クロスオーバー・ラブ

黒崎由希

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気がついたら、上司と…11

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「オレ、男とセックスしたこともありますし、こんなことぐらい何でもないんで、気にする必要なんか、ないですよ」

「――…え?」

 快斗の言葉でやっと斎藤の視線が動き、その目と焦点が合うのを見てほっとする。

 レスポンスなしは、顔が見える距離でされる方が辛い、と思いながら苦笑いすると、

「それに比べたらこんなこと、普通ですって」

 と言って、斎藤にボックスティッシュを差し出した。


 一瞬快斗の顔を捉えた斎藤の視線が、差し出したボックスティッシュの方へと逸れる。


 こんなこと、何でもない――斎藤にそう思わせるためとはいえ、今まで誰にも話したことのない事実を告白したその気持ちを察して欲しかった快斗は、それ以上何も言わず、差し出したティッシュを斎藤が受け取ってくれるのを、ただ黙って待つことにする。


 すると、ゆっくりとだが斎藤の腕が持ち上がり、その指先は快斗が差し出すボックスティッシュへと伸ばされ…


(やった…)


 これで斎藤は元に戻れる、と、内心で安堵の息をついた快斗の手首を…斎藤は伸ばした指先で、しっかりと手の中に捉えた。

「え?」

「それは、いつの頃の話なんだ?」

「…え~と、課長?」


(ワザと言ってんのか?)



 『段取り上手』と斎藤が言われる理由は、相手の気持ちを察して余りある行動を取れることにあった。



 例えるなら、誰かが胸ポケットからペンを取り出す仕草をしただけで差し出すほどの勘の良さを見せ、会話の流れや仕事の流れを滞らせないのが、斎藤という人の特徴なのだ。


 …それなのに。


「この会社に入ってからじゃないよな? …となれば、大学生時代か?」

「な、んで…」

「まさか、それより前、とか?」

「こっ、高三の春でしたよッ! って、何なんですか、一体!」



 プレイは続くよ、どこまでも、とでも言うつもりなのか。



 もしそうだとしたら、斎藤はドSな人間だということになる。


 人の羞恥心を煽り、更にその気持ちを抉るような質問をぶつけてくる人間を『サド』と呼ばずにいられない訳などないだろう。


「もう…今日の課長、どこかおかしいですよ?」


 それはここに来た時点から続いているという快斗の認識に間違いはないという証拠のように、冗談で済む域を逸脱しそうな勢いがある。


 このままじゃマジで笑い話にならない、と腕を掴む斎藤の手首を掴み、解こうとする。

 だが、斎藤の指先から力が抜ける気配はなく、快斗は不信感で眉を歪め、斎藤の顔を見た。


(課長?)


 強情を張り、手首を掴むその顔を見ると、熱い眼差しで見つめられていたことに気がつき…ドキッとする。

「…」

 離して欲しい、という気持ちを込めて斎藤を見るが、斎藤の瞳は揺らぐことなく快斗を見つめてくる。

 逆に快斗の方が都合悪が悪くなり、瞳を揺らしてしまう。

 しかしそれでも負けまいと見つめ返し腕を引いてみるも、斎藤の力は緩むことなく、無言の睨み合いから逃げたり目を逸らしたり、しなかった。


(…マジかよ)


 ――熱い手のひら。


 心まで射抜かれそうな…欲情した、斎藤の瞳。


 その眼差しの強さに、斎藤がオナニーショウだけで終わらせるつもりのない雰囲気を読み取った快斗は、睨み合いという戦線を離脱し、俯いた。



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