
「やっぱりそうよね、それ」
○(やめて)
「間違いないわ」
○(ヤメテ……それ以上言ったら私の人生は……)
「大便よね」
「え、大便が何だって?」
岡本が大便だと断定した瞬間、運悪く後続のグループが追いついた。
○(さようなら、現世……)
「なぁ岡本。大便が何だって? あれ、楠さん? 何で泣いてんの?」
○(死のう……)
玲奈が立ち上がってフラフラと歩いていくと。
ドン。
何かにぶつかった。
●「玲奈さん探しに来たんだけど……みんな追いついちゃったんだ。……あれ? どうしたの?」
それは和人だった。
「玲奈のいた所に大便が転がってたのよ」
「え、それってまさか」
岡本の暴露に後続のペアがざわついた。しかし、玲奈の他に絶望している者がいた。
●(しまった! いつだ!?)
和人である。
●(そうか、俺)
和人は幽霊という摩訶不思議な現象が大の苦手だった。
●(恐怖のあまり、気づかない間に脱糞してしまっていたのか!)
冷静に玲奈に話しかけながら進んでいたように見えた和人。だが、彼の足はブルブルと震えていた。
●(一度は冤罪だったが、ついに俺は本当に)
「やっぱり楠さんが……」
玲奈は額を和人の胸に当てたまま、ビクリと震えた。
「楠さんがだっぷ――」
●「すまん! それ俺だ! 俺が脱糞してしまったんだ!」
○(え?)
しんと静まりかえる中、玲奈だけが困惑した。
そして。
「なーんだ、またストゥールかよ!」
「俺はてっきり楠さんがやっちまったかと」
「そんな訳ねぇだろ! あの楠さんが脱糞なんてありえねぇ」
「全く、池谷くんはお騒がせね」
「んじゃま、さっさと札とりに行こっか」
先へ進むクラスメイトたち。
しばらくして。
●「あの……楠さん?」
皆が去ったあとも、玲奈は和人の胸から離れなかった。
●「おーい、楠さん?」
○「……何で」
●「え?」
○「何で私をかばったんですか?」
●「かばった?」
○「だってそうでしょ! 本当に脱糞したのは私なんですから!!」
●(どういうことだ?)
和人は考えた。考えても分からないからパンツに手を突っ込んだ。
●(うんカスが付いてこない!? じゃあ、本当に楠さんが……)
○「ねぇ、何でですか!?」
泣きじゃくって叫ぶ玲奈。
○「池谷さんのとき、私はあなたを蔑んだ目で見ました! バレンタインのとき、藤田くんに裏切らせてデマを流しました! なのに……なのにあなたは何で! 何で助けてくれたんですかっ」
●「え? そうなの!? ちょっとまって、じゃあバレンタインのときの脱糞も…………まさか、最初の脱糞も楠さんが仕込んで!?」
○「……は? 何言ってるんですか? 最初のもバレンタインのときもあなたが脱糞したんじゃないんですか?」
●「いや、今初めて言うけど、俺はまだ一度も公衆の面前で脱糞なんてしたことない! 全部、濡れ衣なんだ!」
○「そんな、まさか…………」
○(でも、私をかばってくれたのは池谷さんなんですよね……)
●「信じてよ、楠さん!」
和人は玲奈の両肩を掴んだ。
ドキッ。
玲奈の心臓が跳ねた。
○(吊り橋効果……分かっていますけど)
玲奈は涙を拭いて顔を上げた。
○「分かりました……私、池谷さんのこと信じます!」
そして、玲奈は和人に抱きついた。
○「それと、意地悪してごめんなさい、和人さん」
和人にとって本当なら、とても嬉しい状況だが、彼にはまだ考えることがあった。
●(俺を貶めようとした楠さんでさえ、犯人じゃなかった。じゃあ、誰があのとき脱糞を……? このクラスには、裏切り者がいる……!)
ますます深まる謎に和人は渋い顔をするのであった。
「あれ?」
就寝前、佐藤は常備薬の確認をしていた。
何度確認しても便秘薬が足りない。代わりに、玲奈に渡したはずの薬が減っていなかった。
「うーん……? まあいっか」
こうして事件の真相は夜の闇に消えていったのである。
そう、まさに。
“真夏の夜の脱糞”のごとく。
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ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
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