哀しい愛

まめ太郎

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 もとから小糸は自らのことを話すのは好きじゃないようで、どんな家庭なのか。兄弟はいるのか。など俺はほとんど何も知らなかった。
 プライベートな話など一切しないで、ひたすら勉強ばかりだが、小糸と二人きりになれるこの朝の時間を、俺はなにより愛おしく思っていた。
 
「あっ、やべっ」
 机の中にあったノートを見て、俺は思わず声を上げた。 
 今朝、小糸に数学を教わっているときに間違って俺が持ってきてしまったらしい。途中まで解いた問題がそこには書かれていた。今朝続きは今夜にでもやると小糸は言っていた。
 俺がこれを持っていたら、小糸が困るじゃないかと迂闊な自分を心の中で罵る。

「貴雄。帰んないの?」
 本条に声を掛けられ、俺は眉を寄せた。
「んー。小糸にノート返したくて」
「あいつならもう帰ったぞ」
 小糸は何か用でもあるのか、授業が終わるといつも真っ先に帰っていく。
 本条は俺が小糸と朝勉強をしているのを知っているからノートの件を話しても変な顔はしなかった。
「あー、どうしようかな。このノート小糸が今日使うって言ってたんだよ」
「メール送ったら?」
「連絡先知らないし」
 ため息をつく俺を本条がじっと見つめる。

「俺、小糸の家の分かるかも」
 本条の言葉に俺はがばっと顔を上げた。
「本当?」
「うん。大体の場所だけど。ほら、スーパー清里あんじゃん?小糸、家があの裏手の一軒家で、あそこでよく買い物してるって言ってたよ」
 毎朝一緒に勉強しているのにそんなことも俺は知らなかった。
「そうなんだ。じゃあ、届けてみようかな」
「でもあいつ貴雄にも連絡先教えてなかったなんて意外だな」
 呟くように本条が言った。
「そう?むしろ俺、本条の方が知ってるかと思ってた」
 クラスで本条と小糸が話しているところを俺は何度も目撃していた。本条は基本的に社交的な奴だから、誰とでもすぐに仲良くなる。
「いや、小糸ってさあ、人当たり良いけど、一線引いてるとこない?放課後俺が誘っても絶対に断って遊びになんて行かないし、連絡先の交換だって、そのうち教えるってはぐらかされたままだし」
 俺は本条も小糸の連絡先を知らないということにどこかほっとした気持ちになった。
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