復讐の勇者と魔神の僕

フルーツミックスMK2

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惨劇の痕跡

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 騎士団の遺品を発見した勇者一行は、再びミノタウロスの足跡を道標に探索を続けていた。相変わらず洞穴内は静かなもので、人の気配は全くしない。周囲から僅かな物音がしたかと思えば、波の影響で落ちた只の石灰岩だったりと、生命の兆候も感じられなかった。
 
 そうこうしている間に、探索から十五分は過ぎた頃だろうか。ミリーが何度目かの溜息を吐いた。

「まだミノタウロスは見つからないの?私、もう歩き疲れてしまったわ」
「レイソン嬢、探索をしてからまだそれほど時間が経っていませんよ。そう簡単には見つかりません」
「もう、魔物のくせに随分と臆病なのね!」 
 ミリーが不満を吐き出す。入口での一件からも解るように、彼女は肉体的な疲労に慣れていない。長時間に及ぶ探索は、彼女の思い描く聖女像とは掛け離れているだろう。

 そのこと自体は日常的にとりわけ珍しくもないが、クロードもまた、彼女と似たような心境を抱いていた。

 ──レイソン嬢の肩を持つわけではないが、あの騎士団の遺品を発見してから結構な距離を歩いている。にも関わらず、一向に最奥部に着く気配がない。

 砂地に残る足跡を辿りながら、クロードが後続へと目をやる。
 背後にはライトで先を照らし続けるレイラが。そして最後尾には、周囲を警戒するエルリックの姿があった。

 洞穴に入ってからというものの、彼女達は絶え間なく魔力と集中力を消耗し続けている。それは先頭を行くクロードとて同じことだが、彼等は一様に普段以上の疲労感を感じていた。
 偏にその原因は、高ランク帯の魔物が潜む住処に侵入した事にある。

 ──この洞穴内にミノタウロスが居るという事実だけで、普段の倍以上は精神を消耗してしまっているようだ。仲間の疲労も心配だし、この辺りで一息入れた方が良さそうだ。

 先頭のクロードが軽く手を挙げると、周囲の安全を確認してから告げる。

「一度休憩しましょう。思った以上に長丁場になりそうですし、安全な内に少しでも休んでおいた方が良い」
「賛成~。私、もうクタクタだわ」
 一目散にしゃがみ込むミリーを筆頭に、レイラとエルリックも額の汗を拭う。
「日没までの時間を考えると、休んでいる暇はないのだけれど...正直助かるわ」
「そうだな。注意力が散漫になっては、思わぬ不覚を取る可能性もあるからな」
 リーダーの指針に全員が賛同すると、通路の中央にまとまって小休止をとる。隅を選ばなかったのは、万が一に備えてのことだった。

「それにしても、さっきから魔物の気配がしないのは何故なのかしらね?」
 梔子色の灯りに照らされながら、ミリーが心に留めていた疑問を口にする。海岸で大量のスライムが湧いたにも問わず、洞穴内ではまだ魔物と一匹も遭遇していないのだ。
 
 これに関して、レイラは言いさして愚かな疑問だと思った。理由など一つしかないはずだ。

「そんなもの、ここがミノタウロスの住処だからに決まっていますよ」
「どういう事だい?」
 第一皇太子の問い掛けに、レイラが粛々と考えを述べ始める。
「皆も知っている通り、一般的な動植物を除いて、この世界ハルジオンに生きる生物は誰もが魔力を持っています。それは私達が知らない太古の時代から続いている、女神様が定めた理そのもの」
 選定の儀から一段と博識となった賢者が、仲間の姿を視界に入れる。妙な荘厳さを持つ彼女から、三人は目が逸らせなかった。

「そして魔の者──即ち、魔族や魔物はその概念が他とは異なります」
「概念が異なる?」
 代わりに尋ねたのはクロード。仲間の命を背負う彼は、責任感の重さから、彼女の話に食い入っていた。

「ええそうよ。人間は魔力が多いからといって、必ずしも強いとは限らない。私が良い例ね。私は魔力量は多いけども身体能力は低いし、魔法を使えないとまともに戦う事だって出来ないわ」
 梔子色の灯りを見つめながら、レイラが苦笑を浮かべる。まるで己の非力さへ宛てた表情のようだった。
「そんな私達人間と違って、魔族と魔物は魔力量の大きさが強さへと直結する。彼等にとって魔力とは、謂わば個体の力量を表す物差しなのよ」
「つまり...ここは高ランクの魔物の住処だから、他の魔物は寄り付かないと?」
 向けられた陰のある黒い瞳に、どこか神秘的なものを感じながら、レイラが静かに頷く。

「兎だって獅子を見れば逃げ出すわ。それは本能で危険を察知しているからに他ならない。さっきから他の魔物の姿を見かけないのは、この場所が危険だと察しているからよ。もしかすると...この先に潜んでいるミノタウロスはAランクの域を超えているかも知れないわね」
 レイラ以外の三人が息を呑む。もしも彼女の言っている事が事実ならば、この先の道中での危険は減る。しかしそれは同時に、洞穴内に潜むミノタウロスが郡を抜いて強い事を示していた。

