復讐の勇者と魔神の僕

フルーツミックスMK2

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賢者の奮闘

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 目標は己の背丈より遥かに小さい人間の少女。手負いの怪物が大斧を携えて襲いかかる。そこに聖女の如き慈悲などはない。

 レイラは軌道に目を見張ると、体の軸を横にズラす。着古しのローブに岩塊が飛び散った。
 彼女が痛みを堪えながら口を動かす。

「殿下、今です!」
 合図を受けて、エルリックが剣聖の剣技を振るう。
 首筋、胸部、腕部、脚部──あらゆる箇所から血飛沫が上がった。
 しかし、生命の躍動は微塵も衰えることはない。

「ちっ...!本当に頑丈な図体だ」
 エルリックがもどかしそうに舌打ちをする。そんな彼を迎撃しようと怪物が迫るが、後衛のミリーが動いた。
「ライト!」
 予め詠唱を終えていた光魔法が放たれる。梔子色の光は怪物の視界を怯ませると、大斧は虚空を目掛けて空振りした。
 その隙に、エルリックが怪物へ詰め寄る。

「ソニックブレイド!」
 流暢な剣筋が空を断裂する。二度目の攻勢は更に激しく、力強い。それはまるで、彼の中に募った鬱憤を晴らすかのようだった。

 初めて、怪物が悲鳴らしい悲鳴を上げた。

「よし、効いてるぞ!」
 目に見えて手応えを感じて、エルリックを始めとする勇者一行の表情が晴れる。懸念だった火力の問題は立証された。

 ──当たり前だけれど、隙さえ生まれれば攻撃は通る。となると、問題は立ち回りの方だ。
 詠唱を口にしつつ、レイラが体を動かす。

 クロードの時と同様、よりコンパクトな動きとなった大斧は酷く厄介だ。
 腕の挙動から動きを予測すると、身を屈めて低い身長を活かす。然しもの怪物も触れられないだろう。
 こんな時だけは、華奢な体に産んでくれた親への感謝の気持ちも強まる。

 しかしながら頭痛が酷い。

 魔法の構築をしながら、敵の攻撃へ意識を向けるのは物凄く集中力を要する事だ。魔力の消耗が一段と激しい。
 だが絶対に手放してはいけない。それは文字通り最期を意味するのだ。

 二度、三度と。レイラが死に至る攻撃を躱す。そうして幾度と、斧が長い髪の毛を掠めた取った時、詠唱が完了した。

「天より賜りし光よ、聖なる槍を以て敵を穿て。セイクリッドスピア!」
 聖なる槍がミノタウロスの腕に風穴を空ける。その威力は文句無し。
 だが、慣れない状況で焦ってしまったか、頭を狙ったはずが照準はズレてしまった。

 ──狙いがズレた!最悪だわ。ここは一撃で決めておきたかったのに!

 すかさず彼女へ迫る反撃。これは到底回避は無理だ。後衛のミリーへ合図が飛ぶ。
「ミ、ミリー様、お願いします!」
「ライト!」
 再三の目眩ましに、怯む怪物。例によって、怯んだ拍子にエルリックが追撃を仕掛けると、風穴の空いた腕が地面へと落ちた。

「どうだ!」
「流石です!エルリック様」
 血を吹き出すミノタウロスを横目に、エルリックが得意げに笑う。これまでの流れで、一番大きなダメージを与えられた。

 しかし、賢者の顔は晴れないままだった。その理由は直前に目にしたミノタウロスの挙動にあった。

 ──いけない。ミノタウロスが光に耐性を持ちつつある。恐らく、次のライトでは殆ど怯まないだろう。
 ライトが必須の立ち回りをしている現状、この流れは非常にまずい。こうなっては作戦の変更をする必要がある。

「殿下、ミリー様。作戦を変更します」
「作戦を変更するだと?何故だい」
「そうよ。今の流れを繰り返せば仕留められるじゃない」
 当然のように疑問を投げかけてくるエルリックとミリー。彼等からすると、レイラの発言はやっと作り出した流れを崩すと言っているようにしか聞こえなかった。
 諭すように、レイラが釈然と告げる。

「お二人の疑問はもっともです。でも、ミノタウロスは少しずつ光に耐性を付け始めています」
「耐性を...?言われてみれば、確かにさっきの怯み時間は短かったような...。あれはライトに耐性を付け始めたからなのか」
「そうです。もはやライトでの目眩ましは期待できないでしょう」
「そ、そんな...」
 仲間の表情が曇る。敵味方問わず、戦いでの慣れとは本当に厄介なものだ。
「なので、ここは態勢を立て直す事にします。私が囮になりますので、エルリック殿下はクロードを運んで下さい。ミリー様は彼の治療の準備を...」
 大幅な作戦の変更にエルリックが戸惑う。

「それはつまり、退却するという事か?」
「いいえ。退却はあくまで最終手段です。ここで私達が逃げたとしても、一度たかが外れた化物は人里まで追ってくるでしょう。そうなると、騎士団が到着する間もなくバルクエは沈みます」
「......だろうな。あれだけの深手を負いながら、奴の殺気は微塵も衰えていない。きっと我々を殺すまで追ってくるだろう」

 ──自分達の撒いた種が多くの人々を犠牲とする。帝国の皇太子や聖女としても、それは何より避けたいことだった。

「まず優先すべきはクロードの治療です。彼が戦線に復帰すれば戦力が底上げされますし、策の幅も広がります」
「分かった。君の合図で動くとしよう」
「私もそれでいいわ」
 納得する仲間達を一瞥すると、レイラが腕を失くした化物の近くに出る。
 地面が砕けた影響で、靴に若干の泥濘が引っかかった。