 岩陰の隙間から水が流れる。常は心地良さを与える水音も、情緒へ揺らぎを与える枷にしかならなかった。
 それでもと真っ先に立ち上がったのは、やはり勇者一行をまとめるリーダーだった。

「道中で魔物を見かけない理由は分かった。洞穴内にいるミノタウロスが恐ろしい力を持っているという事もね。けれど、どのみち俺達の目的は変わらない。この街の領民の為にも、ミノタウロスを討つだけだ」
「...そうだな。これ以上、我が国で下賤な魔物に好き勝手させるわけにはいかないからな」
「そ、そうよ。人々を守護するのは聖女の役目だもの。Aランクだか何だか知らないけど、勇者一行が恐れている場合じゃないわ。も、もしも危なくなったら逃げればいいだけだし...」
 勇者、剣聖、聖女が決意を口にする。彼等の目的は一致しており、それは偏に民を守りたいという一心だった。

 まるで勇ましさが伝染したかのような仲間の姿を見て、遅れて賢者も吐露する。

「良かった、私も皆と同じ気持ちよ。帝国の為にも、私達がやらなきゃね」
「ああ、これが俺達に与えられた使命だ。村を出た時から覚悟は決まっている。俺達四人でやってやろう」
 すっかり体力が戻った四人は、クロードの一声で探索を再開する。

 心做しか、いつも以上に全員の士気が高まっている気がした。


 休憩から更に歩くこと十分。勇者一行は拓けた空間に出た。
 足許には岩塊が散らばっており、粒の粗さから見るに最近形成されたもののようだった。入口付近で見かけた苔が付着しているのは、近辺に湖へと繋がる穴があるためか。微かに水の流れる音が聞こえてくる。

 逸早く、不審な気配を感じ取ったクロードが、一歩前へと身を乗り出す。

「皆、少し下がっていてくれ」
 彼が仲間にそう告げると、足許に転がる手頃な岩を一つ奥へと投じる。
 硬質な音が数回鳴り響いた。
 割と強めに投げてみたが、思った以上に距離はあるようだった。

「レイラ、ライトを奥へと飛ばしてくれるか?」
「分かったわ」
 レイラの指先から拳大の球体が飛んでいく。球体は梔子色の光を放つと、周囲の物体に影を落とした。
 そこで徐々に表れたのは、湿った粗砂や貝殻などの漂着物の数々。雰囲気は異なれど、やはりここは岬の一角なのだと、クロードは再認識した。

 しかし、そんな漠然とした考えもすぐに消し飛ぶ事となる。

「これは──...」
 クロードが思わず息を呑む。地面には岩塊や漂着物の他に、肉片のような物が多数散乱していたのだ。それが先発隊のものなのか、バルクエで奪われた食料なのか。そんな事は調べる気も起きなかったが、付近で目を引く数体の骸で答えは出ていた。

「うっ...」
 あまりに凄惨な光景にミリーが吐き出す。死体はどれも腐っていて損傷も酷く、人体の半分以上を巨大な刃物で抉り取られた形をしていた。異臭と一緒に湧いた蛆虫と蝿の羽音が不快感を与える。
「な、何だよ...。この気色悪い光景は...」
 これにはエルリックも驚愕した様子で、青い顔をしながら瞬きを繰り返していた。

 異臭に鼻を塞ぎながら、レイラが冷静に告げる。
「この死体はいつのものなのかしら?」
「かなり損壊が激しいけど、最近出来た死体だと思う。多分、一週間前の先発隊のものだろう」
 骸を調べたクロードが一言。

 死体が腐敗する期間は環境条件によって様々だが、大抵は三日から五日もあれば死臭が発生する。この付近は潮の影響で温度が低くて湿度も高いので、外的要素を加味しても死後五日以上は経過している事が分かった。死体が部分的に白骨化しているのがその例である。
 さらに、損壊した遺体には鋭い牙の痕が残っており、部分的に肉片が持ち去られていた。

 一つの疑問が解けた。

「これで確定したな。ここのミノタウロスは人を喰っている」
「残念だけども...間違いないようね」
 一同に緊張が走る。帝国騎士団は勿論のこと、バルクエに所属する冒険者は決して弱いとは言えない。ましてや、受付嬢の話によると、今回派遣された冒険者はAランクの強者達だったと聞いている。そんな戦力が全滅している事実は非常に重かった。

「これは思った以上に、いや...未だかつてない強敵かもしれないな」
 クロードが深く息を吐き出す。三年に渡る活動を振り返っても、これほど凄惨な状況はなかった。
 しかし、今この場でリーダーが取るべき行動は、恐怖することでも悲嘆することでもない。
 聖剣を握る手に力が込められる。

「皆、今一度気を引き締め直そう。もはやいつミノタウロスが襲ってきても不思議じゃない」
「そうね...出会い頭に殺されたんじゃ洒落にならないわ。隊列はどうする?」
「俺とエルリック殿下で前衛に立つから、レイラとレイソン嬢は後衛に回ってくれ。よろしいですか?殿下」
「あ、ああ...!いいだろう」
 どこか歯切れの悪い返事が返ってくる。彼も、この先が危険である事を十分に感じ取っているのだろう。派手な装飾で彩られた鞘から刀身が抜かれる。

 勇ましい背を前にして、勇者一行は最奥へと進んでいった。
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