 ──これは大事な布石。あと僅かで完成だ。

 レイラが一気呵成に詠唱を始める。直後に大斧も振るわれる。
 片腕を失った化物には執念が感じられた。
 その気になれば、奴は刺し違えてでも私達を全滅させるつもりだろう。死とはまた別の恐怖を感じる。

 しかし、意外にもレイラの頭は冷静だった。
 物事の殆どを、まず頭で理解しようとする彼女にとって、その感情は足枷にしかならないと割り切ったのかも知れない。

 レイラが足場に注意しながら、ミノタウロスの攻撃を回避する。
 この時に彼女の頭にあったのは魔法構築。そして──、何度も見てきた勇者の戦いの姿だった。
 そして生まれた綻び。地面に穴が拓けたのを確認して、彼女が一つの魔法を唱える。

「天より賜りし水よ、我らに潤いを与え給え。ウォーター!」
 魔杖から直線上に水が放出される。
「ウォーター!?そんな低威力の魔法が通用するはずないだろう!」
 突拍子もない魔法にエルリックが驚愕する。ウォーターは水属性魔法の中で最弱に位置する。そのレベルは駆け出しの魔導師が入門用に練習するほどである。
 ライトは光源として広く利用されるが、ウォーターは精々飲み水の確保くらいにしか使い道がなく、戦闘で扱うには心許なかった。

 だがレイラの表情は真剣そのもの。その理由はすぐに分かった。

「こ、これは──!」
 水は地面の拓けた穴へと直結すると、空いた空間を一気に満たした。それにより、ミノタウロスの足場は急激に悪くなり、巨体が大きな音を立てて地面へ転がった。
「ウォーターにこんな使い方があったなんて...」
 これには同じく、魔法を専門とするミリーも驚きを隠せない。

「殿下、今のうちにクロードを!」
「あ、ああ...!」
 レイラの声で我に返ると、エルリックが急いで意識のないクロードを背負う。
「くっ...見かけによらず意外と重たいな。鍛錬のし過ぎじゃないのかい」
 軽口を叩きながらも、彼がクロードをミリーの元へと運ぶ。皇太子が平民を運ぶなどあり得ない光景だ。
 直ぐに回復魔法の詠唱が始まった。

 これでひとまず彼の命は救われた。エルリックが胸を撫で下ろす。
「レイラ。こちらは言われた通り、クロード君の治療を...」
 そう言いかけて、エルリックが直ぐに吃驚する。

「レイラ!?」
 彼の視界に飛び込んできたのは、穴の先から伸びる太い腕に足を掴まれるレイラの姿だった。

「は、離しなさい...!」
 必死に抵抗するレイラ。腕は叩いてもまるで微動だにせず、太腿に掛かる握力は尋常ではなかった。
「うっ...!」
 彼女が激痛に顔を顰める。太腿は赤黒く充血しており、形も歪に曲がっている。骨を完全に折られているようだ。どうにかしようとするも、これだけ接近されては打つ手もなく、得意の知略も機能しない。

「あぐ...」
 やがて、彼女が堪えきれずにその場を崩れ落ちる。それを見たエルリックが走り出した。
「こ、この化物が!」
 彼がミノタウロスに剣技を放つ。恐怖は感じているものの、それに屈せず。仲間を慮る姿は勇敢なものだった。

 しかし、魔物は志でどうにか出来るほど甘くはなかった。

「な、なに!?」
 周囲一帯に響く鈍い音。細身の剣は決して焼きが甘かったわけではないが、堅固な肉体と技の衝撃に耐えきれず、中央から真っ二つに折れた。
 エルリックに黒い影が迫る。
「がっ!?」
 強力な打撃を受けて、エルリックが岩壁に激突する。そのあまりの衝撃に彼は意識を手放した。
「エルリック様!」
「あっ、ミリー様!だめ!」
 制止の声には耳も貸さず、ミリーがエルリックの元へと駆け寄っていく。
 
 化物の射程範囲内に入った。

「きゃ!」
 甲高く、くぐもった悲鳴が上がる。剛腕は純白な聖女を殴りつけると、錫杖と意識が彼女の元を離れた。

「あ...」
 邪魔者がいなくなったところで、牛頭の怪物が大口を開ける。
 ここで初めて、彼女の中で恐怖という感情が込み上がった。

「い、嫌...」
 自分でも驚くほど、か細い声が漏れ出る。やはり魔力量の多い者は格好の餌食なのだろうか。怪物は眸を歪めており、まるで自分へのご褒美とでも言うように醜悪に嗤っている。

 背筋が凍りつく。早く逃げなきゃという意思に反して体は動かない。
 しかし、死の寸前でレイラを取り巻いたのは、生への執着でも失策した自責の念でもなく。賢者としての冷静な分析力だった。

 ──ああ...そうか。このミノタウロスは冒険者を喰らう事で強化された特殊個体なんだ。だからこんなにも、Aランクの域を超えて...。

 暗闇が視界を覆う。この嫌でも働いてしまう思考が途絶えた時こそ、死を自覚した時なのだろう。
 勇者一行に選ばれた時点で覚悟は終わっている。しかし、後悔は何一つ終わっていない。
 
 一つだけ我儘が許されるのならば、もっと魔法の研究を続けていたかった。
 そうして、彼女が静かに死を受け入れる。
 
 しかし、一向にその時は訪れなかった。

 恐る恐るレイラが目を開ける。するとそこには、光る剣で魔を凌ぐ、誰よりも勇敢な背中があった。

「ク、クロード...?」
「悪い。少し堕ちてた」
 次の瞬間に聞こえてきたのは、随分と待ち焦がれていた勇者の声だった。
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